依頼002
「…暑い…」
ーー弾帯へ手を伸ばし、カバーから1クオート(約1リットル)の水筒を取り出すと蓋を外し、水を一口だけ含む。
直ぐ様、蓋を締めてカバーへ戻すと口の中で含んだ水を何度も何度も転がし−−充分に口内が湿った所で顔を空へ向けた。
自然と喉の奥へ流れていく水を一滴残らず飲み干して息を吐く。
「ーーふぅ…」
粒子の細かい黄色い砂で彼の戦闘服のパンツの裾と黒革の半長靴は既に汚れている。
もし小休止や大休止を取った際に服を叩けば、付着している砂漠の細かい砂が煙のように舞い上がるだろう。
「ーー方角は異常なし。四方2kmにも異常はなし……」
レンザティック・コンパスの指針を確認し、それを仕舞ったショウは弾帯から8x30の対物レンズに反射光防止の処理を施した双眼鏡を取って四方を警戒する。
異常が無い事を確認すると、それもポーチへ仕舞った。
「…こんな砂漠を単独で行軍させやがって…普通なら車輛の一台くらい…」
ブツブツと文句を垂れながらもショウの行軍速度は変わらず、1時間に5kmのペースを保ち続けている。
だが文句が出るのも仕方ないだろう。
気付けば砂漠のど真ん中。
そして足下には行軍に必要な装具一式と目的地の概略が書かれた紙が一枚。
ただし本当に“概略"だ。
『そこから北北西に向かって歩き続けろよ。オアシスがあるからな。んじゃ頑張って♪』
これだけだ。文句が出るのは至極尤もであろう。
「…もっと正確な位置を示してもらいたいな。北北西に前進するのは良いが…そのオアシスが何km先にあるのか、敵対勢力との交戦の可能性はあるのか、あるとすれば敵の規模はどれほどで武装はなんなのか……それぐらいは示して欲しい…」
尚も彼の垂れる文句は止まらない。
何度か小休止を挟んで行軍しているが、既に20kmは歩いている。
それなのに、いまだオアシスのオの字も見えない。
「いつになったら着くのか−−……あん?」
不意にショウは立ち止まった。
微風が首筋を撫でているのに気付いた彼が肩越しに背後を見る。
「ーー…あぁ…やはりな…」
振り向いて視認すれば彼がいる地点の後方約10kmから舞い上がった細かい砂が壁となって近付いて来ていた。
砂嵐である。
「ツイとらんな…全く…」
身を隠せる所は無いかと周囲を探せば、約200m先に岩と岩の間に裂け目が出来、人が一人ほど入れる場所があった。
これは丁度良いと歩くペースを先程よりも速めて足早に彼は裂け目へ向かう。
到着して直ぐに背負っていた背嚢バックパックを地面へ下ろし、中からポンチョを引き摺り出す。
それを頭から被った数分後、彼の頭上に砂嵐が襲来したーー
風が止み、周囲に静けさが戻った。
一面が黄色い砂で覆われた一角が盛り上がる。
「…ゲホッ…」
被っていたポンチョを退けると覆っていた砂の山が崩れ落ち、細かい砂の粒子が舞い上がった。
咳き込みつつ立ち上がり、ポンチョの隙間から入り込んだ服や装具に付着した砂を叩いて落とす。
「…10時間のロスか……まぁ時間は示されていないから問題はないが…」
戦闘服の胸ポケットを弄り、引き摺り出したのは愛煙のタバコとジッポ。
ソフトパックを軽く振って飛び出した一本を銜えると独特の金属音を響かせてジッポの上蓋を開き、火を点ける。
「フゥー…」
上蓋を閉じて消火し、タバのソフトパックとジッポを胸ポケットへ納めつつ紫煙を吐き出す。
「さて……」
ポンチョに付着した砂をバサバサと振って払い除け、それを折り畳んで納めるとバックパックを背負う。
「…行軍再開」
AK-47を担い、彼は再び目的地を目指して歩き出した。
