vs, モスマン Round.5

 すぐ近くだけど、そこには商業区画として開発されている土地がある。

 そこにそびえるゴドウィンビルは、数年前に建設オープンした鳴り物だ。だけど、テナントが次々と撤退。現在ではビルそのものがゴースト化していた。外観が荘厳なだけに、相対的な荒廃感も否応なく際立っている。早い話『逃 ● 中』には格好のロケ地。

 ビル内では無数の店舗シャッターが閑寂と閉じられ、カラータイルの床が迷宮回廊のように入り組んでいる。中央ロビーは吹き抜け状態で、一階広場の巨大ツリーが御神木ごしんぼくのような存在感をアピールしていた。

 それをけ囲う形で重なる各階フロア。通路幅は大凡おおよそ三人分程度しかない。落下防止に半透明のアクリル板がさくと設けられているものの、各階の高さに対して心許こころもとなく感じもする。

 ともかくボク達は目的地へと到着した。

 指定にあった六階フロアだ。

 他のフロア同様に空き店舗のシャッターが並び、人の気配すら無い。オカルトマニアなら霊気すら感じるであろう寂寥せきりょうが漂い篭もっていた。白い月明かりを光源とした仄暗ほのぐらさが、それに拍車を掛ける。

「此処ね」

 スマホナビと店舗プレートの合致を確認して、ジュンが緊張を噛み締める。

 指定場所の店舗だけはシャッターが開放されていた。

 無論、営業しているワケでもない。

 入口の脇へと隠れながら店内をうかがう。

 奥行きは意外と深い。内装からしてファンシーショップだろうか。処分待ちの在庫でも入っているのか、ダンボール箱が雑多に積み重なっている。

「やはり現れたな、日向ひなたマドカ」

 店内からの声!

 ボク達は反射的に退き、警戒を身構える!

如何いかにして自力で此処を探り当てたかは知らんが……まあ、いい。呼び出す手間ははぶけた」

 女性の声だった。

 落ち着いた凛声りんせいだけど、同時に鋭利な抑揚もはらんでいる。

 店内の闇に呑まれた月の光が深い影を許して、いまだ容姿は視認できない。

 やがて、敵は月光の庇護ひごへと進み出て来た。

 コツリコツリと木霊こだまする硬い靴音。

 おかげで、徐々に相手の姿を拝めた。

 歩幅を刻む度に揺れなびく黒髪ロングポニー。

 かもす雰囲気は妙に大人っぽい。スマートな長身と、理知的な顔立ちのせいだろう。

 細い顎線に、薄く通った鼻筋。切れ長な眼差しには、気丈な意志力を宿す灼瞳しゃくどうが否応なく印象強い。

 そうした要素が統合されて、クールで知的な心象を演出していた。

 で、肝心の胸は……Gあるな、チクショー。

 完全に光源で照らされた所で、彼女は立ち止まる──が、その容姿を認識した直後、あまりの驚愕にボク達は固まった!

「な……何さ? アイツ?」

 額には〝シダの葉〟を彷彿させる触覚が伸び、背中からは巨大な羽根が長い外套マントと生えている。蝙蝠こうもりを想起させる翼ながらも〝の羽根〟を連想させるのは、黒色をベースに金色の模様が毒々しく彩っているせいだろう。

 つまり、招待人は〈異形少女〉だったのだ!

「驚いたようだな。我が名は──」

「──イナ子さん?」

「何だ? それは?」

「いや、その触覚とか〝イナ ● マン〟みたいだし」

「知らん」

「ちなみに原作版の方」

「知らんと言っている」

 平静を装ってるけれど、しっかり怒気どきっているな。

「ヒメカちゃんは何処よ!」

 強気でたずねるジュンへ、彼女は冷静然と答える。

「安心しろ。無事だ。眠らせてはあるがな。そもそも、あのは、日向ひなたマドカを呼び出すための〝〟に過ぎん」

「あ、そうなん? じゃあ、とりあえず後でいいや。あの子のメンタル、けっこうタフだし」

「淡白ッ?」と、ジュンのガビーン顔。

 うん、ウチら姉妹はファジーなもんだよ?

「私は〝胡蝶宮シノブ〟……私立最朱蘭もすらん高等女学校、二年C組! 胡蝶流忍者の次期頭領だ!」

 ……予想外の自己紹介をされたよ。

 キャラ設定、大渋滞じゃんか。




 電光石火の如き異形少女の攻撃!

 店舗前通路で、ボクは格闘戦を展開していた!

 だって、問答無用に襲ってきたんだもん。

 両手に苦無くないを持って。

「ねえ、胡蝶宮先輩?」

「誰が先輩だ!」

「だって、一個上じゃん」

「学校が違うだろうが!」

「じゃあ〝シノブン〟でいいや」

「シシシシノブンッ?」

 何だよぅ? そんな動揺する事?

 カナブンって命名したなら、ともかく。

「でさ、シノブン? まさかボクの異能化に一枚噛んでる?」

「貴様の異能化に、私の意志など介在していない!」

 格闘戦なら、またボクにもがある──と、正直自負していた。実際、毎度のように運動系部活の助っ人を頼まれるぐらいだし、その中には〝空手〟や〝柔道〟等の実践的格闘技も含まれるからだ。

 しかしながら〈忍者〉の肩書は伊達じゃない。

 理知的な印象に反して、彼女の体術は鋭いものだった。

 繰り出す鉄拳を的確にさばき、時には反撃を織り交ぜる。その技量にすきは無い。

 だけど、ボクには頼もしい武器がある──即ち、鋼質化した左腕だ。

 それを盾として弾きつつ、ノーダメージでさばき続ける!

