私が側室だろうと二番目の妻だろうと必ず権力を握ってみせる。

ふくしま犬

世子毒殺事件

【用語集】

世子セジャ―次期王位につく人に与えられる称号。

・王妃―王様の正室。

大妃テビ―王様の母親。

ビン/ピン―側室の女性に与えられる称号。エンの場合、嬪の前に羅をつけて羅嬪ラビン様と呼ばれる。

義禁府ウィグムブ―王命(王様の命令)を受けて重罪人を取り締まる部署。


―――――――――――――――――――――――――――――



月が雲に隠れ、闇がより一層増した。


世子セジャ様、お食事をお持ちしました」

四十代の女官が食事を運んできた。彼の前にある机の上にお盆を置く。そしてゆっくりと部屋を出て行った。


テンはとてもお腹が空いていた。今日は一日中ロトと一緒にけまりをして遊んだからだ。ロトは彼よりも五歳年下で七歳の男の子だ。


「では、いただきます」テンが手を合わせる。そして箸をとるとまずは玄米を食べた。いつも通りおいしい。そして味噌汁を飲む。これを飲むと体の芯まで温まるのだ。


突然テンは喉に違和感を覚えた。喉が締め付けられるように痛いのだ。頭も痛い。視界が歪んでいく。

体が熱くなるのを感じた。まるで火の中に飛び込んだようだった。


「誰か――誰かおらぬか――――」

今にも消えそうな声で呼びかける。しかし誰も来る気配がない。

咳き込むと口から血が出た。それが服に飛び散る。


そのままテンは机に突っ伏してしまった。大きな音がした。


その音に気付いた先程の女官がテンの部屋に入ってきた。

世子セジャ様、どうなさいましたか?」

テンが机に突っ伏しているのを見て、彼女は目を丸くした。口元は手で抑えている。


世子セジャ様!世子セジャ様!」いそいでテンに駆け寄る。そしてテンの体を抱きかかえた。


「大丈夫ですか!世子セジャ様!」

テンの顔を見ると口から泡を吹いていた。意識はない。彼の服には血が付いていた。


「誰か!誰かおらぬか!」女官は部屋の外に呼びかける。

彼女の声に気付いて二人の女官が部屋に来た。


二人は部屋に入るなりテンの様子を見て息が止まった。一瞬体が岩のように動かなかった。


二人を交互に見ながら女官は言った。

「あなたは王様にこのことを知らせてきて。そしてあなたは早く主治医を呼んできて。急いで!」

「はい!」と二人は返事をすると部屋を出て行った。



その後事態を聞いたメイテンはテンの部屋に駆け付けた。

世子セジャ世子セジャ!」メイテンはテンに近づく。そしてテンを抱きかかえた。まだ辛うじて息はあるようだ。


「目を覚ますのだ世子セジャ!」懸命に訴えかける。テンの顔色は白く、唇も真っ青だった。


メイテンは先に部屋に来ていた主治医に尋ねた。

「それで世子セジャの容態は?」


「それが、王様・・・」主治医は答えにくそうに語尾を濁した。

「なんだ?早く申せ」

「恐れながら申し上げます王様。世子セジャ様は・・・世子セジャは・・・」その後の言葉に詰まる。


その言葉ですべてを察したメイテンは膝から崩れ落ちた。


「私を罰してください王様!」

主治医の声だけがその部屋に響いていた。



テンが死んだことは宮中にすぐに広まった。最も悲しんだのはテンの母親であるヒスイだ。その話を聞いた時、彼女顔から血の気が一気に引いて行った。


そして手で頭を押さえる。頭が痛いようだ。

「王妃様・・・」女官が心配そうにヒスイを見た。


「そなたらはもうさがるがよい。そして今夜は誰もこの部屋にいれてはならぬ」

「わかりました王妃様」

その夜、ヒスイの屋敷から泣き声が夜通し聞こえてきたのだった。


もう一人悲しんだ人がいる。それはロトだ。

ロトはテンを実の兄のように慕っていた。今日も二人で一日中けまりをして遊んだ。


さっきまで元気だったテンが死んだのを聞いて、それがにわかには信じられなかった。


「どうして世子セジャ様は死んでしまったのですか。私一人でどうしろと言うんですか」

夜空に向かって話しかける。夜風は冷たかった。


しかしこの時テンの死を喜ぶ者がいた。それはメイテンの側室であるエンだ。

なぜならテンの死によって、我が息子ロトが王位につく可能性が高まったからだ。


ロトが王位につけば自分も大妃テビとして権力を振るうことが出来る。


そのエンの元へ一人の男がやってきた。身なりからするに両班ヤンバンだ。

男はエンの正面に座った。


羅嬪ラビン様、ご指示通り、毒を盛らせた女官を始末しました」

「よくやった」エンは口角を吊り上げる。「それで身代わりは用意できたか?」

「そちらもご心配なく。すでに仕込みは完了しています。これで羅嬪ラビン様が世子セジャ様毒殺を企んだことはばれないはずです」

「わかった。もうさがれ」


エンの計画は順調に進んでいた。これで自分が大妃テビの座につくのも時間の問題だと思っていた。


エンとメイテンの仲は良くなかった。というより冷めきっていた。メイテンはヒスイをとてもかわいがった。


所詮私は側室。二番目の妻なんだから仕方ない、と最初は思っていた。しかし今では二人の存在を妬むようになっていった。




翌日、世子セジャ毒殺事件の犯人が捕まった。犯人は食事を作っていた女官の一人だった。


「私は何もしていません!それに何も知りません!」その女官は必死に抵抗する。

しかし彼女の部屋から毒薬が見つかったのだった。


「詳しい話は署で聞くとしよう。さっさと連れて行け」

女官は兵によって義禁府ウィグムブへと連れられていった。



メイテンの死後、ロトは王位についた。しかしすぐに病に倒れ一年もしないうちに死んでしまった。そしてその後を追うかのように続けてエンが死んだ。


このことを宮中では「世子セジャ様の呪い」といって恐れられたのだった。











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私が側室だろうと二番目の妻だろうと必ず権力を握ってみせる。 ふくしま犬 @manonakiri

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