第6話 コル塩
「お兄ちゃんおかえり!」
「おうふっ……ただいま、ヨーア」
帰ってそうそうドアを開くなり勢いよく抱きついて来たのはヨーアだ。
ここ1ヶ月で俺たちの親密度はかなり上がったと思う。今では以前のような気難しい口調は子どもらしいものになり、素直に甘えてくるようになったのでこちらとしても壁を感じることなく接すること出来て嬉しい。
「ヨーア、今日は野菜をたくさん買って来たぞ」
「え……野菜? もしかしてピーマンも?」
「もちろん」
瞬間、ヨーアの顔が蒼白した。
そして俺から素早く離れたと思ったら自分の部屋へ走りだしてしまった。
「どんだけピーマンが嫌いなんだよ……」
確かに苦いと思うけど、その苦味と風味が美味しいのになぁ。
「あら、お帰りなさい。随分時間がかかったみたいですね」
ヨーアの母がエプロン姿で現れた。
「ギルド登録自体はすぐに終わったんですけど、市場に寄って買い物をしてきまして」
「あらそうですか、あっ、それお野菜? 通りでヨーアが部屋へ駆け込んで行ったわけですね」
ヨーアの母は俺が手にぶら下げているバックを見ながら、ふふ、と微笑んだ。
「今日こそはヨーアに絶対にピーマンを食わせます! 見ていてください!」
「あら、それは楽しみです」
俺は自身に満ちていた。
何故なら、俺の記憶が訴えかけているのだ。
ピーマンに肉を詰めて焼いたら美味いと!!
⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎
俺は台所に立ち、エプロンを装着。
手を良く洗い、まな板に置かれたピーマンを縦半分に切り、種とワタを取り除く。
そして全体に軽く小麦粉をまぶす。
肉だねは既にヨーアの母に作ってもらった。
肉だねと言っても、ハンバーグの肉だねと全く同じである。
「肉だねをピーマンに詰めればいいの?」
「はい。ポイントとしては少しこんもりするくらいがベストです」
「分かりました」
その方が食べ応えもあって、ジューシーに仕上がる、はず。
ピーマンが嫌いなヨーアにとっても、肉が多い方が嬉しいはずだ。
フライパンに油を流し、
「中火、お願いします」
俺がそう言うと、ヨーアの母は火に手を向けた。すると、火は程よく中火くらいになった。
「魔法、便利ですね」
「これくらいならホープさんにも出来ますよ」
「本当ですか? 暇な時教えてください」
「はい。いいですよ」
この世界の人間は魔法というものを使う。本来はマモノに対抗する手段として使われるが、料理などにも使えるようだ。
初めて魔法を見たときは驚いて手に持っていたコップを割ってしまった。
なんて想い出している内に、フライパンが温まったようだ。
肉だねの方を下にして、焼き色がつくまで一分ほど焼く。ジューと肉だねが焼ける音とともに香ばしい匂いが徐々に立ち込める。
「わーお肉の良い匂いがする!」
匂いを嗅ぎつけて、ヨーアが部屋から出てきた。
「すぐできるから待っててな。よし、一分経った」
良い感じに焼き色がついた。
そしたら、三◯秒ほどピーマンの方を下にする。
両面に火が通ったことを確認したので、弱火で蓋をして、5分ほど蒸し焼きにする。
さて、ソースはどうしようか。
せっかくだからヨーアの好みにしたい。
「あの、すみません」
俺はヨーアの好みを聞くべく、ヨーアの母に聞こうと声をかけた。
「ホープさん。ユーリ、でいいですよ」
「いや、でも」
「ユーリ、でいいですよ」
心の中ではずっとヨーアのお母さんで通して来た。呼ぶ時はすみませんと言ってから会話に入るので特に問題はなかった。
しかし、ヨーアのお母さんの笑顔の圧力(少し怖い)はとても逆らえるものではなく、
「……ユ、ユーリさん」
気恥ずかしいが、俺は名前で呼んだ。
「あらあら、うふふ。はい、なんですか?」
ユーリさんはニコニコと微笑みながら言った。
「ヨーアの好みの味付けとか分かりますか? 肉系のやつで」
「うふふ、え? 好みの味付けですか?」
ユーリさんは俺の問いかけにようやく我に帰ったかのような反応を見せた。
何がそんなのに「うふふ」なのだろうか。
「そうねぇ……あの子はコルトの実とソルトを調合したスパイスがお好みみたいですよ」
「コルトの実……?」
「コルトの実はですね、海岸沿いに実る木の実です。そのままでは美味しくないのですが、調味料としては万能で、基本的には何にでも合います。海の潮風をふんだんに受けているのが良いのだとか」
「それは便利な木の実ですね。ぜひ食べてみたいです」
「あら、ホープさんがこの家に来て初めて食べたクラムチャウダーにも使っていたんですよ?」
「えっ、そうだったんですか!? 通りで風味豊かで普通のクラムチャウダーとは違うと思いました」
なるほど、だからあんなにも美味かったのか。
やけに海の幸を感じる風味だと思ったが、潮風をふんだんに受け続けたコルトの実を使っていたからかなのか。
「すごいな、ピーマンの肉詰めにも合うかもしれない。まだ家にコルトの実ってありますか?」
「ありますよ。うちの食材は自由に使っていいですからね」
「ありがとうございます」
ユーリさんが台所の棚に置いてある小さな紙袋を手に取り、俺に渡した。
中にはブルーベリーのような黒い粒が沢山入っていた。
俺はコルトの実を数粒掴み、手のひらに並べた。
「ペッパーみたいですね」
「ふふ、そうですね。間違わないようにしっかり管理しないといけません」
「なるほど、それは確かに大変ですね」
見た目は瓜二つだ。
違う点があるとすれば、それは柔らかさだ。
ペッパーに比べてコルトの実はとても柔らかい。簡単に潰れてしまいそうだ。
「これはどのように使えば? そのまま料理に散りばめるとか?」
「そういうお料理もあるけれど、出来れば潰して細かくしてから塩を調合するといいですよ。使い方は塩胡椒と同じです。パッパッとはふりかけられませんけどね」
ユーリさんはふふっと苦笑した。
確かにペッパーと違いコルトの実は木の実だ。水分がある。
潰せばぐじゅってなるし、塩を調合するにしても塩がコルトの実にくっつくだけだ。
コルトの実を乾燥させれば使いやすいのではと思ったが、乾燥させると風味が落ちるそうだ。
俺はお椀の上でコルトの実を潰し、適量の塩をまぶした。
そうこうしている内に5分が経過。
蒸し焼きされたピーマンの肉詰め一つ一つに、先程調合したコル塩(命名)を塗っていく。
「あっ、良い匂いだ」
肉の香りと海の匂いが不思議と反発し合わない。
果たしてヨーアは残さず食べてくれるだろうか。
匂いからして絶対に美味しい筈だから心配はない筈だが……。
俺はヨーアがピーマンの肉詰めを食べ、満面の笑みを浮かべる姿を想像し思わず口角が上がるのだった。
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