第17話 疑心暗鬼
マモノが立ち去り、一先ず危機的状況からは逸した。ヨーアが無事で本当に良かった。
「ヨーア、もう大丈夫だよ」
「……」
「どうしたんだ?」
「お兄ちゃん……一人で……何を話してたの? それも知らない言葉だったよ?」
「知らない言葉? それも一人でって、何言っているんだ。どう見てもいつもの言葉で会話してただろ。しかし驚いたな。マモノが人語を話せるなんて」
「…………」
ヨーアは何を不審がっている。俺を見るヨーアの顔がみるみる引き攣っていく。
「ヨーア、今日はもう帰ろう。またマモノが出るかもしれない。ギルドに報告をしないと」
通常マモノは町の外に生息している。しかし今回は海から出現した。早急に対策を取らなければあまりにも危険だ。
俺はヨーアに手を差し伸べた。
「っ……」
「どうしたヨーア。ギルドに行こう」
「う、うん……」
おずおずと俺の手を握るヨーア。
どうしたんだ。俺に対してどこか不審がるというか怯えているというか。
俺がヨーアを見つめていると、ヨーアは笑顔を返してくれた。
しかし、いつものヨーアの見せる満面の笑顔ではなく、ぎこちない作り笑いだった。
⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎
「マ、マモノですかぁっ!!」
受付嬢さんがカウンターに両手をついて大きな声を出した。
「はい。海から突然現れました。特に何かされるとかはなく、向こうから立ち去りましたけど」
俺とヨーアはギルドへ向かい、受付嬢に海辺でマモノが出現したことを報告した。
「この街でマモノが海岸に出現したという前例はありません。マモノは人が密集する村や町、都市には何故か出現しないからです。今回の報告が確かなのでしたら、私たちの知るマモノの常識が一変することになります」
「常識が一変、ですか」
真剣な面持ちで話す受付嬢。
今回のマモノ出現はイレギュラーで、よほどのことだったのだろう。
「ギルドは至急警戒態勢をしかなければなりません。ギルドから冒険者を派遣し、海辺の調査をお願いすることになりますね」
「俺も行きましょうか?」
「……いえ、大丈夫です。マモノを相手取る際の必要最低冒険者ランクはB。ホープさんは現在Fランクなので、この依頼を受けることはできません。お気持ちは大変嬉しいのですが……」
受付嬢は言いづらそうに言った。
何もできないのは悔しいが、Bランク以上の冒険者に後は任せよう。
「いえいえ。それなら仕方ないです。考えてもみたらFランクの俺なんかじゃかえって足手纏いになりますからね」
俺は受付嬢に微笑みながら言った。
「そんなことありませんっ」と受付嬢が今にも言いたげなのが表情から読み取れる。だがそれを言わないのは彼女が自分の仕事、立ち位置を理解している証拠だ。むやみやたらに冒険者をおだてない。冒険者は皆平等に接する。無鉄砲な冒険者を生まないために。
「……あ、こんな時になんですけど、ヨーアちゃんとのお出かけはどうでしたか?」
「受付嬢さんがくれた地図通りには回れていないんですけど、楽しかったですよ」
「それは良かったです。……マモノとの遭遇は予想外でしたね」
「はい。この後峠岬をハイキングしようと思っていたんですけど、さっきのこともあるので家に帰ることにしました」
「それがいいでしょう。ヨーアちゃん、気を落とさないでね? 海辺調査が終わるまでの辛抱だから」
「……はい」
ヨーアは俯きガチに小さく返事をした。
マモノと遭遇してからというもの、ヨーアの様子がおかしい。
今までずっとマモノを毛嫌いしていたのだ。実際に遭遇した今回はかなり心にショックを受けたことだろう。なにせヨーアは父親をマモノに殺されている。
俺たちは受付嬢さんに別れの挨拶をして、ギルドを出た。
「なあヨーア、どうしたんだ? さっきから様子がおかしいぞ?」
「……大丈夫だよ。わたしはいつも通りだよ」
そう言うとヨーアは笑顔を浮かべた。しかしまたしても作り笑いである。普段作り笑いなどしなれていない為か顕著にぎこちなさが出ている。
絶対に大丈夫な訳がない。家に帰って落ち着いてから、また話を聞こう。
どこか遠い目をしているヨーアの手を引いて、ゆっくりと帰路を辿った。
家に着くと、家には誰もいなかった。今日はユーリさんの仕事の日である。マモノとの遭遇により予定より早く帰宅してしまったたので家に誰もいないのは当然のことだった。
「まだ昼過ぎだもんな。紅茶でも淹れるよ」
「ありがとう……」
「あ、手洗いを忘れるなよ?」
「分かってる……」
とぼとぼとヨーアは洗面所へ向かった。
いつもなら二人で一緒に手を洗ったりしていたのだが、今日はそんな雰囲気ではない。俺はヨーアが手を洗い、リビングへ向かったのを確認してから洗面所へ手を洗いに行った。
手を洗い、リビングへ向かうとヨーアが椅子に座り、虚空を眺めていた。
「大丈夫か?」
「…………」
ヨーアからの返事は無かった。
俺は台所へ向かい、慣れた手つきで紅茶を淹れる準備を始めた。
この一つ一つの所作をいつもヨーアは楽しげに見ていた。だがそれも今はない。ピューピューと音を吹き鳴らすヤカンの音だけが、虚しく響いた。
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