第9話 初めての依頼


「それでは、行ってきます」


「気をつけて下さいね」


「お兄ちゃん気をつけてね」


 二人に心配そうな顔で言われてしまった。


 今日は記念すべき初仕事だ。

 俺はなりたてホヤホヤの冒険者だから、初めは簡単な依頼しか受諾できない。特に危険なことはない筈だ。


 ヨーアの頭を撫でてから、俺は家を出た。


 ギルドへ着くと、昨日俺の対応をしてくれた受付嬢がいたので声をかけた。


「あ、ホープさん! お待ちしておりましたよ! 依頼ですか?」


「はい。さっそくですが、どんなのがありますか?」


 俺はそう尋ねると、受付嬢は「少々お待ちください」と言って受付カウンターの裏にある大きな棚から書類の束を持ってきた。


「今現在このギルドに委託された初級依頼書です。初級といってもピンからキリまでですが、まずは配達や介護、家庭教師、子守、お使い、ペット探し辺りから始めるのが無難ですよ」


「なるほど。そう言えば、薬草採取というのはあるんですか?」


 薬草採取がしたいという訳ではなく、どんな概要なのかが気になった。ヨーアのお父さんのこともあったし。


「薬草採取!? それは上級依頼なのでEランクのホープさんには受諾できません。薬草採取は最低でもAランク以上の冒険者様でないと困難な依頼です」


「そうなんですか……」


 驚いた。

 まさか薬草採取が上級依頼だなんて思わなかったな。てっきり初級の誰でもできるものだと思っていた。


「どうして、薬草採取のことを?」


「ああいえ、なんでもこの街で薬草採取の依頼を受けた冒険者が帰らぬ人になったと聞いて」


 こういうことってあんまり言わない方が良かったのかな。失言だった。


 受付嬢は神妙な顔つきになり、視線を落とした。


「……はい。あの方は、街一番の冒険者様でした。私も知らせを聞いた時には驚きを隠せなかったです」


「街一番? すごいですね」


「はい。あと少しで最上のSランクに到達するところまであの方はいっていました」


 ヨーアのお父さんすごいな。まさかそんなすごい人だったなんて。

 ユーリさんもヨーアも詳しく言ってくれないからずっと気になってはいたが、聞きづらかった。


「そんな強い人が何故……。薬草採取はそんなにも危険な依頼なんですか?」


「はい。普通の薬草ならある程度家庭で栽培が可能です。しかし、委託される依頼は入手困難な薬草ばかりです。薬草の知識や特性の理解があり、尚且つマモノがいる外の世界で十分に戦える力が必要になるのです」


「それは……いくら強くても大変ですね」


 マモノがどれほど強いのかは分からないが、多数のマモノに囲まれたら薬草採取どころではないだろう。


「ですが、あの方なら簡単にこなすことの出来る依頼です。何度も薬草採取の依頼を達成し、失敗はありませんでした。それほどにあの方は強かった、強かったのですが……今回のことは色々と不可解なんですよ」


「不可解、ですか。確かにそんなに強い人がある日突然マモノに襲われて死んでしまうなんて不可解ですよね」


「そうなんですよ。ギルド内でもこの件で何度も話し合ったのですが、やはり不可解で……」


 油断や慢心の線も捨て切れないが、そこまで強い人ならばそれはほぼ無いだろう。マモノによる死傷か、それとも第三者による死傷か。考えれば考える程きりがない。


 ところで、ヨーアのお父さんって一体何者なんだ?

 ヨーアを見てるとお父さん像が想像できないんだよな。


「全然関係ないんですけど、その冒険者さんってどんな人だったんですか?」


「彼はガルア・ドルマン。ドワーフとヒューマンのハーフです。ドワーフの父から強靭な肉体と怪力を、そしてヒューマンの母親から高身長を受け継ぎ、高身長のドワーフとして若い頃から活躍していました」


「ドワーフ……ですか」


 てことは、ヨーアはドワーフのクォーター。俺のことを海辺から家まであの幼い身体で運ぶことが出来たことが不思議でしょうがなかったが、合点がいった。


 ヨーアはドワーフの怪力の特性をしっかり受け継いでいたんだ。

 身体はプニプニでやわっこいけど。


「……そういう訳なので、ホープさんには薬草採取の依頼を受諾することはできません」


「分かりました。では……そうですね。子守とか家庭教師とかから始めてみます」


 そう言うと受付嬢の顔が一瞬引きつった。どうしたんだろう。


「こ、子どもがお好きなんですか?」


「はい。そうですね。義妹いもうともいますし、自分になら出来そうだなと」


「あ、ああ! そういうことですか。なるほどなるほど、分かりました。でしたらこれなんかどうでしょうか!」


 偉くほっとしたような表情で受付嬢は手元の初級依頼書の束から二枚取り出し、俺に手渡した。



【初級依頼】 ランクE〜S対象


 依頼内容・子どもに簡単な読み書きを教えて欲しい

 所要時間・二時間

 報酬・10000ゴル

 概要・うちの子に簡単な読み書きでいいので教えてあげて下さい。継続的にこの依頼を受けてくれることを望みます。うちの子が簡単な読み書きを覚えたら報酬とは別途で謝礼を渡します。



