第二話 死力の尽くし方は知ってる(前半・一)
街の中、アラヤは返り血に塗れた衣服のままで、周囲の民衆に向け声を上げた。
「おい、もうすぐここに悪魔レライエが来るぞ。ニホン人を直接襲うアガレス一派のあの切り込み隊長だ!」
はっきりと棘の有る口調、しかしそれは悪魔に対し怯えるだけの人間に向けての棘では決して無い。
「レ、レライエ!? 二ヶ月前に俺の友達の掬火を奪った悪魔だ!」
「私は……だいぶ前に、彼氏のを奪われたわ!」
そいつに大事な人を襲われたらしい者達の言葉が聞こえる。
清純そうでいてハリの有る肌をしたその女の言葉に、ゴモリーは――時期が曖昧で言い淀むという事は、その彼氏が昏睡してる間にもう別の男に乗り換えているのかしらね?――と、冷静に推察などしていた。
アラヤは赤い爪が生えた手の指で、民衆に対し招くような仕草を見せる。
「あいつはムカつくヤツだが戦い方は悪魔の中でも分かり易い方だ。……見ていくか? 巻き込まれても助けはしないが、好奇心が怯えに勝るヤツを俺は止めない!」
爪がギラついている。
それを見せ付けているのは、今度はさっきの有象無象の悪魔達の時とは違う、本気の戦いになるぞという意思の表明だ。
「な、なんだよアンタ。ていうか、
「あ、悪魔なの……? ここ数年で人間そっくりな悪魔が何体もニホンに紛れ込んだのよね!?」
概ね
「アラヤ……」
ゴモリーが憂いの眼でこちらを見ているのも、アラヤにはちゃんと分かっていた。
アラヤは一瞬ゴモリーを見遣って口元を緩ませる。
それは悪魔である彼女への、大人か子供かハッキリしない彼が漏らす、親愛の気持ちなのである。
「俺は
さっきから民衆に話している時のアラヤは常に刺々しい。
それでも決して彼は怯えるだけの人間に、その棘を向けてはいない。
ただ単純に――。
「あいつは悪魔の中でも一際困ったヤツだったらしい。――そうなんだよなぁ、レライエ!!」
アラヤの棘は誰かへと意識的に向けるようなものじゃなく、無軌道なまでに全方位に向かって伸びていくものなのだ。
アラヤの視線の先の空間が歪んで、その歪みの中から一体の悪魔が出現した。
大きな弓を背中に背負った以外は、普通の人間と変わらない姿の悪魔だった。
「……俺の
栗色の真っ直ぐな長髪が陽の光に照らされて煌めいている。
若草色の丈夫そうな服はニホン風とは違う質実さを放ち、一方で、スラリと伸びた脚を包むズボンは地味めな土色だが膝ベルトが付いていた。
その甘い
しかしその表情が彼――レライエの外見の魅力を半減させてしまっている。
そうさせているのは、他でも無いアラヤなのだが……。
「セナ・アラヤァー! 半年ぃ! 半年待っていたぞお前が戻ってくるのをーーー!」
人間同士では
その怒りの感情で
民衆達は
レライエはそんな人間達の事は意に介さず、ゴモリーへと顔を向けた。
「ゴモリィー! 半年間お前がこいつを隠していたのかぁ!!」
アラヤに向けたのと変わらないレベルの怒りを彼女にまでぶつけている。
ゴモリーは動じず、目を細めて怪しく微笑んだ。
「あの日、彼が私を夢中にさせたから。そんな男を見付けたのなら例えみっともなくともしがみ付いて離れない……。悪魔の私が、人間の女のように体裁など気にする筈も無いでしょう?」
まるで妄執めいた言葉を吐いたが、そんなゴモリーの表情は悠然で余裕に満ち満ちていた。
さっきの彼氏の掬火を奪われたらしい女の、決まり悪そうに
女というものは本来お互い無関係で非干渉が当然なのだと、人間以上に知っているからである。
そんなゴモリーがはっとして口を閉ざす。
レライエの怒気を浴びてからここまで一人静かで居たアラヤが、何か言葉を発しようとしているのを感じ取ったからだ。
――(二)へつづく――
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