勇者の意味

霜ーヌ。氷室

第1話・最終回

 禍々しく、あまりに長い階段。

 登っているのに、奈落の底に墜ちていると錯覚するほどの重々しい闇が液体の様に染み込んでくる。

 しかし、青年の歩みは止まらない。


『先に行け、俺の仕事はここでお前の仕事は上だ』


 ずっと合わせ続けた背中に託してきた。


『任せてください、持久戦なら得意なんですよ』


 背中を見守ってくれた瞳を信じてきた。


『へへっ、ここはオイラの見せ場でしょうアニキ』


 背中を追いかけて来てくれた足音がいつの間にかあんなに大きくなって。


『急ぎなさいよ、天才の私が貴方の獲物まで奪ってしまうわよ?』


 いつも皮肉げだった声が背中を押してくれた。


「ここか……」

 恐らくこの魔界で最も高いであろう奈落の底ーーすなわち魔王の玉座に続く大扉。

 青年は四人分の想いと共に巨人さえ通れそうな鉄の大口を木の葉の様に軽く開いた。

「ほう、思ったより早かったな」

「ああ、仲間がお前の配下の相手をしてくれてるからな」

 玉座に腰を沈めるのは正に闇の顕現と言える存在だった。

 その身体は闇の塗り固めた鋼の如く。

 邪龍の牙を思わせる角を至るところから生やし。

 爛々と輝く紅い双眸は常人ならば睨まれただけで土へ帰るほどの魔力を放っている。

 その様な悪神が。

 その様な災厄が。

 その様な暴威がなんと呼ばれるかーー魔王でしかあり得ない。あり得てはならない。

「そうかそうか、魔界においても一騎当千たる我が四天王を人の身で、ただ一人で相手取るとは、敵ながら敬意を抱かずにはいられぬよ」

 地の底から響くかの様な重い声が発せられる度に世界が震える。

 だが、それを正面から受けて尚、青年の眼光は怯まない。何故ならば……。

「なあ勇者よ」

 彼こそ世界の希望なのだから。

「なんだ、お喋りでもしたいのか? あまり口が上手い方じゃないんだけどな」

「生憎と茶の準備はないがな……今言ったことは本心だ。人族と魔族、本来なら生まれ持った魔力量の差で個体の能力では圧倒的に我等の方が強靭なはず。しかし卿らはそれを覆したのだ、人として……いや生けとし生きる者として最上の偉業とも言えよう」

 魔王の声に熱が籠る、巨岩さえも熔けるほどの熱が。

「敵であるから、種族が違うからと砕くにはあまりに忍びない」

「…………」

「勇者よ、我の配下、いや同志となれ! 人も魔も強者が支配せねばその業により潰れよう……卿やその仲間なれば君臨するに相応しい」

 そのあまりの暗い太陽とさえ言えるであろう熱量からは嘘は微塵も感じない。ただただ純粋に目の前の偉大な生命を欲していると理解できるわかる

「寝言……ではないんだろうな。だがお断りだ」

「何故だ? 魔族により奪われた命への義理立てか? 人も魔族を殺してきたなどと黴の生えた言い訳はせぬ。だが、我を討ったところで全ての魔族が消え去り世界から争いが消え去るわけではない。卿も世界を旅し見たであろう? 人に素晴らしき聖者がいようとそれを食い物にする悪しき者が遥かに多い」

