第4話 ギルド登録


「この町のギルドへ冒険者登録に行ってみようと思います」


「あら、別に気を使わなくてもいいんですよ? 家事をお手伝いしてもらうだけでも充分に助かっているんですから。それに、ヨーアの相手もしてくれていますし」


「この家に住まわせて頂いているんですから、それくらい当然ですよ」


 ヨーアの家で居候を始めて一月ひとつきが経った。

 さすがに何もしない訳にはいかないので家事を手伝ったり、ヨーアの遊び相手をしたりした。

 

 ある日、ヨーアと一緒にお使いに行った帰りにギルドという施設があることを知った。なんでも仕事の斡旋をしてくれるらしい。


 簡単なものから高難度の依頼があり、各々が自身の技量に見合った依頼書を手に取る。依頼を達成すれば報酬がもらえるとのことだ。


 なにぶん俺は居候をしている身なので、少しでも生活の足しになればと思い、ギルドに登録しようと思ったのだ。


「金銭面でのことで心配しているなら、それは無用です。私の稼ぎは大して大きい訳ではありませんが、夫の稼いだお金がまだあります。一人分増えたくらいでは生活は破綻しません」


「……それでも、働かせてください。そうしないと、罪悪感で居たたまれなくなるんです」


 ヨーアの母は困ったように頬に手を当てた。


「でも、それは悪いわ。無理に働かせているようで……」


「無理になんかじゃありませんよ。自分の意思で、この家のため、二人のために働きたいと思ったんですから」


 俺は断固たる意思を持って言った。


 俺はただ、人として当然のことをするだけなのだ。


「……分かりました。そこまで言うのなら私は無理に引き止めません。ごめんなさいね、どうしても夫のことがあってか、神経質になってしまって……」


 ヨーアの父は薬草採取の最中にマモノに襲われ、死んだ。


「旦那さんはギルドの依頼中に……でしたね……」


「……はい。私は、あなたが夫の二の舞になるのだけは嫌なのです。ですが、そもそも私にあなたを止める権利なんてありません」


 ヨーアの母はふふっと微笑む。


「そろそろヨーアが起きる頃だと思います。その間にギルドへと向かってください。おそらくヨーアもギルドへの登録は反対ですから」


「分かりました」


 俺はヨーアが起きないよう、忍び足で歩き、玄関の戸を開いた。



 ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎



 ギルドに到着すると、カウンターにいる受付嬢に話しかけた。


「すみません。冒険者登録をしたいのですが」


「冒険者登録ですね。では、アビリティカードの発行を致します」


「アビリティカード?」


「はい。自身の技量を記したギルド内の身分証のようなものです」


 そう言って受付嬢は手の平サイズの正方形の羊皮紙を俺に渡した。

 見たところなんの変哲のないただの羊皮紙だ。特にそれらしい事も書かれてはいない。


「羊皮紙の表面に利き手を5秒間当てて下さい」


「こ、こうですか?」


 受付嬢の言われるがままに、羊皮紙をカウンターの上に置き、右手を羊皮紙に当てた。


 5秒経過。


 すると羊皮紙が発光し、文字が次々に浮かび上がっていく。そして正方形の羊皮紙はみるみるうちに縮み、程よい硬さと質量を持つカードになった。



「アビリティカードの発行が完了いたしました。どうぞご確認ください」


 俺は眼前で起こった現象に驚きながらも、手元のアビリティカードを恐る恐る覗いた。



 ホープ LV 1

 ヒューマン♂ ランク【F】


 攻撃 【E】

 魔力 【E】 

 防御 【E】

 俊敏性【E】

 体力 【E】

 運 【S】


 スキル

 ・【未習得】


 ユニークスキル

 ・【アンフェア】相手のステータスを1上回る数値でコピー。

 ・【トーク】如何なる全ての生物と会話が可能




 色々と気になるところではあるが、冒頭のホープとは一体なんだろうか。そのままの意味で希望だとして冒頭に書く意味がわからない。


「すみません。このホープというのはどういう意味なんですか?」


