第13話 特別依頼
「お弁当は持ちましたか?」
「うんっ! ちゃんと持ったよ!」
ヨーアはウキウキとした様子で弁当の入ったバスケットを抱えている。
「つまみ食いしてないだろうな」
「なっ、してないよっ!」
今日はヨーアと一緒にお出かけだ。
そしてなんとユーリさんのご厚意でお弁当まで作ってもらった。本当にに感謝しかない。
「ふふっ。気を付けて行って下さいね」
「はい。ヨーアは俺に任せてください」
「お兄ちゃん! 早く行こっ!」
「分かった分かった、今行くよ」
ヨーアは待ちきれないとばかりにぴょんぴょんと跳ねている。
俺はヨーアの手を握り、もう片方の手でバスケットを持ってあげようとしたが「わたしが持つ!」と断られてしまった。
ユーリさんはお弁当を作りすぎてしまったようで、そのバスケットはそこそこ重い筈なんだけどなぁ。
「それじゃあユーリさん。行ってきます」
「行ってきまーす!」
「はい。行ってらっしゃい」
俺とヨーアはユーリさんの柔らかな笑顔に見送られて、家を後にした。
⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎
「ヨーア。ちょっとギルドに寄りたいんだけどいいかな?」
「え? いいけど……」
ヨーアは「どうして?」と、不思議そうな顔をした。
昨日は受付嬢さんに明日また来ますと言ってしまったから訂正しにいかないといけない。
明日来るという条件は結果的に満たすことにはなるが、ギルドへ行くというのは基本的に依頼を受けに行くという意味だ。向こうも俺に見合った依頼書を用意しているかもしれない。
こうして、俺たちの最初の行き先はギルドに決定した。
ヨーアの家は街の中心から少し離れたなだらかな丘の上にあり、ギルドまではそのまま下って真っ直ぐ行った所にある。
ヨーアと手を繋いで歩く。
俺がこの土地で目覚めてからは何度もヨーアと降りた道だが、その度にヨーアはふんふんと嬉しそうに鼻歌を歌いながら歩くから俺までつられ……ることはないが、楽しい気分になる。
今日は天気も良いし、潮風も心地よい。
お出かけにはぴったりだ。
「嬉しそうだな」
「うん! だって、わたしはお兄ちゃんと一緒にいるだけでも嬉しいのに一緒にお出かけだなんて嬉しいに決まってるよ!」
「決まってるのか。はは、それは嬉しいこと言ってくれるな」
満面の笑みを見せるヨーアに俺も微笑む。
こんなどこの馬の骨とも分からない奴に懐いてくれて、余程父親の死がショックだったのかもな。俺が父親代わり、とはまた少し違うと思うが、それに近い何かだろう。
「お兄ちゃん、見えたよ!」
「ああ。あそこだ」
街中にあるギルドが見えてきた。
商店が並ぶ中で一際大きな建物なので存在感がある。
ギルドの前まで辿り着き、俺は戸を開いた。
「ようこそ、ギルド・ルカナ支部へ。あっ、ホープさん!」
「どうも」
「こ、こんにちわ」
出迎えてくれたのは俺を担当してくれた受付嬢だ。
ヨーアは若干緊張気味に挨拶をした。
「あら、ヨーアちゃん? どうしてヨーアちゃんとホープさんがご一緒に?」
どうやら受付嬢とヨーアは面識があるらしい。
ヨーアの父はこの町一番の冒険者だった。ヨーアのことを知っていてもおかしくはないか。
「今日は、お兄ちゃんとお出かけなんです」
「そうなの、良いわね! ……え? お、お兄ちゃん?」
「はい。お兄ちゃんです」
受付嬢は目を丸くして、固まっていた。
「えと、そのつまり、ホープさんはヨーアちゃんのお兄さんということですか?」
「義理の、ですけどね。本当の妹のように思ってます」
俺はそう言ってヨーアの頭を撫でた。
「あ、ああ! そういうことですか。前に言ってた妹さんがいらっしゃるという話はヨーアちゃんのことだったんですね」
「はい。まさかヨーアと受付嬢さんが面識があるとは思いませんでした」
「昔はよく遊びに来ていたんですよ?」
「そうだったんですか」
察した。ヨーアのお父さん、ガルアさんが亡くなってから来なくなったのだろう。
「……本日は依頼ですか?」
少し暗い雰囲気になったが受付嬢から問いかけて来た。
