第7話 打ち明け


「これ、ピーマン……?」


「ああ、ヨーアの大嫌いなピーマンだ。美味いぞ」


 食卓には俺が作ったピーマンの肉詰めと付け合わせのパンが並べられている。


 肉の匂いにコル塩の海の香りでヨーアは完全に肉料理が食卓に出されると思っていたようだ。


 ヨーアは苦渋な表情を浮かべながらフォークでツンツンとピーマンの肉詰めをつつく。


「取り敢えず食べてみてよ。絶対に美味しいから。な?」


「で、でもぉ……」


 それでも一向にヨーアはピーマンの肉詰めに手をつけない。


 食べ物の好き嫌いは誰にだってある。嫌いな物は嫌いに決まってる。

 でも、その嫌いを好きに変えるきっかけになってほしいと俺は思う。


「ヨーア? ちゃんと食べないとホープさんはもう二度と遊んでくれないみたいよ?」


「……え? うそ……」


 ヨーアは潤んだ瞳で俺を見つめた。


 ちょっと待って。俺そんなこと一言も言ってないんだが。ヨーアがピーマンを食べれなかったくらいで遊ばないなんて酷いことは絶対にしないんだが!?


「あの、ユーリさ……」


 ユーリさんの方を見ると、俺へウィンクをしていた。

 なにやら話しを合わせて欲しいというニュアンスを感じる。


 俺はユーリさんに頷いて合図し、ヨーアへ視線を向けた。


「そうだぞヨーア。ちゃんと食べないともう遊ばないし、勉強も教えない。なんだったら、明日この家を旅立とうかな」


「っ! だめっ! そんなのだめだよっ! だめだよ……行っちゃやだよぉ……」


 前のめりになりながら必死に抗議するヨーア。

 ポロポロと涙が溢れ出している。


「テーブルに両手をつくのをやめなさい。お行儀が悪いですよ」


「ごめんなさい……」


 おずおずとヨーアはテーブルから両手を話し、行儀よく椅子に座りなおした。

 だが顔は俯き、依然涙がポロポロとしたたり落ちているのがうかがえた。


 流石にヨーアが可哀想だと思った。


「さあ、せっかくのホープさんの手料理ですから、冷めない内に食べましょ。ね?ヨーア。 ピーマン、食べられますね?」


「……うん……食べる……」


 ヨーアは顔を上げた。

 何か、覚悟を決めた顔をしていた。


 ヨーアは手元にあるフォークを掴むと、ピーマンの肉詰めに勢いよく刺した。

 そして、丸ごと口に頬張った。


 目をギュッとつむり、複数回咀嚼を続け、やがて飲み込む。


「どうだ? ヨーア」


 ヨーアのフォークは止まり、完全に固まっていた。


「お……」


「お?」


「おぃ…し…」


「ん?」


 なにやらボソボソとヨーアが呟くが全く聞き取れない。


 するとここでヨーアが顔を上げ俺の方を向いた。その顔は、満面の笑みだった。


「美味しい! ぜんぜん苦くないよ!ピーマンってこんなに美味しかったんだ!」


「だろ? ピーマンは美味いんだよ」


 ヨーアは飢えたケモノのごとくピーマンの肉詰めを次々に頬張っていった。

 本当に美味しそうに食べる子だ。作った側としてもこんなに嬉しいことはない。


 俺もピーマンの肉詰めを口へと運ぶ。


「お、おお」


 なるほど。極度のピーマン嫌いのヨーアが食べれる訳だ。

 ピーマンの苦味が完全に消えている。いや、消えてしまっている。


 肉のジューシーな旨味にほんのり苦いピーマンのコントラストが堪らない逸品であるはずのピーマンの肉詰めが、これではただのハンバーグだ。


 しかし、こいつはただのハンバーグにはならなかった。変化があった。その要因として挙げられるのは、


 そう。コル塩だ。


 肉の臭み、ピーマンの苦味。

 これらを消し去り、そして甘みを生み出した。それに加えて芳醇な海の風味が加わり、肉と合わさることで悲しいことに究極のハンバーグになっていた。


 それでも、ヨーアがピーマンを食べることが出来たことに変わりはない。それも美味しくだ。

 俺としては苦味が消えてしまったことで物足りなさがあるが、問題なく料理として成立する一品である。


「……ふぅ。美味しかった!」


 ヨーアはあっという間にピーマンの肉詰めを平らげてしまった。


「ほらヨーア、俺のも食べていいぞ」


「いいの? でもお兄ちゃんの分が……」


 そうは言っているが、ヨーアの目は俺のピーマンの肉詰めに釘付けだ。目だって輝いてる。


「子どもは遠慮なんかするもんじゃないぞ。それにな、俺はヨーアの笑顔が見れただけでお腹いっぱいだよ」


「な、ななな何言ってるのお兄ちゃん!?」


 ヨーアは目を見開き、カァっと顔が赤く染まった。


「あらあら。宜しければうちのヨーアをお嫁にもらって頂けますか? ホープさんなら大歓迎ですよ?」


「はい、ぜひ。絶対に幸せにします」


 ユーリさんの悪ノリに乗った。

 いつものことだ。


 俺はユーリさんの悪ノリには積極的に乗るようにしている。何故ならヨーアの反応が可愛くて面白いからだ。

 それと、この空間がふわっと暖かく、幸せな空気に包まれるのを感じるからだ。


「ちょっとお母さん! お兄ちゃんまで! 何言ってるのよっ!! そんな……お嫁さんだなんて……」


 小さな声でゴニョゴニョと呟きながら、指と指をツンツンしだすヨーア。

 そんなヨーアを俺とユーリさんで微笑ましく眺めた。


「可愛いですね」


「ふふ、そうでしょう? うちの子可愛いいんですよ」


「もぉ! やめてよお兄ちゃん! お母さん!」


 ヨーアの頰がぷくぅっと膨れ上がり、目が潤んでいる。


 ユーリさんはそんなヨーアに微笑みながら、優しく撫でる。

