vs, モスマン Round.6

「んにゃろ!」

 再度、踏み込みストレートで反撃を試みた!

 実戦経験の差か──シノブンは逸早いちはやく察知して、浅い飛翔に間合いを取る!

 大振りにスカッた鉄拳が、先のフロア案内板を木端微塵こっぱみじんに粉砕した!

「うへぇ? 何て威力さ!」

 我ながら驚嘆。

 気分は、さながら〈スーパーロボット〉だよ。

「手こずらせてくれる」

 半人半蟲はんじんはんちゅうの美貌が、微かに苛立ちの色がはらむ。

 次なる一手を反目に探り合うも、互いに警戒して動けない。

 と、不意に手近なエレベーターが開いた。

「マドカ! 無事?」

 ジュンだ。

 どうやらボクの身を案じて駆けつけたらしい。

 まぁ、それは嬉しいけれども……タイミング悪ッ!

 そして、ボクの危惧は的中!

「チィ! 気は進まぬが……ッ!」

 巨大な羽根が目敏めざとくも獲物へと襲い飛んだ!

「キャアァァァーーッ!」

「ジュン!」

 即座に後追いダッシュするが、低空飛行のスピードに及ぶはずもない!

 結果、まんまと人質に取られてしまった!

 背後から首を絞め上げられ、首筋に苦無くないが突き付けられる!

「いやあ! やめてーーッ! マ……マドカァ!」

 恐怖を叫ぶジュン!

 すかさず、ボクはスマホ起動!

「何で録音してるの! あなたはーーッ!」

「一生モンのお宝ファイルにするから!」

「絶交する?」

 あ、本気だ。声音が冷たい。

 悄々しおしおとファイル削除したよ……クスン。

「ってか、速やかに解放しろ! ボクの〝育乳大明神〟なんだぞ!」

「誰が〝育乳大明神〟か!」

 人質から怒気どきられた。この緊迫した状況下で。サラリと織り込んだつもりなのに。

 絶対的な優位性を確信したシノブンが、微々と力を込めて脅しをいる!

「悪く思うな。らちもないのでな。さて、どうする? おとなしく我が軍門に下るか……それとも、この〝育乳大明神〟とやらを見殺しにするか!」

「それ、違うから!」

 置かれた立場も忘れて、ジュンからのマジ抗議。きっと染みついたツッコミ体質による条件反射だろう。

「どうするもこうするも……取り返すだけだよ!」

 ボクは憤慨ふんがいを吼えて突撃を仕掛ける!

 こうなりゃ強攻策だ!

「無策に向かってくるとは……愚かな」

 虚しさに酔うかのように、シノブンはまぶたじた。

 そして、見開いた目が真っ赤に発光!

 途端、ボクの頭を〝何か・・〟が締め付けた!

「ぎゃぁぁぁーーす! こめかみ割れるぅぅぅ!」

 頭を振って大苦悶!

 まるで透明万力まんりきによる拷問だ!

「透明な〝ルー ● ーズ〟がいるぅぅぅ! 伝説のアイアンクローがぁぁぁ!」

「これって……まさか?」

 自身が人質とされながらも、ジュンが観察に神経を集中した。

如何いかに〈アートルベガ〉とはいえ動けまい? 我が〈電磁眼〉の拘束からはな!」

「やっぱり、そういう事だったのね!」

 異能力を誇示するシノブンの言葉に、ジュンが確信をいだく。

「どゆ事さ? 痛たたッ!」

「おそらく、彼女は強力な超電磁波を視線照射できるんだわ。それによって、対象の生体機能を狂わせる。言うなれば、魔眼のたぐいなのよ」

「痛ててて! まるで〝現代版メドューサ〟だな! じゃあ、この頭痛も〝ルー ● ーズ大先生〟じゃなくて?」

「いない! 何処の誰かは知らないけれども!」

 伝説の〝鉄人プロレスラー〟に失敬な。

「少しは分析力があるようだな。如何いかにも、我が〈電磁眼〉は超電磁波を帯びた眼力がんりきだ」と、仮説を肯定するシノブン。うん、本人公認設定になった。

「それにしても……痛たたッ! いつまで浴びせてくれてるんだ!」

「この! マドカを解放しなさい!」

 非力な人質が形振なりふり構わず腕へと噛みついた!

 ボクの事を想ったがゆえの必死な抵抗だ!

「クッ?」

「きゃあ!」

 咄嗟にジュンを突き放すシノブン!

 床へと転げ倒れたジュンを忌々しそうに睨みつける。

窮鼠きゅうそねこを噛むとは、この事か──邪魔立てするというなら、それ相応の覚悟は出来ているのだろうな?」

「そんなもの無いわよ! だけど、マドカを見殺しにするのは絶対にイヤ!」

 床にへたり込みながらも、ジュンは気丈に吼え返した。

 けれど、それが精一杯のようだ。

 身体を蝕む痛みか──あるいは恐怖からか──地べたにうずくまり動けないでいる。擦り剥いたひざに血を滲ませて……。

「もういい。どのみち、貴様に主用は無い。私の目的は〝日向ひなたマドカ〟だ。障害となるのならば……」

「ひッ!」

 ゆっくりと歩み迫る異形!

 毒牙が迫るも、ジュンに為す術は無い。

 だから──ボクは激情任せに飛び込んだ!

「ジュンをいじめるのは誰だァァァ!」

 なまはげよろしくに吼えて、鉄拳ストレート!

「チィ?」

 即座に後方回避するシノブン!

