第二話 死力の尽くし方は知ってる(前半・二)

「……あー、そうだなぁ」


 アラヤは何かを思い出しながら、すこぶる静かな口調でそう言った。


 レライエとゴモリーの会話は、殆ど耳に入っていなかった。


 激情、と一言で言ってもその表現には色々ある。


 レライエのように激しくも一本調子の怒り方をするのは、きっとまだ素直な方だ。


 それに対して、アラヤの表情は素のようだった。


 まるで凪いだ水面みたいな素の表情。


 その事の重大さを認識していたゴモリーと、そしてレライエが、穏やかに見守りながら、激しく怒りながら、しかしどちらも固唾を飲んだのである。


 だからレライエが大弓を手に取り構えた事を、ゴモリーも無理からぬ事だと理解するのだ。


 レライエが弓を引き絞ると、矢の方は虚空から出現した。


 素であったアラヤの中で、何かがキレた。


 大きな感情の、分厚い波紋が、この場を一気に掛け巡る。


「――半年前に越えたあの死線! あの感触!!」


 アラヤの眼つきが鋭く光るが、その眼に湛えられているのは、怒りというよりも純然なまでの殺意だ。


 アラヤが左腕を真横に伸ばすと、彼の騎槍が意思有るかのように浮き上がってその手に収まった。


「忘れてない! 俺は忘れてないぞっ!!」


 レライエはさっきアラヤに怒りの叫びをぶつけたが、アラヤのこの叫びはまるで違う。


 レライエはアラヤが放つ感情の、この独特さが気に入らない。


 アラヤは怒りのレライエを前にしていても、ひたすら自身の内側に眠っていた感情を辿る事に意識を傾けている。


 アラヤが徹底的なまでに相手とまともな会話をする気を持たない――その事を、レライエは気に入らないと感じるのだ。


「一人で喋るなぁ! セナ・アラヤーーー!!」


 レライエが撃とうとしている矢は、青白い矢尻をしていた。


 速連射、三本もの矢が一斉にアラヤに襲い掛かる。


 携帯端末を持った者達の中で、震える手つきを抑えながらアラヤの方を撮る者が現れていた。


 同じ人間が悪魔に倒される瞬間が撮りたかった訳ではない。


 ならば何故と尋ねられても、きっと上手くは答えられない。


 ただ、これから何かが起こるのかもしれないという、そんな好奇心が生じてしまって、それが彼らの手を動かしていたのだろう。


「レライエッ!」


 アラヤが騎槍を左手一本に構えてレライエへと駆けていく。


 矢はアラヤへ向けて飛ぶ、青白い燐光を放ちながら。


 そして少し間を置いて四射目が来た。


 騎槍に素早く右手を添わせ、三本の矢を立て続けに柄で受け止める。


 ――速連射の矢は威力が弱い、が……。


 間を置いた分だけ力が高まった四本目を、同じようには止められないと判断する。


 三本止めただけでもその手に痺れは走っている、ここからまだ受け身の姿勢を取るのは上手くない。


 次は手の力は勿論、駆ける脚の速度をも落としてしまう事になるだろう。


 戦いの中では、己のコンディションの変化を常に敏感に把握する。


 何よりも、自分が攻めに転じた時の力を確保しておく為にだ。


「ハッ!」


 再び騎槍を左手持ちにして、横薙ぎで矢を打ち払った。


 単に受け止めるよりも、反抗の姿勢で弾いた方が、体幹へのダメージ蓄積は少なく済むのである。


 しかしアラヤは、レライエが既に次射の構えに移っているのを視野に入れている。


 渾身の力で引き絞った、段違いに強力な矢が飛んでくるのだと直感する。


「モード・チェンジ! 死ねよアラヤァ!」


 レライエがそう叫ぶ。


 モード・チェンジ――即ち特性変換によって、矢尻は銀色へと変化を遂げた。


 これは掬火を取り出す青白いものとは違う、相手の身体を直接傷付ける事の出来る矢尻だ。


 ゴモリーが眉間をぴくりと動かした。


 ――レライエめ、それが本命か。四射目までは全てアラヤを誘う為に!


 彼女は戦闘に於いて何を見るべきかが分かっている女だ。


 その彼女が、この矢はアラヤといえど避け切れるものではないと察知したのである。


 レライエとの距離が近くなってきている、それは矢の射程距離が短くなってきているという事でもある。


 その上騎槍は横薙ぎにしたまま、射線に対し大きく外向きになった状態だ。


 このタイミングで銀の矢尻に特性変換させたのは、アラヤの虚を突く事で死への恐怖心を強く植え付ける為だとも見抜いた。


 ――アラヤ……!


 アラヤは、今こう思っている。


 ――お前を死なせる為の力は残してるぜ、レライエ!


 騎槍を構え直していないから、横薙ぎにした時の張り詰めた力がまだ腕に、騎槍に生きているのだ。


 アラヤが自分で狙ってそうしたのである。


 ――後半へ続く――

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