第14話 宝石商


 受付嬢から受諾したとても依頼とは思えない依頼。

 依頼書の裏に描かれたオススメコースの簡略図はあの一瞬で描いたとは思えないほどこと細やかに描かれている。

 例えば、「ここで休憩」「このポイントでお昼」などなど。アドバイスが簡略図の合間合間に記されている。


「なんでも受付嬢さんのおすすめのコースらしいぞ」


「私はお兄ちゃんと一緒ならどこでも良いよ」


 満面の笑みで微笑むヨーア。


「良い子だなぁヨーアは」


「えへへ」


 取り敢えずこのコース通りに進んでみよう。

 正直どこに行くとかそういうのは決めてなかった。行き当たりばったりでなんとかなるかなと思ってたから非常に助かったというのが本音だ。


 地図はギルドを出発点として描かれている。

 まずは街路に並ぶ露店や曲芸師を見て回ると良いと書いていた。


 露店といってもかなりの店舗数だ。

 全部回ったとして時間を食うし、オススメコースの全ては回れない。


「今日は人がいっぱいいるね」


「そうだな。はぐれないようにしっかり俺の手を握ってるんだぞ」


「うんっ!」


 ギュっ。

 ……強い! 握力がすごい!


「ヨーア、強く握りすぎ」


「あ、ごめんお兄ちゃん。つい……」


 ヨーアはドワーフの血が四分の一入っている。だから力が強い。


 ヨーアは少し力を緩めた。それでもまだ強い方だが、まあいい塩梅だろう。これなら離れない。


 ヨーアとがっちり手を繋いだところで、ふと街全体を見渡す。

 本当に今日は人がごった返しているな。毎日お使いで来ているがここまで混み合っているのは初めてだ。


「……萎縮してもしょうがないな。歩こうか」


「うんっ!」


 手をぎゅっと握り直して、俺たちは人混みの渦へと足を踏み入れた。


 

 ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎


 