 俺はアビリティカードを受付嬢に見せながら言った。


 すると、受付嬢はポカンとした顔をしていた。

 何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。


「あの、どうしたんですか?」


「え、あの、えと、すみません。これはですね、あなたのお名前ですよ。こんなこと聞かれたのは始めてだったので驚いてしまいました」


「あぁ、そうですか……なまえ……名前ね……名前!?」


「そうですよ。あなたのお名前です。もしかして間違っていました?」


 今まで思い出せなかった自分の名前がまさかこんな形で知ることになるとは思ってもみなかった。

 

 しかし、これは本当に俺の名前なのだろうか。こちらには確かめる術がない。




『君の名前は……ホープだ! その名前には、君にしか使えないチカラが詰まってる。ぜひとも大切にしてほしい』




「っ!」


 あの声だ。

 突如として、記憶の片鱗で微かに残るあの声が聞こえた、というより思い出したという方が正しいのか。


 だが気になるのは、”君にしか使えないチカラ”というやつだ。


「あの……やはり間違っていましたか? アビリティカードに誤表記はありえないはずなのですが……」


「大丈夫ですよ、ちゃんと合ってます。俺の名前はホープです。変なこと聞いちゃってすみません」


「いえいえ! お名前が合っていたようで良かったです」


 受付嬢はホッと胸をなでおろした。


 俺のアビリティカードなんだから、俺の名前が書いてなきゃおかしいもんな。俺にアビリティカードについての知識が無かったにせよ、受付嬢はさぞや驚いたことだろう。


「一つ聞きたいんですけど、誤表記はありえないっていうのはどういうことですか?」


 それよりもまず手を当てただけで自身のアビリティが羊皮紙に浮かび上がるメカニズムについて聞きたいところだが、今はやめておく。


「それは、アビリティカードに記される情報はご本人様のマナから読み取ったものだからです」


「……マナ?」


「はい、マナです。あの……もしかして……」


 受付嬢は訝しげな目で俺を見てきた。すごい怪しんでる。

 流石に無知を晒しすぎてしまったようだ。


「あーはいはい。マナね。そっかマナかーなるほどなるほど」


 話しを進めたいから知ったかしておこう。

 受付嬢がさらに訝しげな目で俺を見ているのは気にしない。


「いいですか……? このアビリティカードは5秒間触れると対象の情報をマナから抽出できるというすごい紙でして、国家錬金術師様が生成しているのです。悪用の恐れがあるので、販売はしておらず各ギルドで厳重に保管、管理を行なっています」


「そうなんですか。分かりやすい説明、どうもありがとうございます」


「いえいえ。新人冒険者さんの些細な質問に答えるのも私たちの仕事ですから」


 受付嬢は微笑みながら言った。


 本題のギルド登録はどうすればいいのか聞いたところ、このアビリティカードを発行することによって登録が完了するとのことだ。


「これでホープ様は本籍のギルドに登録されました。本日から依頼を受けることができます。ホープ様は駆け出しの冒険者なので、まずさっそく簡単な配送の——」


「すみません。今日はギルド登録をしにきただけなので、依頼を受けるつもりはありません」


「え……」


 受付嬢がポカンとした表情を浮かべた。


 実はこの後家の家事をしたり、ヨーアに読み書きを教えたり、一緒に遊んだりで色々忙しい。

 ちゃんとヨーアにギルド登録したことを話してスケジュールを立ててから依頼を受けていこう思う。


「また来ますので、その時はよろしくお願いします」


「……は、はい! いつでもお待ちしていますよ!」


 俺はアビリティカードを握りしめ、ギルドを出た。


「そうだ、買い物していこうかな。今日は野菜が安かったはずだ」


 昼までまだ少し時間があるので、寄り道をすることにした。

 ヨーアが嫌いなピーマンをどうやって食べさせようか考えながら、俺は市場へと向かった。

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