依頼001

「ーー……フゥー……砂漠は相変わらず暑いな…」


 空は憎らしい程に蒼く、太陽は何処までも照り付けて肌を乾燥させる。


 砂漠を古人は“砂の海"と称したが、全く以てその通りだろう。


 海と同じく進むべき方角を見失えば−−死が待っている。


「……北北西にあるオアシスを目指して前進しろ…ね…」


 レンザティック・コンパスの指針を頼りに砂の海を進むのはショウ・ローランド。


 背中へ長距離行軍に必要な物品を納めた大きな背嚢バックパックと狙撃銃を背負い、肩へAK-47 III型を担いながら果てない砂漠を歩いている。


「−−…なんでこうなったんだか…」


 あまりの暑さに掻いた汗も蒸発する中、彼は数時間前の事を思い出すーー









「ーー異世界だと?」


「ーーThat's right。ぶっちゃければ…ファンタジーな世界かなぁ。中世ヨーロッパ的な魔法と剣ーーお前さんが想像する感じの世界だな。ちなみにほとんど地球みてぇな感じの星だったりする。直径や自転、公転とか植生もだな」


「……そんな惑星があるのか?」


「それがあるんだなぁ♪だって俺が創ったんだもん♪」


 鼻高々とカミングアウトするのは神を自称する青年だ。


 それに呆れたように半眼で彼を見詰めつつ煙草に火を点けるのはショウ・ローランド。


「…で?その剣と魔法の中世ヨーロッパ的な異世界に何故、俺を?」


「うん?お前さんのクソみてぇな人生が余りにも可哀想だったからさ。もう一度、人生をプレゼントしようと思ってな♪」


「要らん。人生は一回こっきりで充分だ。どうせ同じ事しか繰り返さんだろうしな」


「うん…まぁ…そいつはぁ…そうだろうなぁ…」


 安易に想像出来た未来予想に神を自称する青年は遠い目をしてしまう。


「…まぁ…また戦えるというなら話は別だな」


「戦える?」


「戦争が出来る、という意味だ」


 明日の天気予報を言うようにショウは泰然と物騒な事を当然の如く言い放つ。


「お前さんって…戦闘狂なの?」


「まぁ…傭兵なんて人種は概ね戦争が好きだ。そして食い扶持は戦争で稼ぐ。それに俺はこれ以外の生き方を知らない」


「うわぁ…これは重症だわ…。悪い事は言わねぇ…オツムの医者に診てもらえ」


「医者もお手上げだろうよ」


 銜えた煙草を人差し指と中指で挟み、唇から離したショウは細く紫煙を吐き出しつつ返答する。


「んじゃ…年頃なんだから恋愛でもしたら?その歪な思考を女に矯正してもらえ」


「…悪いが…恋愛は間に合ってる。当分の恋人は“彼女達"で良い」


「…え…まさかのハーレム?」


「あぁ。モテる男は辛くてな。構ってやらんと直ぐに臍を曲げる」


「へぇ…どんな感じ?」


「ほれ…ここに居るぞ」


 ショウがポンポンと“彼女達"を手で軽く跳ねるように叩いてやるーーすると神を自称する青年の双眸が呆れたように細くなった。


「…お前さん…それ…銃だぞ…?」


「あぁ、銃だ。そして俺の恋人でもある」


「……ぶっちゃけ…冗談だろう?」


「まぁ…半分は、な」


「あぁ…半分は本気なのね…」


 救いようがねぇ、と神を名乗る青年は半ば呆然としてしまう。


「…話を戻そうか…。その世界で俺にもう一度人生を送らせると言ったが…何が目的だ?」


「ん?…あぁ…特にねぇよ?マジでプレゼント。俺はお前さんが聖人君子になろうが、とんでもねぇ悪党になろうが関係ないんだ」


「……良く判らんな……」


「判らなくて良いんだよ♪人生なんてそんなモンだ♪」


「……………」


 訝しむようにショウは腕組みしつつ神を自称する青年を半眼で睨む。


「頼むから睨まないでくれねぇ?マジで怖いんだけど……」


「ーーーー」


「ま、まぁ取り敢えず…説明するな?はい、ちゅうもーく」


 ーーそう青年が宣言すると突如、空間が暗闇に覆われた。


 すると間を置かずに暗闇へ何かしらの地図が浮かび上がる。


「……ローラシア大陸とゴンドワナ大陸…?」


