龍殺しの七龍帝
七四六明
二番目のプライド
わかってた。
私が彼にとっての一番になれないことは。
だけど私は、一番でなくてもいいと思っていた。
せめて二番目くらいに――彼の二番目になれればいいと思っていた。
それくらいはなれると思っていたし、現に私は彼の右腕だ。
だのに何故、心が晴れない。彼のために戦って、彼のために命を賭しているというのに、この心の靄がかかったような感覚は――
「おいおいどうした? もう少し頑張ってくれよ! 七龍帝の名が泣いてるぜ」
酷い笑い声。
戦う相手にリスペクトはなく、ただねじ伏せるだけの圧倒的暴力。
人の肉体を得たとはいえ、あいつはやはり龍なのだ。
人に尊敬の念を抱くなど、あるはずもない。
「まったく情けない。俺なんかさっさと倒すんじゃなかったのか? 俺を倒してあいつの下へ向かうんだろう? そらそら、立った立ったぁ!」
顎を蹴り上げられて体が浮く。
同時に盛り上がる大地が腹部を抉り上げて、大きく跳ね上げる。
赤血を嘔吐する彼女にも容赦なく、グランドールは追撃を続けた。
鉄拳で地面に叩きつけると再び隆起させて跳ね上げ、地面から岩弾を放って叩き込む。
彼女を撥ねた岩弾が空中で集まって巨塊になると重力に任せて降り注いで、彼女を地中深くに埋める勢いで叩き潰した。
グランドールの嘲笑が響く。
元々龍なだけあって、彼の笑い声は人の体で発せられていても耳障りなほどにうるさい。
「そらそら、テンカウントしてやろう! その間に起き上がってみな、水龍帝! はい、いぃち!」
うるさい。やっぱり龍は嫌いだ。
嫌い嫌い、大嫌い。
好きな龍なんて、彼くらいだ。
でももうダメ、もう終わり。
このまま土の中に埋められて終わりなの。
ごめんなさい、こんなところで終わってしまって。
ごめんなさい、なんの役にも立たなくて。
こんな奴楽勝だなんて、大見栄を切っておいてこの始末。本当に、ごめんなさい。
でも、いいわよね。
あなたにはあの子がいる。あの子の方が役に立つ。
私はあの子にはなれないし、あの子のように優しくもない。
私は、彼にとっての一番にはなれないのよ。
「さん、しぃ! どうした、起きないのか? ごぉ!」
人間を嘲るのが余程好みなのだろう。
この龍は、そもそも彼女が生きているなどと思っていない。
死体相手でも厭きるまでおちょくって遊ぶ気だ。
人の命なんて、おもちゃ程度にしか思っていないのだろう――いや、この龍の場合、おもちゃ程度にも考えてないかもしれない。
だとすれば確かに、こんな奴に殺されるのはあまりにも不甲斐なく思えるが、もう力なんて湧いてこないし、立ち上がったところで勝てる気力すら湧かない。
ならばもういっそ、この場で死んでしまいたい。
彼にはもう、あの子がいるのだから。
「なんだよつまらねぇなぁ。はぁち、きゅう……あぁあ。そういやいたなぁ、七龍の側にずっとくっ付いてた女が……あいつ、殺したら少しは盛り上がるかなぁ」
すでに勝負は決したと思って、カウントも切り上げて次の戦いへと行こうとした彼が、そっと零した言霊一つ。
彼女を起こすには、充分過ぎた。
自身を押し潰していた巨岩を粉砕し、立ち上がってすぐさまグランドールの頬に拳を叩きこんで殴り飛ばす。
今までほとんど効きもしなかった敵の一撃が深く響いたことに、グランドールは驚きを禁じ得ない。
同時、突然覚醒した彼女の翼に生える水の両翼が広がっていくのを、見逃さなかった。
彼女の中で荒ぶる龍殺しの力が、上がっていく。
「あの子を、どうするって?」
凄んだところで怖くはない。
今の今まで圧倒的な差を見せつけていた相手だ。
落ち着いてしまえば恐れることはない。
「はっ! あの女を殺してやろうって話だよ! あれを殺せば、炎龍帝も俺を殺しに来るだろ? 最高に面白くなるじゃあねぇの! 復讐に来た人間を返り討ちにするほど、面白いことはねぇからよぉ!」
だからこいつは、人間を殺し続けているのか。
すべては自分を誰かの仇として殺しに来る人間を、返り討ちにして楽しむために。
そのためだけに。
「あんた人の命を、なんだと思っているの?!」
「おいおいおめぇら人間の言える台詞か? 人間は人前では自分の本性も晒す勇気のねぇ、矮小な生き物なんだぜ。そのくせ自分が言っているとバレなきゃ、見ず知らずの他人にだって死ねと言える、他人の命なんてなんとも思ってねぇ生き物、それが人間だろ?」
「だったら俺は殺す。死ねというくらいなら俺の手で殺す。俺を殺すために来た奴を殺す。俺を死ねと言った奴を殺す! 死ねとただ願うより、殺した方が爽快じゃあねぇか! 俺からしてみりゃあおまえ達は自分からこの爽快感を捨てた、綺麗事好きの大馬鹿野郎の集まりさ!」
隆起した岩板が砕けて、散弾として襲い掛かって来る。
