第25話 真紅の剣士
「お兄さんはどこから来たの?」
「ルカナという街から来ました」
「ルカナ? 元S級のアレクがギルマスやってるとこでしょ? 結構遠くから来たんだね」
「やっぱりアレクさんって有名人なんですか?」
「有名どころじゃないよ。逆に知らない人の方が少ないくらいだよ。男なら誰しもが英雄アレクに憧れる」
「英雄アレク……」
アレクさんのことをよく知らないでここまで護衛してもらったが、ひょっとしてただの元S級冒険者という訳ではないのかもしれない。英雄なんて、何を成し遂げたらそんな仰々しい呼ばれ方をされるんだろうか。
俺はアレクさんの英雄譚を青年に熱弁されながら路地裏へ進んだ。
路地裏ともなると人の数は一気に減る。身なりの整った人はすっかりいなくなり、質素で、それも薄汚れた服を着ている人しかいなくなった。
そして、気のせいかすれ違う度に俺のことを睨んでくる。
「ここだよ」
嫌な視線を感じながら、目的地の宿屋に到着した。
その宿屋は路地裏の奥まった場所の一角にあった。こんな所に建てたら客からも気づかれにくいし、何よりここら辺は若干治安が悪い。立地は最悪だ。
そもそも、宿なのかこれは。
かろうじて家と言ってもいいレベルの石造りの家? だぞ。
「本当にここですか?」
「そうだよ」
青年はニコッと笑うと、突如両手をパンパンと二回叩いた。
それが合図だったのか、青年が宿と言い張る石造りの家からガタイの良い男達がわらわらと出てきた。
しまった……これは完全に嵌められたな。
「これは一体……」
「ごめんねお兄さん。俺に声をかけたのが運の尽きさ。身ぐるみ全部剥いでもらうよ」
ガタイの良い男達が下卑た笑みを浮かべながら俺を取り囲んだ。ナイフを持っている者、釘がいくつも突き刺さった棍棒を持つ者、メリケンサックなど、それぞれが人を
まずい、まずいぞ。抵抗したいが俺は戦闘経験というものがない。一応防衛用にナイフは購入しているが扱い方が分からない。人数的にも圧倒的に不利だ。
一体どうすれば……。
そうこう考えてるうちに一人に羽交締めされてしまった。
俺が記憶を無くしてから初めての暴力らしい暴力(ヨーアを除く)だったので反射的に体が
竦んで動けずにいると、別のもう一人が俺のバックを取り上げた。
そして、俺の首に下げているユーリさんからもらった懐中時計にも手をつけた。
やめろ……それだけは……
「こいつ、いいもん持ってやがるぜ。売ればそこそこいきそうだ」
「……めろ」
「あん?」
「やめろと言ったんだッ!」
体の内側から怒りと力が湧き上がった。
腕に力を込めて抵抗すると思いの外簡単に羽交締めが解けた。
「うおっ! なんだこいつ、急に力が……ふべぇ!?」
俺はこの湧き上がる力で相手の胸ぐらを掴みそのまま地面に叩きつけた。
なんだ、そのガタイは見せかけなのか?
