第15話 リアナーラ喜劇団



「ヨーア、見てみろ芸者だ」


「……え? あっ、ほんとだ!」


 ブレスレットに夢中で反応が遅れるヨーア。家に帰えればいくらでも見られるのだが、それほど嬉しかったんだろう。


 俺たちは人混みの中、さらに人が集っている所、この街の中心部に位置する大きな噴水広場に来た。

 人の多さに芸者の全貌はよく見えないが、サーカスのようなものをしているのは動きで分かった。

 芸者が何か芸を披露する度に拍手起こる。


 せっかくだから観たかったな。受付嬢のオススメコースにも【芸者を観るべし】と書いてあったし。


 ヨーアも背伸びをしてなんとか観ようと必死だ。


「ヨーア、バスケットは俺が持つから、おぶってあげるよ。そうすればきっと見えるよ」


「い、いいよっ…! 大丈夫だよお兄ちゃん」


 ヨーアは慌てて首をブンブン振って否定の意思を示す。

 なるほど。おんぶは嫌か。


「なら肩車だな。おんぶよりもっと観えるぞ」


「そういうことじゃないよ! もう!」


 ヨーアは赤い顔でそう言って、ずがずがと俺の手を引いてこの場から離れるように歩き出した。

 

 その時だった。


「危ないっ!!」


 誰かが叫んだ。

 気づくと周りの観衆が一斉にこちらを見ていた。そして火の灯った松明たいまつがグルングルンと勢いよくこちらに向かって飛んできていたのだ。


「ヨーア!」


 俺は咄嗟にヨーアの全身を護る体制を取った。


「お、兄ちゃんどうしたの!? 恥ずかしいよ!」


 状況を理解していないヨーアが動揺を示しているが今はそれどころじゃない。


 やがて松明は俺の背中へと落下し——


「《ウォーターボール》」


 頭の後ろで何かが蒸発する音が聞こえた。

 そして、火の灯った松明は俺の背に衝突することなく、カランカランと地面を転がった。


「一体何が……」


 俺は振り返る。

 すると、遠くから手のひらをこちらへ向ける芸者が見えた。人々の視線も芸者へと集まっている。


「おーっと申し訳ない! 普段はこんなミスを犯すことはないのですが、いやはや、申し訳ない!」


 そう言って人混みの中を掻き分けやって来る芸者。

 遠目では輪郭しか分からなかったが、思ったよりも随分若い少年だった。


「何があったの?」


 ヨーアは俺の懐からひょっこり顔を出して周囲を伺った。


「わーお、可愛いお嬢さん! お怪我はありませんか?」


「ないですけど」


「それは良かった! わたくし、リアナーラ喜劇団のマルクスと申します。以後お見知り置きを」


 そう言って丁寧な所作で礼をする芸者、マルクス。


「お詫びと言ってはなんですが、どうかわたくし共のショーを特等席でご覧になりませんか?」


 宝石屋といい、さっきからお詫びばかり受けている気がする。


 特等席でショーが観れるのは良いことだな。ヨーアも見たがっていたしこれは有難い。マルクスはどうやらヨーアに対して言っているようだし、俺は対象外かな。


「ヨーア。せっかくだから観に行ってきたらどうだ? 俺は待ってるから」


「ではお嬢さん! どうぞこちらへ!」


 マルクスはヨーアへ向け手を差し伸べた。ヨーアはその手をじっと見つめた後、マルクスの方を見た。


「いえ、結構です。どうかお気になさらず」


「え……」


 ヨーアの返事が意外だっのか、マルクスは一瞬ポカンとした顔をした。だがすぐに笑顔を作る。


「でもでも! お詫びですので!」


「観たくても観れない人が大勢います。その中で私だけ特別席で観るという訳にはいきません。お兄ちゃん、行こ?」


「あ、ああ。でも良いのか? せっかく特別席で観れるのに」


「お兄ちゃんと一緒に観れないと意味がないし、他の人に悪いもん」


「そっか。ヨーアがそれでいいならそうしようか」


 俺はヨーアの頭を撫でて、ヨーアと手を繋いだ。

 さあ、次はどこへ行こうかな。


「ま、待ってください!」


 呼び止めたのは言うまでもなく、マルクスだった。


「何かな?」


 俺はマルクスにそう言うと、


「僕はしばらくこの街に滞在する予定です。不定期ですが、この街でショーを開くので、その時はぜひ、いらして下さい!」


 マルクスの一人称がわたくしから僕に変わった。

 それは芸者マルクスではなく、一個人マルクスとしての頼み。

 そしてマルクスは先程からヨーアの瞳から目を離せずにいた。まあ……なんだろうな。


「ああ。分かったよ。な、ヨーア」


「うん!」


 マルクスはホッとしたような顔をすると、丁寧な所作で礼をした。

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