第一話 苛烈にヒーロー、やってるのさ(後半・二)


 そんな中、一人慎み深い様子でアラヤに近付く赤い髪の女。


 くるぶしまで来る長さのフレアマキシスカートが歩調に合わせて揺らめいて、ハイヒールを履いて優雅に歩くその脚をもタイツが包んで守っている。


「アラヤ、カプチーノごちそうさまでした」


「ゴモリー、別に今言わなくてもいいって」


「いいえ、言葉で伝えるという行為はそれ自体が大切な事。悪魔は人間に対しては特にそう考えるものだと、あの修行の中でも教わった筈でしょう?」


「……ああ、そうだった。悪魔は言葉を使って、人の心に入り込むってな」


 アラヤはゴモリーの言葉に、やれやれという風に頭を掻く。


「ゴハアアア!!」


 火の中から、一体の悪魔が這い出てきた。


 蝙蝠の羽は無いが、文字通り岩のようなゴツイ体で地面を踏みしめている姿は獰猛な力強さを感じさせてくる。


「グラヴァトン属よ、アラヤ」


「分かってる。お前は下がってろ」


 アラヤの言葉にゴモリーは素直に従うが、しかし離れ過ぎはしない。


 ゴモリーはあくまで、アラヤの戦いを見届けるつもりなのだ。


 まだ動ける悪魔が居ると知るや、人々はまたも恐怖に顔を引きつらせる。


 アラヤは彼らを横目に見た後、張り詰めた表情で獰猛な悪魔――グラヴァトン属と対峙した。


「……来るなら俺に向かって来い」


 まだ人間を襲おうとするのならば――そういう意味でアラヤは言った。


 グラヴァトンが咆哮と共にこちらへ突進してくる。


 ――とはいえ、あの岩の体を騎槍で突き切れはしない、か。


 冷静に、しかし決してイラつきは治めずに、アラヤは迎撃の両手構えを取った。


 迫る奴の右肩を狙って騎槍を繰り出す。


 固い激突音が響くのを聞きながら、アラヤは両手の痺れを堪え足をグッと踏ん張らせた。


 弾かれはしなかったが、奴の攻めの勢いを殺すにはまるで不十分――!


 グラヴァトンが右手で騎槍を掴み、強引にアラヤの手から離れさせた。


 そのまま肩からも引き抜き放り捨てる。


 しかし!


 ――こっちも引く気は無いんだよ!!


 アラヤの頭には、ここで距離を取って仕切り直すという考えは無かった。


 彼の足下から、陽炎が立ち昇り始めた。


 それは急激に勢いを強めて、黒いオーラとなって全身に纏う。


 グラヴァトンの渾身の左の拳が、アラヤの腹目掛けて打ち込まれる。


 悪魔の青白い武器ではない攻撃は、人間の体を直接傷付けるものだ。


 食らえば激しい痛みを伴って、彼を苦悶の内に沈めさせるだろう。


 だが……!


 戦いの中でその恐怖の念と向き合い飲み下せば、それはアラヤにとってより戦闘意思を鋭くさせる、熱くヒリつく心の起爆剤にも成り得るのである!


「テラー・シェード!!」


 叫びと共に、アラヤは黒く噴き出す影のオーラを纏った右脚を振り上げて、奴の拳へと蹴り込んだ。


 鋭い戦闘意思がオーラの形を取りそのまま尋常ではない力を生じさせて、奴の全力の拳を、跳ね返して、押し上げる!


「ゴ、ゴバアアアッッ!?」


 押し上げられた拳がグラヴァトン自らの顔面にぶち込まれ、衝撃インパクトと共に顔中から鮮血を噴き出させた。


 アラヤのカッターシャツが、その返り血でまた赤く塗れる。


 そのままグラヴァトンは大の字に倒れ、そして動きを止めた。


「……フン」


 ――思わず魔技の名を叫んじまった。


 テレビアニメのヒーローでもあるまいし……。


 そんな思いでふと周りを見る。


 人々は悪魔を見るよりも怯えた顔でアラヤの――特に赤い血に濡れた彼のトップスと、赤くギラつく爪を凝視していた。


「だろうな」


 別に歓声を期待していた訳ではない。


 ただアラヤは自分が想像していた通り過ぎるこの光景に、イラつきを通り越して若干うんざりはした。


 恐怖から過度に避け続ければ、他人の痛み、そしてやがては己の心の痛みにも鈍くなっていく。


 それをアラヤは知っているが、今、人々にそれを伝える術を持たないのだから、結局自分が出来る事をしているしかない。


 緩やかな声がする。


「アラヤ、これからは白い服は避けた方が良いわ。戦えばそういう風に、なってしまうもの……」


 ゴモリーがそう告げてきていた。


 その声色には、少しだけ躊躇っている感じが滲む。


「いや。白の方が、こういう時の赤が引き立つから……。だから白で良いのさ」


 アラヤはそう答えた時にはもう冷静だった。


「痛みってものを忘れたくないんだ。血の赤はさ、それを忘れずに居させてくれるから」


 影の黒と、血の赤――その二色こそが自分のパーソナル・カラーなのだという思い。


 それは或いは子供染みた感傷の仕方なのかもしれないが、彼自身が戦う為の理由と定めるのならば、誰にも非難されるいわれは無い筈だ。


 ゴモリーはそこに彼の強がりが混じっていると分かっていても、決して口に出しはしない。


「……貴方は気高いわね」


 そう告げて、彼女は微笑んだ。


 彼が人生の中で手にした力が、たまたま悪魔のものだっただけの事。


 でも、だからこそアラヤの戦いを見届ける資格を持てた自分を、ゴモリーは誇りに思っている。


 ――第一話 完――

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