『なんでも屋ローランド』へようこそ

ブレイズ

Prologue



 アフリカには珍しい白い肌と硝煙や泥で汚れた金髪の少年兵が放った拳銃弾が黒髪に黄色い肌を持った青年の胸を貫いた。


「ーーーー」


 彼が呆然と胸元へ視線を落とすと鮮血が戦闘服の被弾箇所を中心にして広がって行く。

 死にたくないみっともなく叫ぶ訳でもなく、悲観するでもなく、彼は短く息を吐き出す。


 緩々と青年は視線を滑らせ、自らの命を奪った少年兵を見遣る。


 少年兵は手にした銃口から硝煙が昇る拳銃と身体をガタガタと震わせ、青年を涙目で見詰めていた。


(みっともない顔をするな…この俺を殺したんだ…誇らしげに笑え…)


 そう心中で呟くと青年の身体から力が抜け始めた。


 最初は握力を失った手からAK-47が零れ落ちる。

 次に小銃を追うように膝が崩れ落ちた。

 そして−−前のめりに身体が倒れる。


(ロクでもない人生だったが…まぁ…それなりに楽しめたな…あぁ…悪くない人生だった…)


 自らが歩んだ人生の結末を全て受け入れ、青年は瞳を閉ざした。










「ーーまぁ、そんな感じでお前は死んだ訳なんだけど…気分どう?」


「ーー…それよりもここが何処なのか、そしてお前は誰なのかを教えてくれないか?」


 後悔はない人生を終えた筈の青年だったが、瞳を閉ざした後、何の気もなしに瞼を抉じ開けてみれば−−先程まで彼が居たアフリカの戦場となった集落とは別世界の場所に立っていた。


 白ーー何処までも延々と広がっているかのような空間。


 そしてーー眼前に現れた純白の古代ローマ時代に男性の衣服とされたトガに似たそれを着込んだ長い金髪の青年。


 何がどうなっているんだ、というのが彼の率直な感想だ。


「う〜ん…そうだなぁ…ここが何処かって質問には俺の居住空間にして俺の職場としか答えようがねぇな…」


「……随分と殺風景な場所だな。むしろ悪趣味と言っても良い」


「言ってくれるねぇ…まぁ、そんなに悪い場所でもねぇんだぜ。ほら、こうすれば−−」


 金髪の青年が指を鳴らすと彼の背後に大理石で作られた玉座を思わせる椅子が現れた。


「ほらな♪…よっこいしょ…」


 一連の出来事に眼を剥いている青年を尻目に金髪の青年は玉座へ腰掛けると頬杖を付いた。


「そして俺が誰かという質問にはこう答えさせて貰うぜ。俺は“神"だ」


 金髪の青年は威厳を醸し出し、見下すような声音で青年へ宣言する。


「ーー腕の良いオツムの医者を紹介するから一度、診てもらえ」


「……やっぱし…そう思う?」


「当然の反応だと思うが?」


「だよねぇ…」


 腕組みする青年は眉根を寄せて苦言を放つち、先程まで威厳たっぷりだった金髪の青年は其れも尤もと苦笑する。


「しっかし、まさか“猟犬"とまで呼ばれたお前が死ぬなんてなぁ…傭兵連中ビックリじゃね?」


「ふん…どんな奴でも死ぬ時は死ぬだろう。それこそ呆気ない程にな」


「まぁねぇ…」


 男の素っ気ない返答に玉座を思わせる椅子の肘掛けで頬杖をつきながら神を自称する金髪の青年は曖昧に言葉を濁した。


「つーか…俺は名乗ったんだから…お前も自己紹介ぐらいしねぇ?」


「俺の渾名を知ってるなら名前や経歴等も同様ではないか?」


「まぁ、そこは形式的にって事で。…ってか…渾名を指摘されて驚かねぇんだな?」


 ふん、と再び鼻を鳴らした彼は腕組みしつつ、眼を細めながら金髪の青年を見遣る。


「神を自称するならーーまぁ、まだ信じた訳ではないが…それぐらい当然だろうと思っただけの事だ」


「つーか冷静すぎね?」


「これでも前哨狙撃手だ。狙撃手全般は冷静でなければ務まらん」


「…そうなんだろうけどねぇ…」


 なんとも表現し難い表情を浮かべつつ自称:神(仮名)は疑問を納得するよう努めるしかなかった。


 それを眺めつつ腕組みをしたままの青年が続けて口を開く。


「…まぁ求めに応じるとしよう。ショウ・ローランドだ。職業は傭兵。現在25歳。以上」


「ついでに言やぁ偽名だってのも知ってるけどな。取り敢えず宜しく頼むぜ」


「俺としては宜しくする必要があるかどうかは考えモノだが」


「うわぁ…こんな取っ付き難い奴に会ったの初めてかも」


「それは光栄の至りだ」


「いや誉めてねぇからな?」


 唇の端を軽く吊り上げ、皮肉気な微笑を浮かべつつ冗談か本音か判断の難しい事を言い放つ青年ーーショウを見て、神を自称する青年は苦笑を漏らす。


「コントは止めにすっかな。面白ぇから名残惜しいけど」


「俺も不毛な遣り取りを繰り返すのは趣味じゃない。…神という存在を信じる性格ではないと自負しているが…まぁ良い。少しは信じてみよう…飽くまでもミジンコ程度だが」


「ウワ〜俺の存在がとんでもないモノに例えられたぜ〜」


 神の存在をミジンコ程度だが認め、そこで妥協したショウに神は更に苦笑を零しつつ軽口を叩いた。


「ーーで、お前が神だというなら、このしがない傭われ兵隊風情に何の用だ?」


「“しがない"?…随分な謙遜じゃねぇか…地球の日本人って人種の美徳か?」


「…少しばかり忠告しておこうか」


 頬杖をつきながらショウの謙遜と取れる発言に軽口を叩いた神へ彼は三白眼の双眸を吊り上げーーそれこそ殺意を剥き出しにして言葉を繋げる。


「俺は“元日本人"だ。日本人であった頃のーー小便臭い17までの俺は、あの国へ捨てて来た。発言には気を付けろ。以上だ」


「ん、りょーかい。以後、気を付けるであります」


 その忠告に神はラフに右手を額に翳す挙手敬礼で応えるが、ショウからの答礼は無い。


 不機嫌そうに唇の端を歪めつつ彼は戦闘服の胸ポケットからタバコを取り出そうとしたがーー入っていない事に気付いて舌打ちをかまし、再び腕を組んだ。


「どした?……あぁ煙草か。悪ぃ悪ぃ…ヘビースモーカーだっての忘れてたぜ。ほいっ」


 神が腰掛けつつ指をひとつ鳴らすと、ショウの胸ポケットが光り出し−−それが消え去ると膨らみが出来ている。


  改めて胸ポケットへ手を突っ込んで取り出すとーー中からLucky strikeと書かれたタバコのソフトパックと愛用していたジッポ、そして円筒型の携帯灰皿が姿を現した。


「好みの銘柄だろ?」


「あぁ。…少し薄ら寒くなって来たな。どんな事でも知っていそうな気がして来た」


「うんにゃ、そうでもねぇぜ? 例えば−−お前さんが何故、戦い続けたのか、とかな」


 ソフトパックのセロファンとアルミの包装を取り、それを軽く振るって飛び出したタバコを銜え、ジッポで火を点けつつショウは神の言葉を聞く。


「傭兵として大成ーーってか大成する以前から当局に目を付けられてたんだっけ? あっ、俺も吸って良いか?」


「駆け出しの頃ーー19歳になった時分にイラク戦争へ参戦。首都包囲網から脱出してしまった所為かもな。吸うのか? …勝手に吸え」


「あんがと♪」


 言うが早いか、神は口にタバコを銜え、早速それへ火を点けていた。


 示し合わせたかのように互いに紫煙を吐き出す。


「なんで…テロリスト呼ばわりされるように?」


「さぁな。…確かにアフガンやイラクではIEDで車輛を吹き飛ばしてた。狙撃手としても駆け出しだったが…まぁ、どっちの戦地でも“それなりに"射殺した覚えがある。その所為で槍玉に挙げられたんだろうよ」