「いえ、今日は依頼はしません。昨日また来ると言ってしまったので訂正にと伺った次第です」
「そんな、わざわざ伺いに来なくてもいいんですよ? 冒険者の都合が第一ですから」
「そういう訳にはいきません。人としての礼儀というか、やっぱりしないと」
明日来ると言って来ない。依頼を受けないというのは無礼だし嘘をつくことになる。それはダメだ。
「本当にお気になさらなくてもいいのに……。分かりました。訂正のご連絡、ありがとうございます」
「いえいえ」
よし、これでヨーアとお出かけが出来る。
「それでは、俺たち行きますね」
「お気をつけて。ヨーアちゃん、またね」
「はい。失礼しました」
ヨーアはよそ様の前では口調が礼儀正しいな。俺がヨーアと初めて出会った時も口調が丁寧だった。
俺とヨーアはぺこりと頭を下げ、再び手を繋ぎギルドを出ようとした。その時——
「ホープさん!」
受付嬢が俺の名を呼び駆け寄って来た。
「なんですか?」
「あの、もしよろしければですけれど、このような依頼を受託してみませんか?」
「いや、今日はヨーアと……」
「分かっています。ですがこの依頼書に目だけでも通してくださいませんか?」
「……分かりました」
受付嬢は俺に強引に依頼書を手渡した。
なんだってまた急に依頼なんて寄越すのだろうか。
俺は受付嬢に言われた通り、依頼書に目を通した。
【特別依頼】 ホープさん対象
依頼内容・私の推奨するおススメコースを周ってみて下さい
所要時間・ヨーアちゃんが満足するまで
報酬・1000ゴル
概要・
「なんですかこれは?」
「すみません。時間が無くて概要までは書けませんでした」
「いや、そうではなくて」
これは依頼というより……待て、お金まで貰えるのか? なんなんだ一体。
「これはギルドからの細やかなサプライズです。ヨーアちゃんと楽しんで来てください。裏面に……これもまたすみません。時間が無くて非常に簡易なものですがおススメコースを書かせていただきました」
依頼書の裏面を見ると、確かに簡易だが分かりやすいこの町の地図が描かれており、おススメスポットに大きな丸で印がされてある。
あの一瞬でこれを書いたのか。早業にも程がある。
「そんな、悪いですよ」
「いいんですよ。ほら、ヨーアちゃんが待ってますよ?」
ヨーアを見ると、早く行こうと言わんばかりに俺のことをじっと見つめていた。
「……分かりました。ご厚意に甘えます。この依頼、受諾させていただきます」
「はい! お気をつけて」
俺はもう一度受付嬢に頭を下げ、ヨーアの手をぎゅっと握りしめギルドを出た。
⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎
ホープとヨーアがギルドを去った後、リナは受付カウンターへ戻り、いつものように書類整理を始めた。
「ちょっとリナ、いいの?」
「何が?」
しれっと澄ました顔で黙々と作業をするリナ。
「何がって……あの依頼の報酬って実費でしょ?リナってこんなにお人好しだったっけ?」
「ねえセリカ?」
「何よ」
リナは作業をする手を止め、セリカを見た。
「あんなにも嬉しそうなヨーアちゃん、久しぶりじゃない?」
「……確かに。まるであの頃のヨーアちゃんみたいだったわねぇ」
「ヨーアちゃん、お父さんのこともあったでしょ? あの日以来全くというわけではないけれど、あんな笑み見せなかったじゃない」
ヨーアの父の死は、確実にヨーアの心を深く
まったく笑わなかったというわけではない。それでも、満面の、心の底からの笑みはできていなかったのだ。
「いつもギルドに元気をくれていたヨーアちゃんのあの笑顔を見れただけで、私は嬉しくてしょうがないの。ホープさんには感謝しないとね」
「それもあると思うけど、単にホープさんがリナのお気に入りの冒険者さんなだけなんじゃ……」
「今なんか言った?」
「言ってませーん。あ、ご依頼ですか? どうぞこちらへ」
セリカは逃げるように冒険者の受付を始めた。
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