vs, モスマン Round.4

 下校の道縋みちすがら、ダベり場への寄り道は日課。

 とりわけジャンクフードはデフォ。成長期の空腹を安価で満たせるし、メニューレパートリーも豊富だもん。

 早い話、女子高生の下校実態は依然いぜん進歩していない。本質的に。

 ってワケで、現在は〝マッドナルド〟へと入店。さすがに外食チェーン店ランキングで上位常連だけあって、今日も今日とて大盛況だ。

 さっさと注文終えると二階へと昇り、窓際のテーブル席を確保。

「はぁ……不覚だったわ」

 正面相席のジュンが、テーブルへと突っ伏しながら消沈を零す。

 これは、もはや〝し〟というよりも〝〟だな。

 午後の授業から、ずっとこんな感じ。

 うん? って事は──「どさくさ紛れにみ放題?」

「何を?」

 ようやくガバッと頭を上げたよ。

「いや、ちちを」

「言わなくても判ってるからッ!」

 二日酔いよろしくこめかみを押さえて、彼女は姿勢を正した。

「まったく……あなた、私の胸に何を?」

育乳いくにゅく大明神の御利益を」

ひとの胸を怪しげな御神体扱いするな!」

「きっと世界中の貧乳娘達がすがりたがってるよ?」

「怖い怖い怖い!」

 両腕でFカップを抱きかばう。

 その寄せ乳がうらやましいんだってば。

「にしても、まさか見られてたとはね」

 ボクはバーガーを頬張りながら話題を繋いだ。

 けれども、実際はジュンほど深刻に捕らえていなかったりする。見られたものは仕方ないし。

「あなた、また深く考えてないでしょ」

 心中を見透かしたようにジロリと睨んできた。

「そそそんな事ないよ!」

 慌てて取りつくろう。

 疑りの眼差まなざしでとがめると、彼女は深い嘆息たんそくに沈んだ。

「このまま誤解されて、私達の百合ゆり疑惑なんかが広まったら……」

「モグモグ……式場、何処にする?」

「何で結婚上等かーーッ!」

 気がつけば周囲の視線を独占。

 ジュンは「コホン」と気まずい咳払いに、話題の方向修正をはかる。

「とりあえず本題に戻すけど ──あなたの鋼質化、どう考えても自然現象とは思えないのよね」

「やっぱアブられたって事?」

「……スルメか、あなた」呆れつつミルクティーを一口含む。「断言はできないし確証も無い。けれど、その可能性は極めて有力よ。細胞が〈金属〉に変質するなんて前代未聞だし。あなたにしても、他に心当りはないんでしょう?」

「ふぉうふぁふぇ、ふぉふぁふぃふぁふぁふぃふぇ」

「何語か、それは」

 だって、バーガーを頬張った瞬間に話し掛けるから。

 ボクは租借そしゃくおろそかに、咥内こうないのモッチャラモッチャラ感を飲み込んだ。

「う~ん。ボク、思うんだけどさ」

「何? 何か感じるところあった?」

「今回の〝シメサバマンゴーバーガー〟はチト奇をてらい過ぎたっていうか」

「誰が限定バーガーの話をしてるか!」

「ぶっちゃけハズレ。先々月の〝スッポン豚足バーガー〟を下回るハズレ」

「知らないわよ! っていうか、頼むな! そんなの!」

「……あげる」

「苦虫顔で差し出されても、思いっきり迷惑なんだけど」

 長嘆息ちょうたんそくがてらにアイスティーを飲み、彼女は強引に気持ちを切り替える。

「一応確認しておくけど、この事を知っている人は?」

「徹底的に隠蔽いんぺいしてるよ。だから、まだ誰にも知られていない。もちろん、ヒメカにもね」

「あ、ヒメカちゃんも知らないんだ?」

「知られたら大変だよ。あの子、何でもかんでも大騒ぎにするもん。お祭りフェスにするもん」

「そういうトコは姉妹なのね」

「……どゆ意味?」

「いえ……あなたと違って、常識派だと思っていたんだけれど」

「それこそ、どゆ意味ッ!」

 ボクは食事の片手間で、スマホの着信履歴をチェックしてみた。

 ライン八件──全部、ヒメカから。

 メンドいので流し見だけで既読を付けておく。


『お姉ちゃん、いま学校終わったよ~?』

『お姉ちゃん、いま何してるの~?』

『お姉ちゃん、もう学校終わる?』

『お姉ちゃん、一緒に帰ろ?』

『お姉ちゃんが好きそうなレトゲー発見!』

『お姉ちゃん、街角ロケやってたよ!』

『……お姉ちゃん、返信ないし』

『お姉ちゃ~~~~ん!』


「ウザいわぁぁぁああーーーーッ!」

 スマホを床へ叩きつけたよ!