行軍開始から2日目。
腕時計の針が1200を指し、そろそろ食事を摂ろうとショウが大休止しようと思った頃、彼の眼が“何か"を捉えた。
「ーーーー」
すっかり無精髭が生え揃い、砂漠の砂で汚れた顔にある鋭い双眸を細めつつショウは静かにその場へ腰を落として姿勢を低くする。
間髪入れず腰の弾帯から双眼鏡を取り出して接眼レンズへ両眼を近付ける。
(…距離は…957m。彼我不明…戦闘服のパターンは…デザート…武装しているな…おそらくは銃器…1名だけーー)
目測やミル、三角関数を用いて距離を弾き出しつつショウは視線の先の状況を確認する。
(ーー訂正。新たな彼我不明の戦闘員現出。武装は…刀剣か。距離は814m…先の銃器を所持した彼我不明の者の後を追尾…距離が狭まる…)
双眼鏡を巡らし、変化した状況を確認するとショウは双眼鏡を眼から外した。
(さて…どうするか…)
不要な戦闘は避けて目的地のオアシスを目指すのが得策だ。
今なら迂回して目指すのも容易であろう。
「ーー…ふむ…」
やおら彼は背嚢バックパックを地面へ静かに下ろし、背中に吊っていたSVDの銃把を握り、伏射の姿勢を取る。
(あの野郎は、この世界は剣と魔法のそれだと言っていた。ならば銃火器はまずない。…助けてやって…事情を聞くとしよう。聞けないようなら…殺すか)
SVDの槓桿を僅かに引いて薬室内に初弾が入っているかを確認すると、それを戻し、床尾へ肩付けと頬付けを済ませる。
スコープを覗き込み、標的をT字型のレティクルに捉えた。
(ゼロインは600m。標的は862m…目標は5名。湿度ならびに風速は0。気温52度…さて……殺るか…)
銃爪(引き金)の僅かな遊びを引き絞って撃針が落ちる手前で指を止める。
「ーースゥ…ハァ…スゥ……」
深呼吸を繰り返し、肺の中に残っていた息を吐き出しーー唇を閉じると手ブレが治まった。
ーー瞬間、銃爪へ最後の力を込めて引き絞る。
撃針が銃弾の雷管を叩いて炸薬が燃え、圧縮されたエネルギーで弾頭が銃身内を回転しつつ銃口から飛び出した。
金属音混じりの銃声と共に薬莢が排出される。
スコープを覗く彼の眼には頭を撃ち抜かれ、地面に倒れる刀剣を持った男の姿が映った。
「ヘッドショットヒット…気付いたか…」
SVDの銃声に気付き、背後を振り返った銃器を所持した彼我不明の者が背後から近付いて来る者達へ銃撃を始める。
「あの銃声…5.56mm…M4A1…?…まさかな…」
彼我不明の者は単射で的確に刀剣を持った男達を撃ち抜いて行く。
(残存1名…逃亡開始……)
敵わないと悟ったのか生き残った刀剣を所持している男が逃げ出したーーが、ほぼ同時に二発の銃声が砂漠に響き渡った。
「ーーヘッドショットヒット…向こうも頭に当てたな…良い腕だ」
精度の低いSVDでの長距離狙撃を難なく成功させたにも関わらずショウは特に感慨も抱かず、排莢された薬莢を拾い上げ、戦闘服のパンツのポケットへ放り込んだ。
「…さて…どんな奴なんだ………あん?」
見事な腕前を披露した者の尊顔を拝もうとショウが改めて双眼鏡を取り出して覗き込むと向こうも彼を双眼鏡で確認していた。
「たった二発の銃声…着弾から銃声が聞こえるまでの時間で射点を割り出したか……ますます良い腕前だ…面白……い……?」
称賛するショウはニヤリと口角を吊り上げたがレンズ越しに見える彼我不明の者が双眼鏡を外し、顔が露になった瞬間−−彼は言葉を失う。
「…嘘だろう…?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます