訳鹿

エリー.ファー

訳鹿

 訳鹿は今日も孤独だった。

 たぶん、明日も孤独だ。

 これから孤独に生きていくのが怖いというので、誰かがついてやったが、それも長くは続かなかった。

 訳鹿は言い訳ばかりで役に立ちもしないと誰かが言ったが、そんなことはなかった。訳鹿はいつも考えていたから、行動に移すまでに少しばかり時間がかかるだけで誰よりも聡明だった。

 分かったような気になって、何でも挑戦するような者たちと一緒にしては訳鹿が可哀想だったし、訳鹿の生き方を潰してしまっていた。

 ある日のことだ。

 訳鹿以外がとある水辺で遊んでいると、その水辺が澄んだ青色へと変化した。誰もがそのことに驚いたが、不思議とその水は傷をいやし、しかもとても甘く美味しいものだった。次から次へとその水辺に押し寄せてくるものだから、そおの水辺はすぐさま枯れてしまった。

 二度と水が湧き出ることもないし、みんなの喉を潤すこともない。

 二度目はもうない、とその時学んだが、既に遅かった。

 それから森の中に点在していた水辺が全て澄んだ青色へと変わっていき、また飲み干してしまう。あちらの水辺の色が変わった。直ぐに行って、また飲みほしてしまう。皆が、皆、二度目はないと分かっているのに、それでも我慢できずに次から次へと飲み干してしまう。

 訳鹿はそれを見ながら木の実だけを食べて生活をしていた。このままでは森の中の水が全て枯れてしまうから、自分くらいは水を飲まないようにしようと考えたのだ。

 森に雨は降らない。

 森に水を含んだ植物は少ない。

 森に住む生き物は多い。

 気が付けば脱水症状を起こした生き物で、森は溢れていた。

「訳鹿だ、訳鹿のせいだ。」

 誰かが叫んだ。

 別に意味はない。

 根拠もない。

 それは誰もが分かっていた。

 訳鹿本人もである。

 けれど、怒りのやり場を失ってその行動や思考は訳鹿へと向いた。黒く淀んでいて、しかもそのことを誰も否定しない凡そ問題だらけの集団と化していた。

 訳鹿は頭を掻いて木の上に立った。

「馬鹿言ってんじゃねぇよ、てめぇらが勝手にやったことじゃねぇか。さっさと頭冷やして来い、馬鹿ども。」

 この一言は効いた。

 というか、訳鹿ってそういうキャラだっけ、という空気がもう、それはもう凄かった。

 なんか、みんなにいじめられてて、だけど森の生き物たちを一番に心配してる、とかそういう感じの立ち位置じゃなかったっけ。

 そういう空気が流れた。

「一々空気なんか、読んでるからお前らみたいな有象無象になっちまうんだよ。いいか、二度目はねぇからな。」

 皆、しぶしぶ帰ったが、それでも怒りは収まらない。

 生き物たちは、また次の日、訳鹿の元を訪れて同じような文句を言った。

 訳鹿はその森を去ってしまった。

 森の生き物たちはいつまでたっても枯渇したままの水辺のあたりをうろうろしていたが、やがてそれにも飽きて森を後にした。どこかに自分たちの住みやすい世界があるだろうと思ったからだ。

 生き物がいなくなった森はめっきり静かになり、そのあたりから少しずつ水がまた湧き始めた。あの、青く澄んだ色こそなかったが、懐かしい透明な水が溢れると、そこにはあの訳鹿の姿があった。

 優雅に水を飲み、体を洗って水辺を後にする。

 散って行った生き物たちは地球の至る所に点在して、そこで独自の生態系を作り出す。最初にあった森は一度はまた元に戻ったものの、また枯れてしまい、今では砂漠になってしまった。

 訳鹿はというと、今日もどこかの森で生き物たちに説教をしているらしい。そのためにせっせと上流から青い液体を流し込み、水辺を青く染めているそうだ。

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