 舐めてた。完全に舐めていた。

 歩く度に人、また人。前から後ろからと人の波が押し寄せる。


「ヨーア、大丈夫か?」


 この人混みだ。ヨーアが心配になった。


「大丈夫だよ?」


 何事もないような顔でヨーアは返事をした。

 それもそうか。なにせ、こんだけがっちり手を握られていては逸れることはまずないだろう。

 だが、正直軽く痺れてきた。


「そうか、良かった」


 いらぬ心配だったと俺は再び前を向き歩みを進めた。


 しかしほんとに混んでいるな。

 闇雲に歩いても全然進まない。何か祭典でもあるのだろうか。


 そこでふと、誰も立ち寄っていない露店が傍目で見えた。こんな人混みだと言うのに誰も見向きもしない。

 怪しげな雰囲気を漂わせているが、行ってみるか。


 俺とヨーアは人混みを掻き分けるようにその怪しげな露店へと向かった。


「……いらっしゃい。ほっほ、お二人さん、デートかい?」


 俺とヨーアを見比べながら店主がしわがれた声で言った。

 老齢でシワだらけの顔に、長く白い顎髭が特徴的な人物だ。


「んー、まあそんな感じです」


「おおお兄ちゃんっ!?」


 ヨーアは素っ頓狂な声を出し、俺を見上げた。


「ほっほ、ダンナ、彼女さんにお兄ちゃんと呼ばせるとは、なかなか趣味嗜好がよろしいようで」


 ニヤニヤとイヤラシイ目つきで言ってくる店主。


「違います。俺たち兄妹なんですよ」


「なんと、兄妹でデートとな。それはまた……」


 なんか嫌だなこの爺さん。

 ヨーアの俺の手を握る力が少し強まる。


「別に兄妹とデートしたって俺たちの勝ってでしょう? 他人にとやかく言われる筋合いはないですよ」


「ほっほ、気に障ったようで申し訳ありませんなぁ。年寄りになると、どうも卑屈になってしまうのですよ。どうか許してくだせえ」


 店主は長い逞しい顎髭を撫でつけながら言った。とても本心で言っているとは思えない態度だが、そこを言及しても時間の無駄だ。


 俺は視線を店主から下に下げ、ずらっと陳列されているネックレスや指輪、ブレスレットに目を向けた。

 実は先程からヨーアはこれをジッと見つめていたのだ。


「お詫びとしちゃあなんですが、お安くしときますぜい? どれでも一つ10万ゴ——」


「ヨーア行くぞ」


「うん」


 俺はヨーアの手を引いてすぐにこの店を立ち去ろうとした。ヨーアだってお金の価値くらい分かる。値段を聞いた瞬間悟ったように陳列された品々を見るのを止めていた。


「あ、ああ……! 待ってくだせえ! なら5万ゴルでどうですかい?」


「……行くか」


「あああ! なら、なら1万ゴル! 1万ゴルならどうだ! これなら」


「お兄ちゃん、早く行こ」


「ああああ! 分かった。分かりやしたよ。ダンナの言い値でいいですよ。わしの負けだ」


 店主はしわがれた声でそう言うと、ガクッとうな垂れた。

 逆に、何故そこまでして買って貰いたいのだろうか。分からん。


「言い値、ですか。それなら……」


 流石に無料ただで貰うのは忍びない。

 俺の予算は2000ゴルだ。

 昨日家にお金を入れようとしたが、ユーリさんが

「せっかくの初任給なんですから、ホープさんの好きなように使ってください」と言われ、拒否されてしまったのだ。


 なので2000ゴルのうち支払える許容範囲は……うーん。


「200ゴルで」


「2、200ゴルぅ!?」


「言い値なんですよね」


「そうじゃが……ええいままよ! 持ってけ持ってけ! 200ゴルじゃあっ!」


 自分から言い値でいいって言ったクセに何を渋ってるんだこの爺さんは。


「ヨーア、なんでも200ゴルだってよ。好きなの選んでいいぞ」


「いいの? じゃあ、どれにしようかなぁ」


 ヨーアは目をキラキラと輝かせて陳列された品々を見渡した。


 その間、店主は悔しそうな顔をしていた。


「あの、こんなにも人混みなのに、何故この店には人が来ないんですかね」


「ダンナ……はっきり言うのう。それはな、わしこんな性格じゃろう? ついつい客につっかかってしまうんじゃよ。そりゃ人も来なくなる。店の評判というのは人伝ひとづてにあっという間に広まるのでな。久方ぶりのお客さんなんで、そりゃあ売りたいじゃろう。商人のプライドというやつじゃ。じゃから言い値でもいいから売ったのじゃが……やはり悔しいのぉ」


 店主は顎髭を撫で付けながら哀しげに「ほっほ」っとしわがれた声で笑った。今度は本心で言っているように感じた。


「決まったか?」


「うんっ! これにする!」


 ヨーアが手に取ったのは銀色のブレスレットだった。ワンポイントにエメラルドグリーンの宝石のようなものが付いている。


「おお! お嬢ちゃんお目が高い! それはのぉ、希少なオリハルコンを加工したブレスレットじゃ。それはそれは美しい翡翠ひすい色の水が湧き出る泉、【グリーンラベル】の水底に生息する二枚貝、グリーンパールの真珠が添えられた代物じゃ。まともに買ったら10万ゴルどころじゃないぞい?」


「いいんですか? そんな代物なら、あなたが換金することだって」


 価値があるのなら換金して金に変えてしまえばいいのに。わざわざ出店を出す必要もなくなるだろう。


「……いいんじゃ。いいんじゃよ。じじいのいらぬおせっかいだと思ってくれ。お嬢ちゃん、良かったのう」


「うんっ! お兄ちゃん! 買ってくれてありがとう!」


 ヨーアはブレスレットを腕に嵌ると、満面の笑みで俺を見上げた。


「そうか。良かった」


 俺はヨーアの頭を優しく撫でた。


「ダンナも一つどうですかい?」


「いや、いいです。俺はそういうのにあまり関心がないので」


「そうかい。お嬢ちゃん、そのブレスレット、大切にするんじゃよ……言われなくてもそうするみたいじゃの」


 ヨーアは腕に嵌めたブレスレットをキラキラとした目で見つめ続け、うっとりしていた。


「安くしてもらってありがとうございます」


「ああ。気にせんでいい。デート、楽しむんじゃぞ」


 そして俺達は店を出た。



 ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎



「本当はあのブレスレット、道端で拾ったジャンク品なのじゃが……金になっただけマシかの。200ゴルじゃけど」


 ホープとヨーアが店を立ち去った後、宝石屋の店主は愚痴をこぼした。

 オルハルコンだとか、グリーンパールの真珠だとか、そんなものは全て虚構である。見た目がそれっぽかったという理由で店主がそう言っただけ。ホープの言う通り本当に10万ゴル以上の価値があるのならとっくに質屋に入れて換金していた。


 だが、偶然にも粗悪品はあのブレスレットのみだった。他はまがいも無い本物の宝石で作られたアクセサリーである。

 だからこのジャンク品を選んだヨーアに店主は内心ほっとしていたいたのだ。


「しかし……あれだけきらびやかなアクセサリーが並ぶ中、よくあのブレスレットを選んだのぉ。お嬢ちゃんにはお目が高いと言ったが、見る目が無いのぉ……いや、ある意味見る目があるのかの。ほっほ」


 店主は下卑た笑みで顎髭を撫で付けた。

 そして、どうせ来ないと分かっていながらも新たな客が来るのを待つのだった。

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