vs, ……え? Round.5

 そこに目標は居た。

 月の裏側高空に浮遊鎮座する超巨大人工物体──敵母艦だ。

 てっきり定番の〈葉巻型UFO〉かと思いきや、その形状は黒い巨大宮殿。

 視認目算だけど、高さは約四〇メートル前後。全幅は約六〇メートルほどか。

 地盤に相当する部分が円盆型台座となっていて、さながら〝浮遊都市〟を連想させた。

 底面部には巨大半球体が五つ据えられている。中央にひとつと、それを囲う形で各四方に一回ひとまわり小型なのがひとつずつ。表情を変えるプリズム光彩が、神秘的に息吹いぶいていた。

「アレが敵母艦」

 クルロリの視認報告に、ラムスが驚嘆を添える。

「まるで〝漆黒のパルテノン宮殿〟ですわね」

「賛美は有り難いが、当然ながら石造りではないぞ。実際には、超科学建造物による集合体──すなわち〝宇宙合金製〟だ」

 シノブンからの老婆心。

 なるほど。

 よくよく観察すれば、所々でマイケルがベイった蛍灯が明滅している。それはつまりハイテクディテールって事だ。

「軽くスペースコロニー化していますのね」と、ラムスは納得。

「あの半球体は何さ? 〈アダムスキー型UFO〉のと同じような?」

「アレは〈光速推進力発生コンバータ〉──アクティブジャイロ機構によって、固定座標で距離をかせいで光速移動エネルギーを得れらるのだ」

 シノブンから説明されるも、難解でよく解らない。

日向ひなたマドカ、アナタにも理解し易いように解説する」

「おお? ヤタッ♪ 」

「要するに、この〈宇宙航行艇コスモクルーザー〉底部に有る〈反重力ジャイロ〉の上位版」

「あー、なるへそ」

「光速エネルギーを発生させるには、必然的に膨大な航行距離と時間をついやさなくてはならない。しかし、それでは〈リップ・ヴァン・ウィンクル現象〉──日本語で言う〈ウラシマ効果〉の呪縛から逃れる事は叶わず、結果として〈双子パラドックス〉によるデメリットの方がメリットを上回ってしまう。それでは実用性がとぼしい」

 ……あれ?

 理解し易いように解説してくれるんじゃなかったの?

「そこでアレのジャイロ回転運動によって擬似的な航行距離を無限発生させ、その場に停滞しながらも光速エネルギーを得る事を可能としたシステム。つまり〈リップ・ヴァン・ウィンクル現象〉の影響下に存在するのは、あのユニットパーツだけであり、本体は通常空間に滞在しながらも光速エネルギーを抽出供給する事が出来る」

「………………」

すなわち、これによって本体は滞在空間の時間軸に存在しながらも、光速時空軸の影響を受けずに航行が可能となる。光速時間軸の経過影響に干渉されるのは、独立ユニットである〈光速推進力発生コンバータ〉のみ」

「………………………………」

「ちなみに、あのタイプは、およそ2C程度は発揮出来ると思われる。それが四基搭載されているという事は、約8C。加えて、中央メインの〈光速推進力発生コンバータ〉は、おそらく三倍~五倍の出力と推測するのが妥当。最低値計算でも、総出力は8C+6Cで光速14C──一二光年彼方のイプシロン星系銀河まで約一年弱で到達可能。九光年彼方のシリウス星系銀河ならば、約九ヶ月強」

「………………………………………………………………」

「ただし〈特殊相対論の法則〉から完全除外されるわけではないので、幾分いくぶんか光速干渉の影響は受ける。すなわち、機体質量は増加するので、実際の出力は荷重低下する。具体的には──」

「ちょ……ちょっと御待ちになって下さい!」

「──1Cごとに1G× X乗の増加となるので……ラムス、どうかした?」

「マドカ様がひきつけ・・・・起こして倒れていますわ! キャパシティーオーバーです!」

 うん、ラムスの指摘通り。

 ボクは知恵熱でブッ倒れていたとさ。

 煌女きらじょの赤点常連に、何をカマしてくれてんのさ!