 随分と昔に図鑑か何かで読んだ記憶のある太古の大陸の名称をショウは呟いた。


「メチャクチャ似てるよなぁ…でも細部は若干違うんだよ。特に気候区分とかは」


「ふぅん…」


「ちなみにこの世界の住人達は、この二つの大陸の事を単純に北方大陸と南方大陸って呼んでるぜ」


「確かに単純だ…」


 相槌を打ちながらショウは尚も喫煙を続ける。


 傍目からは真面目に聞いている様子には見えないだろうが彼からすれば“リラックスして聞いている"のだとか。


「んで、お前を飛ばすのは北方大陸にある大国 シルヴェスタ王国だ。文字通りの王制国家だな。国土面積は…地球の単位にすると約1100万平方km。人口は800万人ってところ。国旗は朱と白の横縞が二筋で中央に剣が交差してる」


「ふぅん…」


「ちなみに穀物や果物を使った蒸留酒にワイン、ミードとかエールが旨いらしい」


「ーーラムはあるか?」


「…お前さん…いきなり興味を示したな。…原料のサトウキビは…たぶんあったと思うけど…」


「そうか…期待しよう…」


「……酒…好きなのか?」


「むしろ嫌いな奴の気が知れん」


「…そこは個人の自由で良い気が……」


 まぁ俺も好きだけど…、と神を自称する青年は口籠もるが咳払いをして気を引き締める。


「さて、と…話が横道に逸れたな。何処まで話したっけ……あぁ、そうそう。お前さんを飛ばす場所がシルヴェスタ王国って所までだな」


「応。そのシルヴェスタ王国に限らず、各国の軍事力や文明レベルはどの程度なんだ?」


「いずれも地球の中世ヨーロッパレベルだな。ただし魔法があるから注意。火とか水、電撃の攻撃魔法。それとは逆に傷を治す回復魔法なんてのがある。もっと細分化すれば色々あるんだけど割愛すんぜ」


「ふぅん。…魔法か…」


「まぁ魔法を扱える奴ってのは人口が少ないからな。戦争に限らず戦闘の基本は遠距離から弓で射掛けて、その後に斬り込みって感じ」


「なるほど…」


 プカーと煙草の紫煙を空中に吐き出して輪っかを作るショウからは相変わらず真面目に聞いている様子が見受けられない。


「で、人種はどんな風になっているんだ?やはりドワーフやエルフに亜人ーー」


「…………は?」


「…なんだその間は?居ないのか?」


「むしろなんで居ねぇとならねぇの?そういう人種が居ねぇとファンタジーな世界にはならないとでも?」


「…いや…まぁ…そうは言っておらんが……」


 眼が据わった青年がショウを見詰める。


 その気迫に今度は彼が口籠もってしまう。


「まぁ…基本は人間ヒトが支配してるな。ただし地球みてぇに白人に黒人とかの有色人種も居る」


「なら地球みたいに人種問題もありそうだ……アレは面倒で仕方ない」


「実体験あり?」


「それなりにな」


 短くなった煙草の火種で新たな煙草へ火を点けるとショウはそれを携帯灰皿へ放り込みつつ紫煙を吐き出した。


「その他にも色々と風習とか慣習とか教えたいんだけど……ちょいと膨大過ぎるから…纏めておいた。読んでおいて」


 何処から取り出したのか、青年はショウへ分厚い辞書のような本を数冊ほど渡した。


「これを全部読めと…?一冊で軽く1000ページは超している気がするんだが…」


「うん、読め♪でないと、お前が困るぜ♪」


「だいたい…まだ行くとは言っておらんのだが…」


「聞こえな〜い♪」


 両手で耳を塞いで笑顔を浮かべつつ素っ惚ける青年の姿にショウの額に一筋の青筋が浮かび上がってしまうのはーーまぁ仕方ないだろう。


「だいたい…異世界なら言語が違うのだろう?今から習ったとしてもマスター出来るかはーー」


「だぁいじょ〜ぶ。俺様に任せなさ〜い♪そんじゃま−−張り切って…いってらっしゃ〜〜い♪」


「あん? 待て、何をーー」


 神を自称する青年が気の抜けるようなエールを送った瞬間ーーショウの身体は光の粒子となって空間から消え去った。

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