 ほとほと勘がいいな。

 結果として、ジュンから引き離す事には成功したけど。

「しまった! 電磁波拘束が?」

「そうよ!」先程とは一転して、ジュンが毅然と真意を明かす。「一瞬でも視線照射をらせば、すぐにでもマドカは、私を救けてくれるもの! 絶対に!」

「ブフウゥゥーーーーーーーーッ!」

「きゃあ? ママママドカ──ッ?」

 鼻血噴いた。愛の力で。

「だ……だが、あれだけ超電磁波を浴びた直後に、後遺症も無く動けるだと?」

「電磁波がどうしたーーッ! ジュンのピンチに寝ていられるか! 動けなきゃ動くだけだぁぁぁーーッ!」

「鼻に詰め物して意味不明な事を言わないッ!」

 ジュン、ドン引き。

 何だよぅ?

 ボクの背後にかばわれておきながら。

「ともかく! ボクの〝育乳大明神〟に手を出すな!」

「私、やっぱり御神体扱い?」

「ならば、いま一度、電磁眼の餌食とするまで! 今度は〝育乳大明神〟諸共な!」

「……マドカ、後で話がある」

 育乳大明神が怒気どきっていた。

 またもや邪眼が赤を帯び始めた直後──「そこまで」──不意に第三者の声が制止に割って入った。

 聞き覚えの無い声だ。感情の機微が窺えない無抑揚だった。

 声の主は、いつの間にかシノブンの背後へと回り込んで……って、クルロリ?

「なっ? 私の背後を他易く? 何者だ!」

すでに〝日向ひなたヒメカ〟は、私が保護した。無関係な人間を巻き込むのは関心しない。これ以上続けるなら──」

 静かな威圧を以て、クルロリが警告。

 その手にはカード・・・らしき物を持っている。

 それを拳銃よろしく背筋に押し当てていた。

「クッ!」

 脅しが効いたのか、巨大な蛾は頭上へと飛翔!

 そのまま天窓を突き破って飛び去った!

「今回は引き下がるが、私は諦めたわけではないぞ!」

 戦闘の余韻が滞るロビーに、捨て台詞が反響する。

「えい」

「きゃあああああっ?」

 戦闘の余韻が滞るロビーに、悲鳴が反響した。

 クルロリがシノブンへカードを向けた途端、放電攻撃が発射されたから。

 あ、屋上でポテンと落ちた──そして、ヨロヨロと起きた──満身創痍で飛び去った。

 アレ、泣きたいの我慢してるな……キャラ的に。

「多少放電しておきたかった。過剰蓄電は機器に悪い」と、クルロリ。

 この娘、怖ッ!

 ともあれ、理不尽な戦いは一先ひとまず幕を下ろした。

「マドカ」

 静かに歩み寄るジュンが、神妙な口調でボクの名を呼ぶ。

「もう大丈夫だよ、ジュ──おぶぶぶぶぶぶっ?」

「変な呼び名を定着させるなーーッ!」

 往復ビンタを叩き込まれたよ!

 さながら〝ビビビの人〟みたいなのを!

 やっぱり根に持ってたか……さっきの〝育乳大明神〟事変!

 ってか〈完全鋼質化〉してるのに痛い・・って、どういう事さ?

 ボクは内心白目をいて思った──ジュン、恐ろしい子!

日向ひなたマドカ、とりあえず無事な様子」

 事態収束の立役者が近付いて来た。

 ボクはジンジンするほほさすりながら訴える。

「これが無事に見えるのか! クルロリ!」

「……誰?」

 思いきり怪訝そうな顔をされたよ。

 あ、そっか。

 ボクが便宜上付けた呼び名だっけ。

「って、マドカ? 鋼質化が解けているじゃない」

「アレ? ホントだ? 何で?」

 ジュンから指摘されて、ようやく気付いたよ。

「さっき多量の鼻血を噴いたから鉄分が減少した」と、クルロリが淡白に解答。

 どーいう理由だ! それ!

「でも、部分的に生じてたのは何故? そのせいで、どれだけ気苦労をしたか……」と、ジュン。

 アレ? 鼻血説は受け入れるの?

「それは本格的覚醒の兆候に過ぎない。今回の戦闘事態に対する因果率を本能的に察知して、エムセルが受動的活性化を始めたのが原因と思われる」

 う~ん? よく解らん。

「まあ、いずれにせよ良かったよ。生理の鉄分も当社比増量じゃシャレにならないもんね」

「当社比って、何処のよ……」

 冷ややかなツッコミを無関心に一瞥いちべつし、クルロリは事後報告を進行する。

すで日向ひなたヒメカは自宅へと送り届けてある。特に外傷も精神的傷害も負ってはいない」

「よ……よかったぁ」

 安堵にへたり込んだ。

 ボクじゃなくて、ジュンが。

「ただし、今回の一件は記憶消去させてもらった」

「え? あ……でも、そうよね。こんな怖い思い、記憶に残っていたらトラウマが──」

「ってか、ジュン! どうしてヒメカには過保護なのさ! ボクには甘えさせてくれないのに!」

「だって、ヒメカちゃんは無力だもの。あなたは自力で何でも解決しちゃうけど」

贔屓ひいきだ! くぞ! いちゃうぞ!」

「はいはい」

「Fか! そのFカップから母性がにじみ出るのか!」

「胸、関係ない」

「母性ドーーン!」

 ──ふにん!

「ひわわわ~~っ?」

 乳を抱き庇って悲鳴をあげた。

 勢い任せにんだから。

「唐突に何をするかーーッ!」

「おぶぶぶぶぶッ!」

 ビビビ炸裂!

「次やったら隅田川に流すわよ!」

「うう……じゃあ、しばらく感触の余韻だけで我慢する」

「手をワキワキさせて反芻はんすうするな!」

 ボク達のかしましさをスルーして、クルロリが平静に切り出した。

「今回の件、アナタ達に説明しておきたい」

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