第3話 決心
「本当に行ってしまうのですか?」
「いつまでもお世話になる訳にはいかないからね」
昼食を食べ終わった後、俺は二人にお礼を言い、自分がこれから旅に出るという趣旨の話をした。
「……それでも、記憶喪失のまま旅なんてきっと危ないと思います。しばらくうちにいた方が絶対に良いと思います」
「私もヨーアに賛成です。記憶が戻るまでうちにいるというのはだめでしょうか?」
「でも……」
そこまで言われるとお言葉に甘えてしまいたくなる。
しかし、それはダメだ。
家庭に、それも男が居候というのは問屋がおろさない。俺も気まずいし、なによりこの家の亭主、ヨーアの父親が黙ってないだろう。
「それに……」
ヨーアの母の穏やかな表情が消え、へんに真剣な、引きつったような顔をして言った。
「町の外にはマモノがいますから」
「……マモノ?」
俺はその言葉の意味を瞬時には理解出来ず、無意識にヨーアへ視線を送った。
すると、ヨーアはブルブルと震え、悲壮な顔を浮かべていた。
「マモノが、一体どうしたんですか? 詳しく教えてください」
記憶がない以上、俺には知る由もなかった。
「……マモノは、理由もなく人間を襲い、極悪非道の限りを尽くす人類の敵です」
「人では無い生き物、ということですか?」
「はい」
ヨーアの母の話ぶりから、マモノとはよっぽど人類の憎むべき存在であるということが分かった。
しかし、理由もなく襲うというのは、何か訳アリの様な気もする。
ヨーアの母はブルブルと震えるヨーアをそっと抱き寄せ、頭を撫でた。
「この子の父親……私の夫は、マモノに殺されたのです」
「えっ……」
“君にはマモノを——“
マモノ? 以前どこかで聞いたような気がする。
「夫は町外れのふもとの山で薬草採取をしていました。夫の帰りがあまりにも遅いので町の門でヨーアと二人で待っていると、夫の亡骸を抱えた冒険者の方々が来まして、どうやら夫を見つけた時には既に手遅れだったそうです」
「そうだったんですか……」
ヨーアの母は、目元に涙を浮かべてヨーアをギュッと強く抱きしめた。
そして、ヨーアは泣き出してしまった。
ヨーアは幼くして父親をマモノとやらに殺された。さぞ、悲しかったことだろう。無念だっただろう。
そんな酷い目にあった父親と俺を照らし合わせたのか、二人は俺が旅に出て行くことを止めたのかもしれない。
ヨーアの泣きじゃくる姿を見ながら、俺は決心した。
「俺、記憶が戻るまではしばらくここにいます。ご迷惑でなければ、ですけど」
すると、ヨーアの母がほっとしたような顔を浮かべた。
「ご迷惑なんてとんでもないです。ぜひ、こちらからもお願いします。ヨーアもお兄ちゃんが出来たみたいで喜んでいるようですし」
「な、なに言っているのお母さん!?」
先ほどまで泣きじゃくっていたヨーアがいつの間にか泣き止んでおり、顔を赤くして母親に向かってポカポカと
「妹かぁ……」
「お兄さんまで何を言っているんですか!!」
「あらヨーア。もうお兄ちゃんに丁寧な言葉遣いで話さななくてもいいんですよ? あなたのお兄ちゃんなんですから」
そう言うと、ヨーアの母はゆでたこのように真っ赤になっているヨーアにふふ、と微笑んだ。
「お、お兄……ちゃん……」
「そうです。あなたのお兄ちゃんですよ」
ヨーアは俺をじっと見つめている。
依然顔は赤い。
「おっ、いいな。じゃあ俺もヨーアちゃんじゃなくてヨーアって呼び捨てにするよ。これからよろしくな、ヨーア」
「う、うんっ! お兄ちゃん……!」
若干声が上ずるヨーアだったが、見た限りとても嬉しそうで良かった。
目が覚めた場所で、ヨーアと出会って、仮とはいえ義兄妹になるとは思わなかったな。
記憶が戻るまでの間とはいえ、俺にも妹が出来て嬉しいという感情はあった。
実は俺にも妹がいたりしてな。
そんなことを、ふと思った。
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