 この朴念仁ぼくねんじん




「うぅうぅぅ……まだ頭ジンジンするぅ……」保冷剤で知恵熱を冷ましながら、ボクは後部シートでグロッキー状態。「で、まだ相手には発見されてないの?」

 若干の心配をはらんで、ボクは身を乗り出した。

「問題ない。この機体周辺には、すでに〈ニュートリノ拡散型ステルスジャマー〉を散布してある」

 運転席のクルロリが淡々と解説。

 ってか、またもや小難しい単語出てきた。

 知恵熱がかえすだろ!

「名称から推察するに、ニュートリノの不可観測性質によってレーダー波のたぐいを緩和拡散する代物しろものですの?」

「ラムス、理解が早くて助かる」

 どうして口頭こうとうで聞いただけで理解できるのさ。

 この万能メイド。

「従って、約八〇パーセントの確率で、視認可能距離までは発見されな……あ!」

 何かイヤな感じの「あ!」だな?

「どしたのさ?」

「発見された」

「なぬーーッ?」

 動揺に突き動かされて、フロントガラスへと身を乗り出す!

 漆黒しっこくの宮殿から出てくるわ出てくるわ……空飛ぶ円盤のむれ

 大きさは、この車体と同程度の小型円盤……って事は、おそらく凡庸戦闘機ってトコだろう。

 ディテールも何も無い簡素な円盤が白色蛍光に発光しているから、そりゃもう未知なる深海生物のごとく神秘的だったりする。

 いや、冷静に分析描写している場合じゃないな。

「どうしてさ! 約八〇パーセントの確率で発見されないんじゃなかったのか!」

「そのはず。視認されない限りは……」

 と、言い掛けて、クルロリはハッと気が付く。

 そして、彼女の視線を追って、全員で横を眺めた。

 窓越しにゴウンゴウンと並走するのは、直径二〇メートルほどの巨大円盤──つまりは〈ジャイアントわたし〉の飛行形態。

「コイツかーーッ! コイツのせいかーーッ!」

「すっかり失念していた。この巨体では発見されても無理はない」

「何を平然としてるのさ! クルロリ! どうすんだよ、この状況!」

「仕方ない。作戦変更。迎撃に移る」

「迎撃? って、ちょっと待て! クルロリ! キミってば、もしかして大決戦やらかす気かッ? この軽バンでッ?」

「問題ない。この機体は充分に応戦可能な能力を付随ふずいしてある」

 簡潔に自信を示したクルロリは、手際よくコンソール操作を始めた。

 カーラジのボタンを押すと車内灰皿だと思っていた部分が回転収納されて、コンパクトキーパネルが現れる。それに何やらパスワードを入力すると、シフトレバーを小刻みに入れた。

 そして、機体が変形を開始!

 機首部分が真っ二つに分かれて、外側へと一八〇度反転。そのままパタンと寝かせると、フロント部には凹型のくぼみが形成された。

 そして、エアインテークが開くと巨大ドリルが生え伸び、その凹型箇所へと固定されて武骨なさきと化す。

 本体底部から軸回転で現れた武骨なパーツは、見るからに大出力を感受させる大型推進用ブースター。これが車体後部へと固定されると、折り畳み収納されていた尾翼を開く。

 くして完成したフォルムは、さながら〝ドリルジェット機〟だった。

轟天ごうてんフォーム、完成」

 変形完了を宣言するクルロリ。

 頼もしい名前だな。ドリル付いてるだけに。

「ホントに大丈夫なんだろうなッ?」

「問題ない。このドリルは〈宇宙合金コズミウム〉製。生半可なまはんかな装甲なら易々と貫通できる」

「じゃなくて、信用できるのかッ?」

「問題ない。この小型性ゆえに高機動力。敵機には引けを取らない」

「いや、じゃなくて! ボク達の生存率は?」

「問題ない。事前シミュレートでは五十八パーセント」

「いますぐ引き返せぇぇぇーーッ!」

 普通、九〇パーセント弱以上から決行するだろ!

 こんな捨て身作戦!

「これより作戦実行へと移る」

「イヤァァァーーーーッ!」

 ボクの絶叫は、矢の如き突進力によって呑まれ消された。

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