第三話 俺専用リョーコ(終局・二)

「アラヤ様、もう結構サクスの元に近付いてきてたりしますか?」


 アラヤからの返事は無い。


 ――……もし本当に近付いてて集中してるなら、邪魔しちゃダメだよな。よし、私も集中っ!


 少しでも彼の為になるように。


 その明確な意識がリョーコのテンションを、右肩上がりにさせていくのだった。


 ……アラヤは、後ろのリョーコが急に静かになった事を、あまり疑問に思っていなかった。


 さっき自分が話していて楽しいと言ったから、逆にこの女は引いたのだろうな――程度に考えていた。


 多くの人間の女は男がいい顔をすると、すぐに調子に乗って上に立とうとするか離れてみせるものだと、アラヤはゴモリーからそんな事を聞いてもいた。


 だからアラヤはリョーコが何も言って来なくても、何も気にしたりはしなかった。


 最初から何も期待など持っていないのだから当然だ。


 なんならもう、リョーコが付いて来ていないのだろうという風にさえ思っていたのだ。


 ……事実としては、アラヤはサクスに依って聴覚を奪われていたから、そんな勘違いを起こしていたのである。


 しかし、この事で問題なのはサクスの魔技では無かった。


 ――ゴモリーは人間の中で俺を気に入る奴が出るって言ったけど、やっぱりそんな筈は無い。俺が他の人間とは相当違っている事くらい、俺だって自覚はしてるからな。


 アラヤは独りでも戦うという行為を成せる人間だ。


 しかしこれまで他者から遠ざかってでも戦ってきた反動から、自分が他の人間から好意を寄せられる事に対して、心が懐疑的になっていたのである。


 ……突如、アラヤの前方の空間が歪み、中から一体のフレンチキッス属が出現した。


「――ッ!!」


 奴は手に青白いフォーク状の先端をした槍を持ち何かを叫び、アラヤ目掛けて空から攻めてくる!


 ――サクスの軍団レギオンか。奴め、いつの間にか俺の耳を封じていたな!


 奴の叫びが聞こえなかった事から、アラヤはようやくその事実に気が付けた。


 しかし、あくまでそれは彼にとっては大した問題ではない。


 ――今騎槍を召喚するのは駄目だ。サクスの傍に置いたままじゃなきゃ、その魔力をしるべに奴の元に辿り着く事が出来なくなる。


 アラヤは冷静に素早くそう判断し、テラー・シェードを発現させる選択をした。


 迫る恐怖に抗う荒ぶる精神を、影のオーラとしてその身に纏う事で、自身の戦闘力へと転換し増大させる。それが魔技テラー・シェードだ。


 フレンチキッス属など返り討ちにしてやる――そう戦意を昂らせるが、しかし今度は……。


「くっ!?」


 視界が掻き乱され、目の前に居る筈のフレンチキッス属の姿を見失ってしまうのだ。


「ヒャハハハ!」


 奴の品の無い笑い声が耳に入ってくる。


 ――……成程。目か耳、俺からはどっちかしか奪えないようだなサクス!


 アラヤは自分の頭でそう判断をする。


 こっちの魔力が防護壁バリアーとなって、サクスの魔技を半分は無効化出来ているのだろう、と。


 フレンチキッス属の槍の穂先がアラヤの左肩に突き刺さる。


 しかし、これは肉体へのダメージは軽微な青白い穂先だ。


「――っ!」


 何かが聞こえた気がしたが、アラヤはそれには構わずに、右手で奴の腕を掴み取る。


 包帯止めしている右肩に痛みは走るが、それでもテラー・シェード込みの力なら、奴に振り解かれはしない。


「アヒァ!?」


「――お前如き有象無象が、俺の掬火を喰い切れるもんかよ」


 例え視えていなくてもアラヤの眼はあくまでギラつきを放ち、奴に向けて冷酷に告げる。


 槍を左肩から引き抜き、十分に力を溜めた左の拳を――奴の鳩尾みぞおちへと叩き込む!


「バッギャアアーーー!!」


「アラヤ様、後ろからも来てます!!」


 奴の絶叫に負けない良く通る声で、そう注意を促してくる者の存在があった。


 ――……リョーコって女、まだ、俺の傍に居たのか!


 そう、リョーコはずっとアラヤの後ろに居た。


 前から来るフレンチキッス属の槍がアラヤの肩に刺さった時は――彼の戦いを安易に邪魔してはいけない、自分が下手に悲鳴を上げて彼の集中を途切れさせてしまうような事があってはいけない!――と、そう思ったから口を閉ざそうと努めていたのである。


 ――……まったく!


 アラヤは彼女の気遣いのその悪くなさに、心が熱くなって戦意が更に増していくのを感じた。


 ――(三)へつづく――

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