相手がやけに軽く感じる。不思議と負ける気がしない。
俺は次にバックを奪った男へと向かう。
「クソッ、調子に乗りやがって……!」
バックを奪ったは男は勢いに任せて拳を俺めがけて突き出してくる。
だがなんとなく
「ふっ」
「っ……! なにっ!?」
俺は男の拳を躱すことはせず片手で拳を受け止めた。
躱すよりも動きが少ないからこっちの方が楽だな。
「よっと」
そのまま受け止めた拳を強く握り、背負い投げの要領で男を投げ飛ばした。
地面に顔面から落下し、ピクリとも動かなくなった。
俺は投げ飛ばした男の元に行き奪われたバックを取り返した。このバックにはリナさんから貰った大事なお金がある。奪われる訳にはいかない。
「な、なんだこいつ、結構やるぞ……!」
他のガタイの良い男達が俺を前に後ずさる。
俺を案内してくれた青年が少し離れた所で拍手をしていた。
「凄いねお兄さん。見た目弱そうなのに軽々投げ飛ばしちゃうなんて。なんかのスキル?」
スキル? そういえば俺には【トーク】の他に【アンフェア】っていうユニークスキルがある。
確か相手のステータスを『1』上回る数値で上書きするというもの。おそらくこのユニークスキルのおかげで相手のステータスを上回り、対処出来たのだろう。
しかし、ステータスは数値では見れないのに『1』上回るというのがよく分からない。この『1』とは一体なんなんだろうか。
今の俺の戦闘からして、確実に相手の実力を上回ったのは確かだろう。
「お前に言う必要はない」
「つれないなぁ。お兄さんは一体何者なの?」
「質問したいのはこっちだ。宿に案内してくれるんじゃなかったのか? これは一体何の真似だ」
「見て分からない? 追い剥ぎだよ、追い剥ぎ。土地勘のない観光者や旅人をターゲットにしてるって訳。それも弱そうなね」
弱そうとか言うな!
それにしてもついてないなぁ。優しそうな青年だと思って話しかけたのにまさか追い剥ぎとは。
俺の唯一誇れるステータス、運【S】とは一体なんなのか……。
「……はぁ。じゃあ俺は行くから。もうこういうことしちゃだめだぞ」
付き合いきれない。
俺は
「はぁ!? 逃げられると思ってるの? おいッ! お前らッ!」
残りの残党が俺を取り囲んだ。
めんどくさいなぁ。アレクさんとの約束もあるからこんな所で足止めされてる場合ではない。
「はぁ……」
思わずため息を漏れたが、取り敢えず構えてみた。それっぽくだ。俺に武術の心得はない。
俺が構えたのを見て残党共が一斉に襲いかかってきた。
覚悟を決めて迎え討とうと決意した、その時だった。
そよ風がそっと凪いだ。
次の瞬間迫り来る残党達が一斉に地面に倒れ伏した。
瞬く間の出来事だった。
「何が……起こって……」
「危ないところだったな」
「っ……!? 君は……」
真紅の長髪の女性がいつの間にか俺の側に立っていた。
慣れた手つきで剣を鞘に収めている。
この人がやったのか……一瞬で……。
「名乗るような者じゃない。それより気をつけろ。この国の底辺連中はあんなのばっかりだ。旅人なら中心街を基点に行動するといい。じゃあな」
「ま、待ってください! お願いがあるんです!」
「なんだ。私は何でも屋じゃないぞ」
「俺、この国に初めて来たんです。宿屋を探してるんですが、どこか分からなくて。もしよろしければ場所を教えていただけませんか?」
「……お前が襲われていた理由が今分かったよ。ふん、まあいいだろう。これも何かの縁だ、案内しよう」
「ありがとうございます」
俺は謎の女性に案内してもらえることなった。ついその場の勢いでお願いしてしまったが、今度こそちゃんと宿に辿り着けるといいが……。
⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎
「お前はどこから来たんだ?」
「ルカナという街から来ました」
「ルカナか。あそこは良い街だ。私も以前赴いたことがある」
「そうなんですか。依頼とかですか?」
「ああ。マモノがルカナ近郊の森に出現してな。あそこは街道になっているから行商人や乗合馬車が立ち往生して困っているというので討伐に向かったんだ」
だから王都ウェンデルへ着くまでの道中でマモノと遭遇しなかったのか? もしこの人がマモノを全て討伐したからあの場にマモノが現れなかったと仮定すると、この人は少なくともAランク以上の冒険者の可能性がある。
話している間に目的地の宿屋に到着した。
「着いたぞ」
良かった、外観はちゃんと宿屋だ。料金表が表の看板に書いてある。
先ほどの石造りの家とは大違いだ。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
「気にするな。あとお前、あまり人を信じすぎんなよ?」
そう言うと、真紅の長髪の女性はふらっと行ってしまった。
「カッコいいなぁ……」
そんな感想がふと漏れた。
名前だけでも聞いておけば良かったな。
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