二番目の殺人

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二番目の殺人

「おはようございます」

 私は扉をあけて仕事場に入る。昨日入れ替えた消臭剤のフローラルの香りが鼻に付く。けれど煙草の臭いよりよっほどましだ。

 早朝は私しか仕事場にいない快適な空間だ。誰に構うことなく好きなことができる。

 しかし、今日は先客がいる様子。自分のデスクの隣を見るとボサボサ頭の月岡先輩がいた。

「先輩。おはようございます。何してるんですか?」

 先輩は眠たそうな眼で私の方を見るとすぐにデスクに広がった書類に視線を戻す。

 内心、私は残念な気持ちで一杯になる。せっかくの自由時間が……。

「ああ、望月か。ちょっと書類作成に手間取っててな」

 先輩は仕事が長いだけあって書類作成の腕は確かなものだ。そんな先輩が手を焼く面倒な事件でもあったのだろうか?

「どんな事件ですか?」

 私は問いながら、朝の日課のコーヒーを入れるためにカップを用意する。

「殺人と自殺。小さいお屋敷での事件だ。死亡した被害者の名前は徳永洋一、並びに清水航平。徳川は腹部をナイフで刺され失血死、清水航平は首を吊って死亡。ダイイングメッセージなんてものも残してある。徳永の自室に「しみず」ってな」

「へぇ。本当にダイイングメッセージなんてあるんですね」

 カップにインスタントコーヒーをスプーン一匙入れて、電気ポットの元へ行く。

「俺も初めて見たよ。第一発見者の荒川は事件の前に二人の喧嘩する怒鳴り声を聞いていたらしい。恐らく喧嘩の延長で清水が徳永を殺してしまって、清水は良心の呵責で自殺って見解なんだが……」

「なんだが?」

 電気ポットがコポコポと音を立てて、熱湯を放出する。

「うーん。……なーんか腑に落ちないんだよなぁ」

「どこが腑に落ちないんですか? いかにもありそうな事件ですけど」 

「……清水の頭部に打撲の跡があったんだ。徳永の部屋には血のついたガラス製の灰皿に血痕が残っていた。一体誰の血なのか……。それに徳永に刺さってたナイフには指紋がなかった。なーんか怪しいというか……なんというか……」

 私はコーヒーカップをぐるぐるかき混ぜながら先輩に問う。

「……屋敷にいたのは第一発見者の荒川含めて三人だけなんですか?」

「ああ、そうだ」

「へーぇ……」

 私はコーヒーを歩きながら一口啜る。脳が冴え渡るのを感じる。

 そして、ふと降りて来た。

「あ、これってもしかして、死んだ順番が違うんじゃないんですか?」

「あ? それはどういうことだ?」

 先輩は体ごと私の方に向き直る。膝がデスクに当たって痛そうに俯いている。

「言葉の通りですよ。清水が一番目に殺されて、徳永が二番目に殺されたなら納得できません?」

「……すまん。意味がわからん。もっと詳しく説明してくれ」

 先輩は痛みが治まったのか顔を上げる。

「はぁ、仕様がないですね。頭の良い私が頭の悪い先輩に説明してあげますよ」

 私はコーヒーカップをデスクに置いて、やれやれと大げさに手を上げる。

「そういうのいいから、さっさと言えって」

「はいはい。まず、発見者の荒川さんは喧嘩の声が聞こえたって言ってましたよね? そのもつれで清水さんが徳永さんを殺してしまったのだろうと」

「ああ」

「それがそもそもの間違いなんですよ。喧嘩の縺れで死んだのは徳永さんじゃなくて清水さんなんです」

「はぁ? でも清水は首を吊ってたんだぞ?」

 私は椅子に座って伸びをする。

「そんなもの偽装工作でもなんでもすれば片付きます。大人二人掛かりでやればですけど。清水さんの頭に残ってた傷は喧嘩のとき、徳永さんが何かで殴打してつけてしまったものでしょうね。もしかしたらその時はまだ死んでなかったのかもしれません。そして喧嘩の様子が止まったことに気づいた犯人は徳永さんに会いに行った」

「何の用事で?」

「そこは別に重要じゃないです。そして犯人は清水さんが徳永さんの前で倒れているのを見てしまう。その時、犯人は思いついたんじゃないですか? うまく徳永さんを始末する方法を」

「ふーむ。続けてくれ」

「徳永と犯人は清水さんを清水さんの自室で首吊り自殺に仕立て上げることにする。その後徳永さんは自室で犯人にナイフで切られ死亡。その後、犯人はダイイングメッセージを偽装して、警察に通報。犯人は多分徳永さんに死んでもらいたかったんでしょうね。金銭目的じゃないですか?」

「なるほど、確かに納得がいくな。ということは犯人は……?」

「決まってるじゃないですか。荒川ですよ」

「! なら!」

「逮捕しに行ったほうがいいですね。どうせ鑑識の結果が出れば判明しますが」

 先輩は椅子を蹴飛ばしながら立ち上がる。

 びっくりした……。

「こうしてる場合じゃねぇ! 望月! 書類はお前が書いておいてくれ!」

 こうやってすぐ人に仕事を押し付けようとする。しかし、私にはこういう時のための必殺技があるのだ。

「嫌ですよ。帰って来たら先輩が書いてください。フクロウ先輩♪」

「……くそっ」

 先輩はバツが悪そうな顔をしたまま、扉を勢いよく開けて外に出て行く。

 こうして私はようやく邪魔な先輩を追い出して、優雅な朝を過ごすのであった♪

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