「じゃあ、シノブンの目的は、いったい何なのさ?」

「おとなしくが軍門に下れ! 日向ひなたマドカ!」

「……え? 一緒に水銀灯で群れろって? シノブンと?」

「私を〝〟扱いするな! というか〝シノブン〟やめィ!」

「うわっと!」

 上半身を狙った横凪ぎの苦無くないを、咄嗟の仰け反りで避わした!

 けれど、これはフェイク!

 至近距離からの蹴り飛ばしが、ボクの腹を突き跳ねる!

「おっとっと?」

 傍目に滑稽なステップを刻み、チープなアクリルさくへとすがり止まった。

 敵は、その不安定さを見逃さない!

 解放された吹き抜けへと浅く飛翔すると、旋回突進の勢いにフライングキック!

「あわわッ!」

 見事、脚槍きゃくそうがヒット!

 直撃を受けたボクは、アクリルさくを乗り越えて転落してしまった!

 ってか、ヤバイヤバイヤバイ!

 此処は六階じゃん!

 このままじゃつぶれアンパンスプラッタだ!

 どうにかしようと、もがく!

 ワタワタと、もがく!

 されど、状況が好転するはずもない! 

 だって空中だもん!

 ボク、飛行能力なんて無いもん!

 仰向けに落下するボクの視野に、更なる不幸が飛び込んでくる!

 急降下に追い打ちを仕掛ける巨大蛾のシルエットが!

 無防備な落下状態に、再度足蹴りの駄目押し!

「かはッ!」

 息が詰まり苦悶を吐いた!

 一瞬、眼界がんかいが時を止め、思考が白く染まる!

 そして、ボクは一階ロビーへと沈んだ!

 濛々と飛び散る粉塵と瓦礫!

「マドカッ!」

 ボクの身を案じるジュンが上階から覗き込んでいた。

「うう……」

 背中を蝕む鈍痛が鎖枷くさりかせの如く、ボクを地面へと縫いつける。

 意識はある。

 何故か死んではいない……が、正直身体が重い。

 爆塵に霞んで、悠々と歩み来る敵影が見えた。

 言うまでもなく、シノブンだ。

「このままじゃ為すがまま……か」

 根性にすがり、のろのろとい起きる。

「ほう? 全身鋼質化を発現したか」

「クッ……だから、さっきから全身が重いのか──って、ふぇ?」

 いま、何て言った?

 イヤな響きを聞いたぞ?

 自分の両手を見た。

 両腕だったっけ? 鋼質化って?

 いや、左腕だけだったはずだよ?

 続けて、顔をペンペンと確認に叩く。

 うん、ペンペンだ。

 ペチペチじゃなくペンペンだ。

 肉打音じゃなくて、フライパンを叩いたような金属音。

 とりあえず周囲に鏡面反射を求める。

 おあつらえ向きに、テナント案内の看板保護アクリルがあった。

 そこに写し出されたのは、何処か見慣れた初面識のメタリックマネキン!

「うわぁぁぁ~~いッ?」

 否定したい確信を悲痛な叫びに乗せた!

 鋼質化してたよ! 顔が!

 いや、全身そのものが!

「ミ ● ロマンだ! 等身大のミ ● ロマンがいるぅぅぅ~~ッ!」

 道理で見覚えのある長い編み下げなワケだよ!

 だって、ボク自身だもの!

 その髪も、見事に質感が変わっていた。触ってみると極細の鋼糸みたいだし。

「何で全身が鋼質化してるのさ!」

「過剰ダメージによって、鋼質化細胞〈エムセル〉が防衛機能を受動的に覚醒させたのだ!」

 追撃の突進がてらに、シノブンが教示。

 苦無くないの連撃を避わしつつ、ボクは訊ね返す。

「エム……何て?」

「鋼質化細胞〈エムセル〉──炭素情報と珪素情報を両存内包した〈第三種四価元素〉を核とする特殊細胞。それこそが、貴様の異能源泉だ!」

 うん、ボクに解るワケがない。

 だって、小難しい単語のオンパレードだもの。

「その〈エムセル〉の性質ゆえに、貴様は太陽系屈指の硬度を誇る!」

 ボクの困惑を余所よそに、シノブンは至近攻撃の手数を刻む!

 乱発する苦無くないと蹴りが、次々と鋭い弧を生んだ!

「うわっとと?」

 ボクは全てを紙一重で避ける。完全に硬度と運動神経任せの力技だけど。

 ってか、意外と面倒見いいのな……シノブン。

 頼んでもいないのに、全部教えてくれてるし。理解できないけど。

「でりゃあ!」

 反撃のストレートを繰り出すも、視界からシノブンの姿が消える!

「ふぇ?」

「此処だ!」

 体勢低く屈み、ふところへと潜り込んでいた!

 視認した次の瞬間、苦無くない柄尻つかじりがボクのあごを鋭く突き上げる!

「アレ? 痛く……ない?」

 うん、まんじりとも痛くない。ノーダメージっぽい。甲高い金属音が鳴り響いだけ。

「さすがに〈アートルベガ〉だな……厄介な硬度だ」

 ってか〈アートルベガ〉って、何さ?

 明らかに、ボクを指して言ってるよね?

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