「確かにそうかもな、否定はしない。悲しいこともたくさんあった旅路だったよ……それでもこれは人間の問題だ!」

「否である! これは魔族も延いては世界が抱える悪病、それを根絶するために卿の力が欲しい」

 感情の爆発に玉座は熔け落ち、窓という窓は弾け飛ぶ。それだけ魔王の言葉は真摯なのだろう。

 だから言う、あの決定的な言葉を。


「勇者よ、世界の半分を卿にやろう。我が片腕として大願成就への道行きを歩んでくれ」


「お前も俺を二番目呼ばわりすんのかぁ!!!!!!!!!」


 絶叫だった。

「え?」

 魔王の声から威厳とか重みとか消え去った瞬間だった。

「いつもいつもいつもいつも人のこと人類の希望だとか言いながら、ミスターエターナル二番目って陰で言いやがって」

「そ、そんなことないぞ?」

「今さ今さ、片腕になれ。とか言ったジャン? つまり二番目ジャン?」

「いや、それはいきなりトップがすげ変わると混乱が起きるだろうと」

 勇者は涙目だった、魔王も泣きたかった。シリアスな空気は実家に帰った。

「お前さ、勇者ってなんだか分かるか?」

「無論、我が反存在で人類の光だろう」

「違うもん!」

 もん。ってあんた。

剣士より攻撃力が低い二番目勇者」

「ほら、卿には剣士には無い魔法が……」

賢者より魔力の無い二番目勇者、聖者より回復力しない二番目勇者」

「…………」

 魔王、流石に目を逸らす。

「でも素早さは二番目じゃないんだぜ?」

「そ、そうかそれを誇れば……」

「剣士の奴盗賊と同じくらい速いんだよなぁ……勇者三番目かぁ」

「ゴメンね!!」

 魔王、口調が崩れる。

「せめてさ、勇者ならちょっとくらいモテるかなぁって思ったもんさ……イケメン剣士お前がナンバーワンだェ……」

「もしもしさらった姫? 人質のそなたにこんなこと頼むのもアレなのだが、茶を用意してお願い。お茶菓子は三番目の戸棚に……」

 実はさらわれてた姫様、ついでに初言及。

「ありがとうございます剣士様……あ、もちろん勇者様二番目もありがとうございました。って立て続けに言われたショックたるや……イケメン死なねえかなー、四天王の黒騎士とか取って返して後ろからバッサリと……」

「やめ、やめて……あやつは実は男装の騎士で養ってる弟妹がな? な?」

「パーティー内でも聖者も賢者も剣士への好感度の方が高いんだよ……なんでこんな好感度見えるアイテム(呪いで外せない)なんてあるんだろう」

「すまぬな、我の先祖が戯れで作って本当にすまぬな」

 もはや、何この……何?

「しかし、ほらアレだ……恋愛だけが人生の華ではないぞ? 友情もいいぞ、盗賊はお前を慕う微笑ましい少年で……」

「あいつはホモだ」

「オウ」

 オウ。

「っしゃー!」

 姫様……。

「アニキのこと尊敬してますよ、でも狙うのは剣士さんなんだよなぁ……だとさ」

 何故こんな奴らに世界の命運を託したのか、人類側は猛省すべきだと思う。あと姫様描写出来ないアクロバットな動きで喜びを表現するのやめてください。

「だから勇者所詮二番目の虫はお前なんかに屈しない……ううっ……」

「そんな卑屈になるな! な? 飲みに行こう……酒飲んで思いっきり吐き出せ」

「ま、魔王……実は鎧脱いだら美少女だったりしない?」

「むっちゃ素の姿ですまぬな」

 正直魔王にそっちの気はない。あ、姫様が飛んだ!?

「四天王よ、直ちに戦闘を止め勇者の仲間と共に我が元へ参れ(かくかくしかじか)」

 そして舞台は特に一行も空けずに世界観ガン無視の焼肉屋に。

「ほら勇者座っていろ、なんかよく分からないが整理券取ってくるから」

 と剣士が率先して手続きしに行く。

「剣士さんってばマメですよね」

「ん、クールなくせに気が利くよね」

「流石は剣士の兄さん……いっそしこたま飲ませて」

「うむ、あ、ああいう男が我が家に入ってくれれば将来も安泰で」

 黒騎士さん!? あ、姫様他のお客様のご迷惑になりますので。

「待たせた、あまり待たなくていいらしい。あと勇者、水を貰ってきたぞ、顔色悪いが大丈夫か?」

「ああ、ありがとうイケメンは俺なんかとは違うねぇ

「卑屈になるなと言っておろうが」

 姫様……もう何も言うまい

 そんなこんなで何故か勇者一行と魔王軍+腐ぃめ様。もとい姫様の混合メンバーが微妙な空気で待つこと五分。


「お待たせいたしました番号札『二番』でお待ちの勇者御一同様、お席の準備が整いましたので……」


「勇者待て、無言で剣を引き抜くのやめよ! 一般市民だぞ!? 魔王の我が言うのもなんだが一般市民だからな?」

 その剣こそは太陽の女神と湖の妖精によって鍛えられた世界に二つと無い至宝。

 悪しき者を撃ち破り正しきを為す黄金の輝き纏う白銀の刃。

 それ即ち、明日の為の希望と祝福の聖剣。

「を、鬱憤晴らしに振るおうとするなぁああああ!!!」



 かくして、魔王により焼肉屋は護られた。

 魔王は出禁になった。

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