 喧嘩メンコの如く鳴り響くし!

「可愛いじゃない。お姉ちゃんっ子で」

「ジュンは他人事ひとごとだから言えるんだよ! 身内がカマチョってのは、もうウザくてウザくて!」

「そういう割には、さっきテイクアウトを注文してたじゃない?」

「うっ?」鋭い指摘に固まる。油断ならない観察眼だな。「ちちち違うもん! コレは帰ってから食べる分なんだもん! ヒメカのじゃないもん!」

「そう?」

 悪戯っぽい微笑ほほえみを向けていた。まるで聖母ような包容力で。

 何だかえきれないな、コレ。

 ボクは思わず半泣きでうったえすがる。

「違うんだよ~~! ボクが好きなのは、ジュンだけだよ~~! 結婚して~~!」

「……何をカミングアウトしてるの、あなた」

 一転して冷ややかな対応。

 さながらダメ亭主と化したボクを放置し、ジュンはバーガーを頬張った──瞬間、表情が曇り青冷める!

「ん! んん! んんんんんんんん?」

 口を押さえて悶絶。

 咥内こうない逆流ぎゃくりゅうと格闘しているな。

 いまジュンが食べたのは、ボクの〝シメサバマンゴーバーガー〟の残り。

 さっき、彼女の〝ノーマルバーガー〟と交換した。

 別に悪戯とかの、みみっちい理由じゃないよ?

 単にビフパテの方が食べたくなっただけ。

 で、気がついたら自然に交換していた。

 うん、それだけの事。

「この無作為的バカーーッ!」

 店内に響き渡るジュンの怒声。

 それにしてもうまいな、このノーマルバーガー。

 某大御所グルメマンガ家の表現なら、よだれ租借屑そしゃくくずを飛ばしながら「うんめぇぇぇえええ!」だ。

 ようやく満足な食感を堪能していると、ボクのスマホがバイブる。

 たぶん、おそらく、十中八九、ヒメカだ。

 鬱陶うっとおしいけど一応確認してみた。

『お姉ちゃん、いま人質になってます』

「ぶっ?」

 思わず吹き出したよ!

きたなッ!」

 危うくジュンの顔に咥内散弾ヒット──卓上メニューを盾にけてたけど。

 信じがたい件名に、ボクはフルフルと憤る!

「ヒ……ヒメカのヤツ、何を考えてんだ!」

「マドカ、落ち着いて! こういう時は、まず冷静に──」

「ここは『姉さん、事件です』だろーーッ!」

「──あなたこそ何を考えているか」

「だって、こんなベタにハマるシチュエーション滅多にないじゃんか! もったいない!」

「アホかーーッ!」

 卓上メニューでツッコミビンタ!

「ヒメカちゃんが一大事いちだいじなの! あなたの妹が大ピンチなの! 分かってるわよね?」

「わ……分かってるよ?」

 胸ぐらをガクガクと掴み揺らして凄んでくる。

 めつけ、怖ッ!

「いったい誰が? 何故、ヒメカちゃんを? ううん、それは後! とにかく早く救けないと! ああん、でも居場所が……」

「あ、ジュン!」

「何? 心当たりでも?」

「いまの『ああん』って、もう一回やって! 録音するから!」

 メニューハリセン、スパーーン!

「コレ、最後だからね? あなたの妹がピンチなの……分かってるわよね?」

「は……はい」

 威圧的な怒気どきに凄まれた……クスン。

「場所を特定しようにも分析情報が少な過ぎる……どうしたら……」

 ジュンが狼狽ろうばいする最中さなか、ボクのスマホに新たな着信が入る。

「誰? ヒメカちゃん?」

「違うね。あの子なら絶対ファンシー系スタンプ使うもん。コレ、シュール系スタンプだし」

「じゃあ、誰から?」

「名前は〝助言者〟だって。知らないヤツだよ」

「どうやってグループへ侵入したのかしら?」

「モグモグ……知らね」

「……あなたって個人情報を平然と流出するタイプよね」

「内容は……と、居場所?」

 ボクはジュンと一緒に内容を確認した。

日向ひなたヒメカは、ゴドウィンビルにいる』

「ゴドウィンビルって、あのテナントが一向に入らない廃ビル?」

「案外近くだね。此処から二〇分ぐらいか」

「相手の罠って事は?」

「とりあえず行ってみりゃ判るっしょ。他に手掛かりも無いし──『おケツにこじらせる』ってヤツだよ」

「……マドカ? それ、多分『虎穴こけつらずんば虎児こじず』だからね?」

 緊迫感を削がれつつ、ジュンが訂正した。

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