 ヨーアは嬉しいそうに目を瞑った。


「あ、ユーリさん食べてないじゃないですか!」


 そういえば、先程からユーリさんはピーマンの肉詰めに手をつけていない。

 それどころかフォークにさえ手を触れていなかった。


「あらあら、二人の食べる様子を見ていたら思わず食べるのを忘れていたわ。二人とも可愛いんですもの」


「二人ともって……まさか俺もですか?」


「ええ、もちろん。私の可愛い二人の子ども達ですもの」


 ユーリさんは「ふふっ」と微笑むと、フォークを握った。

 そして、ピーマンの肉詰めにフォークを差し込むとパクっと一口食べた。


「あら、美味しい」


 満面の笑みだった。

 ヨーアと同じ全く同じ笑みだったたから思わずくすっと笑いそうになるが堪える。


 やはり二人は親子だなと実感した。


 

 ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎



何はともあれ、ピーマンの肉詰めは好評だったようだ。


 頑固なまでにピーマンを嫌っていたヨーアがピーマンを美味しく食べることが出来てしまうほど、ピーマンの肉詰めはもちろんのこと、コル塩は素晴らしい調味料だったということが分かった。これからも重宝していきたい。


 俺の記憶が『ピーマンに肉詰めたら美味いぞ!』と思い出させてくれなかったら、俺はヨーアにピーマンを食べてもらうことは出来なかっただろう。


 現在ヨーアに教えている読み書きや簡単な計算。

 明らかに俺の見た目は異国人であるはずなのだが、言葉も通じるし、文字も分かる。ここだけは唯一不思議

 な点だ。言葉や文字は世界共通なのか、それすらも分からない。

 幸い食材や物の名前などの一般常識はなんとなく覚えていた。

 

 記憶喪失と言っても、全てを忘れている訳ではなかったのが救いだ。


 ピーマンの肉詰めの様に、もしかしたらふとした瞬間に記憶が戻っていくのかもしれない。

 自分が何者かを思い出すのは楽しみでもあり、少し不安でもある。


 絶対に記憶が戻った方が良いに決まっているのだが……。


 ああ、忘れてた。

 二人にあのことを話さないと。


「あの……俺から話しがあるんですけど、いいですか?」


 食後のまったりティータイム。

 俺は二人に、特にヨーアに話さないといけないことがある。



⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎



「「ホープ?」」


「はい。どうやら俺の名前はホープみたいです」


 俺はヨーアとユーリさんに自分の名前がホープであることを話した。


「ホープ……ですか。ステキなお名前ですね」


「そうですか? なんだか実感が湧かなくて」


 ユーリさんに言われて、俺はハハハと苦笑しながら頭をかく。


 ユーリさんには俺がギルド登録に行くことは言ってある。だからアビリティカードに俺の名前が記されることは知っていたのだろう。


 だが問題は……


「ねえ……お兄ちゃん……」


「ん? なんだヨーア?」


 ヨーアは酷く動揺した様子で俺の名前を呼んだ。


「お名前は、お兄ちゃんが思い出したの?」


「……」


 やはりそう来るか。

 ヨーアには俺がギルド登録に行ったことを言っていない。だから、俺がヨーアの父と同じ冒険者になるなんてことも知らない。


「あ……そっか! 自分でお名前付けたんだね! ホープって名前わたしも良いと思うよ! カッコいい! でもわたしはお兄ちゃんって呼び——」


「ヨーア」


「……」


 ヨーアの表情が固まった。

 察したのだろう。


「ヨーア。聞いてくれ。俺は今日、ギルド登録をしに行った。そして、冒険者になった」


「……ウ……ウソだ……。ウソなんだよねお兄ちゃん? お兄ちゃんいっつもわたしのことからかうもん。もう騙されないよ?」


「ウソじゃない。本当だ。俺は今日、冒険者になったんだ」


「……え? そんな……だ、だめだよ……冒険者になんかなっちゃだめだよお兄ちゃん! マモノは、マモノは人を殺しちゃうんだよ! お父さんだって!!」


 ヨーアは声を荒げ、ポロポロと涙を零した。


 ああ、辛いな。

 ヨーアは決していい顔はしないだろうなと思っていたが、正直ここまでの反応をされるとは思わなかった。


「ヨーア、聞きなさい。ホープさんは私たちのために冒険者になったのよ? それに、冒険者になるかどうかはホープさんが決めることでしょう?」


「そうだけど……でも、なっちゃだめだよ! もうこれ以上……大事な人を失いたくないの!」


「ヨーア……」


 ユーリさんは、ヨーアをそっと抱きしめた。

 ヨーアの気持ちが分からないユーリさんではない。ユーリさんだって、最初は俺の冒険者登録に強く反対したのだから。


 まだ幼いヨーアにとって、父の死は深く心に傷を負わせるものだっただろう。

 ユーリさんに聞けば、ヨーアはお父さんっ娘のようだった。


 以前ユーリさんはヨーアに「新しいお父さん欲しい?」と聞いたようなのだが、ヨーアは「いらない」とはっきりと答えたらしい。「私のお父さんはお父さんだけだもん」と。


「ヨーア、聞いてくれ。お兄ちゃんはな——」


「イヤッ! 聞きたくないっ!」


 ユーリさんの抱擁を振りほどき、ヨーアは一目散に自室へ駆けていった。


 去り際に見たヨーアの表情は、見るに耐えない悲壮な顔をしていた。


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