第一章 異世界転生

第1話 目覚め


 目を覚ますと、大きな琥珀色の瞳と目が合った。


「あ! 目を覚まされたのですか? 今、お母さん呼んで来ます!」


 少女は大慌てで部屋から飛び出していった。


 一人、部屋に取り残された俺はぼーっと天井を見つめた。


「ここは……どこだ?」


 俺は起き上がり部屋を見渡した。

 今寝ているベッド以外何も無い殺風景な部屋だ。


「お母さん! ほら、この人目を覚ましたよ!」


「まあ、良かったわ。具合はいかがですか?」


 この少女の母親と思わしき人が部屋に入って来た。


「あの、すみません。ここはいったい……」


「私の家ですよ。あなたは海辺で気を失っていたようで、ヨーアがお使いの帰り道であなたを見つけて、担いで連れてきたんですよ。ふふ、あの時は驚きました。ボーイフレンドを連れてきたのかと思って」


「ボ、ボーイフレンドじゃないもん!」


 ヨーアは顔を赤くして、母親をポカポカと両拳で叩く。なんだか微笑ましい光景だなぁ。


「君が俺を家まで運んでくれたのか。ヨーアちゃん……だよね? ありがとう」


「い、いえ、私は大したことなどしていません」


「そんなことはないさ。赤の他人である俺のことを見捨てても良かった局面だ。自分が助けなくても、きっと誰かが何かしらしてくれるだろうと思ってもおかしくない。でも、ヨーアちゃんは俺を助けてくれた。それも俺を担いで家まで連れてきてくれたんだろう? これは大したこと以外の何事でもないよ」


「そ、そうでしょうか……!」


 ヨーアはニパァと明るい笑みで微笑んだ。そして隣にいる母親もニコニコと微笑んでいた。とても笑顔がよく似ている親子だ。こちらまで和やかな気持ちになる、そんな笑顔だった。


「しかし、よく家まで俺を担くことができたな。身長差だってあるし重かっただろ。ヨーアちゃんは力持ちなんだな」


 そう言うとヨーアはハッとしたような表情を浮かべ、みるみる内に顔が赤くなっていく。

 どうしたのだろうか。


「力持ちなんかじゃないです! 断じて、そんなことはないです!」


「いやでも、そうとしか……」


「違います!」


 なんとしてでも認めたくないようだ。

 しかし、このような華奢な少女が成人男性を担ぎ歩くことなど果たして出来るのだろうか。


 この部屋の窓から俺が倒れていたという海は確かに見える。

 だが、少なく見積もっても家を出てすぐの距離ではないだろう。


「分かった。ヨーアちゃんは力持ちなんかじゃない。俺の勘違いだ。ごめんな」


「あ、いえ、別に謝ってもらわなくても……よいのですが……」


 露骨にショボンと項垂れてしまった。

 感情表現が豊かな子だなぁ。


「もし宜しければ一緒にお昼ご飯、いかがですか?」


 ヨーアの母から昼食の誘いを受けた。

 俺は腹が減っていたので断る理由など無かった。ここはご好意に甘えたいと思う。


「ご迷惑でなければ、ぜひ頂きたいです」


「迷惑だなんてとんでもないです。もうすぐ出来ますのでそれまでごゆっくりなさっていて下さい」


 ヨーアの母はニコリと微笑むと、部屋を後にした。


「……」


「……」


 俺とヨーアは二人きりになった。ヨーアはどうしていいか分からないのかオロオロしている。


「えーと、ヨーアちゃん」


「は、はいっ! なんでしょうか!」


 背筋をピンと伸ばし、声が上ずっている。


「はは。そんなに緊張しなくてもいいよ。それでさヨーアちゃん。改めて君にお礼が言いたい。ありがとう」


 俺は頭を下げた。

 命に関わっていたかも知れないところを助けてもらったんだ。ヨーアは俺の命の恩人だ。


「頭を上げて下さい! わたしは頭を下げられるようなことはしていないです!」


「……謙虚だな。ヨーアちゃんは」


 俺は頭を上げ、ポリポリと頭をかいた。


 見た限りヨーアは良く出来た子だ。しかし、もっと子どもらしい遠慮のない態度でも良いんじゃないかなと思う。


 開いた窓から潮風が吹き込んだ。

 とても心地よく、清々しさを感じる。


「いいな、この風」


「はい。わたしもこの潮風が大好きです」


 ヨーアはキラキラと瞳を輝かせながら窓から見える海を眺めた。

 こういう所は子どもらしくて良いな。


「本当に好きなんだな。目が輝いてる」


「えっ、ええ!? み、見ないでください!」


 ヨーアは慌てて両手で顔を覆った。


「別に隠すことないよ。とても良い表情……そうだな、この場合は可愛かったと言うべきかな」


「か、かか、可愛い!? からかわないでください!」


 ヨーアは依然両手で顔を覆ったまま、ぴょんぴょん跳ねたりして憤慨の気持ちを表現している。

 やはりこの子は感情表現が豊かだ。


 コンコン


 ドアのノック音がして、ヨーアの母が顔を出した。

 ヨーアの母は俺とヨーアを交互に見ながらふふっと微笑む。


「お昼ご飯の用意が出来ましたよ。あらヨーア。お顔が真っ赤よ」


「真っ赤じゃないもん!」

 

 実に真っ赤である。


「それじゃあ一階に行きましょうか」


 開いたドアから良い匂いが漂ってきた。

 なんとも言えぬ良い香りに俺の空腹感にさらに拍車がかかった。


 ぐぅ


 ついにはお腹まで鳴ってしまう始末だ。


「よっぽどお腹が空いていたのですね」


「はは、違いますよ。今のはヨーアちゃんです」


「なっ!?」


「あらあら。たくさん作ったから、たんとお食べなさい? ヨーアは食べ盛りですものね」


 ヨーアの母はニコニコと微笑みながら、ヨーアの頭を撫でた。


「違うわよ!? 今のはわたしじゃないわ! ほんとよ! ねぇってば!」


 ヨーアの抗議を誰も相手にせず、俺たちは一階へ降りていく。降りていく最中に空腹感誘う香ばしい匂いがより強く漂ってきた。


 ヨーアの事をついからかってしまったのは反省だ。

 しかし、ヨーアが親に対しては子どもっぽくなることが分かった。ちゃんとした年相応の態度だ。


 今も必死になって「違うのよ!?」と言っているところを見ると、なんだか申し訳ない気持ちになった。

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