水の両翼が粉砕するものの、背後から襲い掛かって来る岩の塊を防げず、吹き飛ばされた。
「死ねと思ってんだろ?! 邪魔だと思ったんだろ?! だったら素直に殺せばいいじゃねぇか! なのに何もしねぇでただ死ね死ね鳴いてるだけの獣なんざぁ、殺されたって文句言う権利もねぇんだよ愚図がぁ!」
巨塊の岩石が彼女を中心に集まる。
そのまま押し潰さんとしようとするが、彼女の操る水流によって粉砕される。
だがすぐさま、細かく砕けた散弾が彼女の皮膚を貫く。
「おまえ、あれのことが好きなんだろ? だったらあの女を一回くらい邪魔だと思ったろ? だったら殺せばいいじゃねぇか。なんで何もしねぇ。二番目は嫌だろ? あれをおまえのものにしてぇだろ? だったら殺せよ。そのうち二番目ですらなくなっちまうからな。てめぇみたいな偽善者面した愚図はよぉ!」
グランドールがさらに攻撃を重ねようとした瞬間、彼女は反撃を返した。
水の両翼から繰り出される水の散弾が岩を貫き、襲い掛かる。
肌を斬り、肉を貫き血を弾ける。グランドールが初めて揺らぐ。
「あんたには、わからないでしょうね……邪魔だって何度も思ったわ。あの子じゃなくて私なら、って思ったわ。だけど殺しちゃダメなのよ。その一線だけは超えちゃダメなのよ!」
両翼が伸びて、先端が丸く固まって叩きこまれる。
拳のような形状になって何度も殴るうち、グランドールが奪い取った人間の皮膚の上に生えていた鱗が、砕けて剥がれ始めた。
「殺してしまうのは簡単よ! 死なせてしまうことほど簡単なことはないの! だけどその瞬間、人間は、私達は心が死ぬのよ! それがみんな怖いの! 強い言葉で強がってるだけで、本当は弱い生き物なの!」
何故押される。何故戦況がひっくり返る。
わからない、意味がわからない。
強がっていると言った時点で、自分達は弱者だと認めたことと同じ。
弱肉強食の世界では、弱者が弱点を露呈した瞬間に勝負は決まる。そこから戦況がひっくり返るなどあり得ない。
ならば何故、今押されている。
死にかけの人間一人、何故神祖にすら近付いた龍が――強者が押されている。
「誰だって誰かを妬む!
「ふざけるな! 散々殺してきただろ?! 今までたくさん殺してきただろ?! これからも殺すんだろ?! 自分達が一番になりてぇと、他人を蹴落としてきたんだろ?! それを否定すんのか、今更! 素直になれよ!」
砂塵が舞う。
水柱がそれを貫き、その隙に翼を出したグランドールは飛んでいく。
そして地面からくりぬいた巨大な岩盤を、落とす。
「そら言えよ! もう二番目は嫌だろ?! 邪魔は全部消し去って、あれをおまえのものにしたかったんだろ?! 羨んで殺して、殺して奪って、それが人間だろうがよぉ!」
「悪いけど、殺すだけの獣と人間を一緒にしないで。人間はね、憎むだけじゃないのよ。妬むだけじゃないのよ――その数倍、数百倍、他人を愛せる生き物なのよ! “
巨大な水龍が現れて、巨岩を高圧の水流で噛み砕く。
そのまま飛翔した龍はグランドールを捉え、巨岩と同様に噛み砕いた。
「あぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁっっっ!!!」
断末魔とも呼べる叫び声を上げて、グランドールは力を失って落ちる。
人間に取り付いていたグランドール本体が力尽きて、人間から剥がれて消えていく。
「……そりゃあ、ずっと二番目はイヤよ。私だってあいつに――クリードに愛されたいと思うわよ。でもね、あの子がいるから今のクリードがいる。あの子がいたから今、クリードは戦える。私じゃできなかったことを、あの子はやってくれた」
「だから、今は譲っているだけよ。私だってあいつを愛してるんですもの。いつまでも二番目に落ち着いてやらないんだから」
「おや、そこにいたのですかラヴラデッリ」
「……フィンスキー、あんた今の台詞聞いてた?」
「なんのことです? ……敵は、倒せたようですな」
「あなたもね。そうとなったら、さっさとクリードのとこに行くわよ。あいつのことだもの、また無茶してるに違いないんだから」
と、血塗れの笑みを浮かべる彼女。
彼女もまた、愛する人のために現在進行形で無茶を重ねていることを見逃さなかった。
当然、指摘はしないが。
思わず、若干の呆れを含んだ笑みが零れる。
「ちょっと、今笑うポイントあった?」
「なんでもありませんよ。それよりもさっさと行きましょう。ほっといたらボスとあの子、またイチャイチャし始めますでしょうからね」
「それは、許せないわね。なら急ぎましょう。行くわよフィンスキー」
「了解」
二人は颯爽と駆け抜ける。
互いの想い人の下へと、全速力で。
龍殺しの七龍帝 七四六明 @mumei
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