【初級依頼】 ランクE〜S対象


 依頼内容・私の留守の間子どもと遊んでほしい

 所要時間・私が家に帰るまで

 報酬・2000ゴル

 概要・仕事が忙しく子どもと一緒にいる時間が持てない。大人しく、何一つ文句も言わない良い子ですが、きっと寂しい思いをしていると思います。どうか、うちの子が寂しくないように一緒にいてあげて下さい。



 受け取った依頼書の内容は家庭教師と子守の依頼だった。


「一つ目の依頼は家庭教師ですね。これは当たり依頼です。こんな美味しい依頼はそうそうありませんよ。初めての初級依頼としてはおんの字といったところでしょうか」


 確かに、二時間で10000ゴルは破格だ。時給5000ゴルなんて美味しい依頼というのは間違いないな。


「2枚目の依頼は子守です。このご家庭は母子家庭でお母さんと娘さんの二人暮らしです。決して裕福なご家庭ではありません。そのため報酬も低いです」


 一枚目を見た後で二枚目を見ると一気にランクダウンしたような内容だ。


「どちらにしますか? ギルドとしては一枚目をおすすめしますが」


「うーん、二枚目で」


「二枚目ですね、分かりました……って、ええ!? 本当に二枚目の依頼でよろしいのですか?」


「はい。大丈夫です。もうこの子の家に向かってもいいんですか?」


「はい。依頼書の裏に簡単な地図が書いておりますのでその通りに」


「分かりました」


 俺は二枚目の依頼書を手にとり、ギルドを出た。



 ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎



「やっぱり不思議な人よねぇホープさんって」


「……ほんとね」


 リナはホープが選ばなかった家庭教師の依頼書を眺めた。


 百人中百人がこの依頼書を手に取るだろう。それにあんな美味しい初級依頼はギルドでもそうそう見かけない。


「普通ならこの依頼書を受諾するじゃない?」


「普通なら……そうね。でも、ホープさんが選んだのはあっちの依頼書よ。何を受諾するか決めるのはホープさんなんだから」


「……そうね。ギルド職員にあれこれ言う資格はないわね」


「あら、分かってるじゃない」


 珍しくまともなことを言う同僚のセリカにリナは感心した。

 だが、セリカの口元がニヤニヤしていることに気づく。


「ちょっとセリカ、何ニヤニヤしてるのよ」


「ん? いやー? べつにー?」


「ちょっと! なんなのよ!」


 リナはセリカの頬を両手で摘むとぐにぐにこねくり回した。


「いだ、いダいよ! やめてよリナちゃん! 分かったから、言うから!」


「本当に?」


「いダダ! ほ、本当でひゅ!」


「よろしい」


 リナはセリカの頬から指を離した。

 セリカの頬は赤く染まり、痛そうに手で頬をさすった。


「いやーリナさ、ホープさんが来てから活き活きしてるなぁって。やっぱりお気に入りの推し冒険者さんが来ると嬉しいのかなだだだだだだだだ!」


 リナはセリカの頬を即座に摘み、引っ張った。


「なにを言うかと思えば……セリカ……覚悟は出来てるんでしょうね?」


「ゆ、ゆりゅひて、くだひゃい!!」


「あなたね、ホープさんが初めてギルドに来たのは昨日よ!? 活き活きも何もないでしょう!」


「そ、しょのとおりでしゅ!!」


「大体あなたはいつもいつも——」


「あのーすみません、冒険者登録をしたいのですが……お取り込み中でしたか……?」


 突然の来訪に思わずリナはセリカの頬から指を離した。


「いえいえ、ささ、こちらのカウンターへどうぞー」


「は、はい! よろしくお願いします!」


 今がチャンスとばかりにセリカは新人冒険者にガイダンスを初めた。


「セリカ……覚えときなさいよ……」


 リナは小さな声でそう呟くと、いつも通りの営業スマイルを見せるのだった。


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