第三話 俺専用リョーコ(終局・一)
「アラヤ様はその、この辺りに住んでるんですか?」
無人に近い区域、その無音の道を、リョーコは前を行くアラヤに付いて歩く。
「ああ。引っ越してきたのは昨日だけど、元々五年前も住んでたからな」
「ご、五年前……。それって、この辺りに地獄門が開いた時ですよね……?」
「あー、この街の人間はアレを地獄門って呼んでるんだったな」
「はい、今じゃすっかりそれで定着しています」
悪魔達が元居た世界からニホンへと転移する際に通った、幾つもの次元の裂け目……それを人間の側では地獄門と名付けていた。
五年前にこの辺りで開いた、特別禍々しい地獄門。
大多数の民衆がこの区域に住みたがらないのは、それがいつまた開くか分からない事の恐怖に怯えるのが嫌だったからだ。
実際に足を踏み入れてみると、この音の無さがやたらと心に重く来る……リョーコはそう感じた。
「こんな所に住む事が出来るアラヤ様は凄いです……」
「人が寄り付かないのは、俺にとって便利でもあるから、な。興味本位の人間に近付かれたら面倒臭いし」
アラヤがそんな返しをしてきた事に、リョーコは慌てふためいた。
「わ、私はっ! 心の底から貴方様を想って居りますればぁっ!!」
「いや、流石にこの区域まで付いて来てるお前が興味本位だとは思ってないよ」
「な、なら良かったですぅ!」
緊張して生きた心地がしない。
「ていうか、お前俺に逢う為に来たんだろ? 一応聞くけど、どうやって俺の居場所を見当付けたんだ?」
「それは、昨日上がってたあのレライエとアラヤ様が戦ってる動画を見て、アラヤ様がこの街に帰ってきた事を知って……。あと、あの赤い髪の女が影になって貴方様をこの辺りまで連れ去ったらしいって情報を……」
赤い髪の女、即ちゴモリーの事を口に出す時はリョーコは更に不安げだった。
「あ、あの……アラヤ様はあの女と、その、特別な関係なんですか?」
心臓がバクバク鳴りながら、恐る恐るそう尋ねる。
「そんなんじゃないけど、あいつは、ゴモリーは大事な仲間だ」
「な、仲間、ですか。そっか……」
一先ずは、安心して良いとリョーコはそう判断した。
「アラヤ様の仲間なら、あ、悪魔でも、良い悪魔って事なんですよね?」
「ああ。俺も後から知ったけど、悪魔ってのは『悪を
「は、はいっ。サクスを追ってる最中なのに、あれこれ聞いてしまってごめんなさいっ!」
「良いさ。俺も久し振りに人間とも話せて結構楽しい」
――っ! アラヤ様ぁ、なんだかんだで会話を繋げてくれて、その上そんな優しい言葉まで掛けて下さるなんてっ!
アラヤは会話中リョーコの方を一度も振り返らずにいたが、確かに彼なりに彼女との会話を楽しんでいるのは間違い無かった。
リョーコはアラヤの表情をうかがい知る事は出来なかったが、それでも場の空気は悪くない筈だと思っていた。
「わ、私も、アラヤ様のお役に立ちたいなぁ……」
おどけた感じを作ってそう言うリョーコだったが――
「……」
――しかしアラヤは何も答えなかった。
「あ、あはは……」
リョーコは離れる事無く常に近めの距離――彼女の基準としては、もし彼が騎槍を出して振り回しても危なくない距離をキープしているが……。
――うぅ、マズイ事言ったかなぁ……。
調子に乗って心の距離を近付けようとした結果、逆にウザいと思われてしまったのだろうか?
そんな思いが生じて、リョーコの気持ちはそわそわしてしまう。
とはいえ、会話というものはいつでも筋道立てて出来るものでは決して無い。
言えるタイミングで、自分が伝えるべき言葉を口に出すより他は無いのだ。
リョーコはアラヤの背中をじっと見る。
確固たる意思を感じさせる力強い背中だと、そんな風に彼女には見える。
そして彼の手に在る、ギラつく赤い爪にも視線を移す。
赤が彼を象徴する色の一つである事を、リョーコは知っている。
しかし同時に、彼の赤は自分には畏れ多く、だからこそ激しく尊いとも思っている。
――誰よりもこの御方の傍で、この御方が成される事を見届けたい。その為なら自分に出来る事はなんでもして差し上げたい。
それがリョーコがアラヤへと抱く欲求、欲望。
彼を見ていると自分の心が熱くなる。
この熱さをくれるこの御方専用の自分で在りたい――そんな、自分を捨てる程の想いが、逆にどんな時よりも自分を自分らしくさせてくれる。
――(二)へつづく――
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