「ふ〜ん。で、実際の所は?」


「有名な某テロ組織に傭われて戦闘の指導教官をやった」


「うん間違いなくそれだな」


「だろうな。まぁ…逮捕や殺害に来た奴等は悉く返り討ちにしてやったが」


「おまわりさーん!!ここにヤベェ奴がいまーす!!」


「…ここにも警察組織があるのか?」


「いやねぇよ。ノリで言ってみただけ〜♪」


「………」


 なんだこのふざけた野郎は、とショウは少し不機嫌になりながら無言のまま紫煙を鼻孔から吐き出す。


「ーーっと…話が横道に逸れたな。失敬失敬っと。お前さんーーあぁショウって呼んで良いよな?ちなみに反論は受け付けねぇから♪」


「……勝手にしろ」


 半ば自棄になりながら紫煙を吐き出しつつショウは神と名乗る青年の言葉へ嫌々だが承諾した。


「んじゃま…ショウ。お前さんが一番疑問に思ってるだろう事に答えてやるよ。まず、お前さんは戦死した。アフリカで少年兵に射殺されてな」


「あぁ。クソみたいに生きてクソみたいに死んだ訳だ」


「…お前さん…良く自分の事をボロクソに言えるな?」


「別に間違ってはいないだろう。クソみたいに生きてクソみたいに死んだ−−まさにその通りの人生だった。何処に間違いがある?俺は無いと思うが?」


「そんなモンかねぇ…?」


 神を自称する青年は紫煙を燻らせつつ小首を傾げる。


「そもそも戦争屋で畜生の傭兵に上等な人生があると思うか?」


「うんにゃ…そいつぁ…まずねぇわ…うん」


「だろう?」


 肺の中に残っていた紫煙を吐き出しながらショウは円筒型の携帯灰皿へ短くなった煙草を放り込む。


 携帯灰皿を戦闘服の右胸ポケットへ押し込むと彼は改めて自称 神へ視線を滑らせた。


「貴様は先程“ここは自分の職場にして居住空間"と言っていたが……話に聞く、あの世という所ではないのか?」


「フー…うん…まぁ、そう認識してもらって構わねぇよ。だって現にお前さんは死んだ後、此処に居て、神様たる俺様の御前にいる訳だしな」


「…随分と好い加減な神も居たモノだな。仕方無くとは言えアッラーフ・アクバルを唱えたのが馬鹿らしく思えて来たよ」


「“神は偉大なり"…地球のアラビア語だっけか?…はっ…!!阿呆臭い…神は全知全能の存在…そんなモンに勝手に祭り上げるなっての」


 今度は神を自称する青年がタバコを銜えながら顔に掛かった長い金髪を掻き上げつつ不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「神が全知全能ってのは所詮、人間が手前勝手な理由でこじつけただけの文字通りの神話。ぶっちゃけなんの根拠もねぇよ」


「…個人的には…何故、人間を生み出したのかが不思議だがな」


口寂しくなったのかショウは新たなタバコを銜えて火を点けつつ言葉を吐く。


「地球には多種多様な生物が存在するが…年がら年中、共食いをするのは人間ヒトだけだ。まぁ俺も偉そうな口は叩けんが」


「共食い…あぁ戦争って事ね。…まぁ…どんな世界にも戦争はあるぜ?地球であった大戦以上の戦争がさ」


「どの程度の?」


「う〜ん……まぁ…ぶっちゃければ民族間の対立が勃発の原因だったんだけど…ひとつの大陸で1億対1億が会戦したってのがあった」


「…それはつまり…最初から総力戦でぶつかった、と?」


「まぁそうなるな。マジで凄かったぜ。一気に2億の軍勢がぶつかる様子は」


「…あぁ…だろうな…」


 戦況は想像を絶するモノであっただろう、とショウは喫煙しながら朧気に考えてみた。


「…最終的には核とかを使ってそうだ」


「核?…あぁ地球の最終兵器だな。うん、アレみたいなモノをバンバン使ってたぜ。共倒れになったけど」


「それは、ある程度だが想像出来た」


「やっぱし?」


 ショウの素っ気ない返答に苦笑しながら神と名乗る青年は短くなったタバコを素手で握り潰す。


 次いで握った手を開くとーー潰した筈のタバコは何処かへ消えていた。


「ーー戦争やら兵器で思い出したよ……こいつらは…お前さんの持ち物で間違いねぇか?」


 タバコを握り潰した手を掲げ、彼は軽く指を鳴らす。


 するとショウの眼前に3挺の銃器と装具が現出した。


 その一連の現象に彼も目を剥くが、心を鎮めて現れた銃器へ手を伸ばす。


「…AK-47 III型。SVD。デザート・イーグル。……あぁ…俺ので間違いないが…」


 彼は最初にAK-47 III型を持ち上げると銃口から床尾までの細部点検を始めた。


 部品の脱落等の異常が無い事を確認し、次にSVD(ドラグノフ狙撃銃)を取る。


 この狙撃銃の全長は1,225mm、銃身長は620mm、そして重量は4,310gである。


 細部点検を済ませ、合成樹脂製のスケルトンストックを肩へ宛がい、装着されているPSO-1スコープを覗き、異常が無い事を確認する。


 最後は銀色に輝く.50AE弾を使用する大口径自動拳銃 デザート・イーグルを手に取る。


 甲高い金属音を響かせつつスライドを引き、薬室の内部や外部の細部点検を済ませた後、ショウは足下に転がるサスペンダーや銃剣、弾嚢、水筒等が取り付けられた弾帯を腰へ巻き、右脚の太股へレッグホルスターを装具すると、そこへ拳銃を納めた。


「ーーお〜〜…流石は歴戦なんて形容を大昔に通り越した傭兵…めっちゃ様になってるぜ」


「ーーそれは誉めてるのか? …しかし…なんだか違和感があるな…戦闘帽はないのか?」


「あ…忘れてた。…えっと…お前さんのは…これだっけ?」


 再び青年が指を鳴らすとショウの足下に迷彩の戦闘帽ーーピアノ線を入れて綺麗な円筒形にした帽子が現れる。


 それを拾い上げ、彼は戦闘帽を頭に嵌めつつ位置を整えた。


「つうか…ヘルメットとかは被らねぇの?危なくねぇ?」


「被っていても砲弾の直撃を喰らえば御陀仏だ。それに重くて首が上手く回らんしな。それなら軽くて動き易い戦闘帽の方が良い」


「短絡的だなぁ…」


「良く言われる…」


 肩を竦めつつショウは短くなったタバコの火種を新たに取り出した真新しいタバコを銜えて火を点けた後、携帯灰皿へ放り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る