【KAC2】伝説の勇者

牧野 麻也

最初の勇者と二番目の勇者

 沢山の。

 沢山の犠牲を払った。


 自分はただ、旗振りしただけだ。

 僕の力だけで、異界の門を閉じられた訳じゃない。


 のちに語られる伝説には、名前はおろか存在すらも記載されない──

 村々の自警団や協力してくれた人達

 国の軍から出兵してくれた有志の軍人達

 バックアップしてくれた国々の官僚達

 ──全ての人達のお陰で、僕は『勇者』になれた。


 しかし。


 異界の門は、ただだけだ。

 またいつ開くかも分からない。

 開いたら──また、異界からその世界の『神』や『英雄』といわれる、こちらの世界にとっては魔王たちが、やってくるかもしれない。


 だから──



 ***


「なぁマサムネよぅ。まだ終わんねぇのか?」


 村長の好意で泊まらせてもらっている村長家の客間にて。

 今は親友となった元軍人──ソウが、暖炉の前のカーペットに大の字に寝そべりながら、そう尋ねてきた。


 僕たちは今、異界の軍勢との戦いの傷跡が生々しく残る世界──でも、やっと平和になった世界の各地を旅している。


 平和になった今だから出来る──今のうちにしなければならない事をする為に。


「もう少し。また異界の門が開くかもしれないからね。できるだけ早く準備しておきたいし」

 テーブルの上に広げられた地図に視線を落としつつ、僕は彼の問いに答える。

 そこに

「はい。どうぞ。ホットワインを作ってもらったわ。少し休んで」

 テーブルのかたわらにマグを置いてくれたのは、旅の仲間の薬草師であるナターリヤだ。

「俺には?」

「ないわよ! アンタ既にダルダルに休んでんじゃない!」

 仰向けに寝そべったソウが、ナターリヤにガルガルと怒られた。

 いつものやりとり。

 僕が好きなやりとりだ。

 ソウとナターリヤは、きっとこの旅が終われば所帯を持つ。

 僕の盾となって最前線で傷だらけになるソウと、仲間の傷や病を薬草で治してくれるナターリヤ、二人が親密になるのも当然の事だ。


「ちぇー。優しくされるのはいっつも勇者様だけかよー」

「優しくされたいなら手を動かしなさいよ唐変木」

 二人の言葉に──僕は思わず反応してしまう。

「僕は、勇者じゃないよ」

 テーブルについた手を握りこんで声を絞り出す。

「本当の勇者は兄上さ。僕を庇って死んだ──兄上。僕はただの二番目スペアだったんだから」


 そう。

 僕はただの『代わり』。本当の勇者であり英雄である兄上の。

 武術にも優れ、頭も良く、爽やかで誰にでも優しく接せられる、完璧だった人。


「それは違うよマサムネ」

 その声は、僕の背後から飛んだ。

 振り返ると、カウチに寝そべりながら分厚い本を読んでいた、このチームのブレイン──呪術師のグネヴィアが、ゆるりとした気怠げな視線を僕に向けていた。

 仲間内では最年長。老齢にさしかかる年齢である彼女なくして、異界の門は閉じられなかった。

「確かにアンタは、武術の腕も頭の良さも普通。アンタの兄に比べたら、確かに『英雄』としての能力はない。平凡そのもの」

 援護してくれるかと思った彼女の口からスルスル流れてきたディスりに、僕は苦笑してしまう。

「でもね。アンタには人にはない『魅力』があるんだよ。カリスマ性とも言える。世界中の人々の力を借りられたのは、ひとえにアンタのその『人たらし』の能力だよ」

 褒めてるのか貶しているのか分からない言葉選びに、相変わらずだなぁと思う。

 そんな口の悪い彼女を擁護するかのように、彼女の足元に座る絶世の美男子がフワリと笑った。

「つまり、彼女が言いたいのは。異界の門を閉じられたのは、マサムネだからって事だよ。確かに君の兄上は優秀だった。けれど、彼はその特出した能力故に、俺たちに対して特別な気持ちを割くことはなかった。

 でも、キミは違った。俺たち仲間は勿論それ以外の人、一人一人心情をおもんぱかり、いかれる者、怯える者、無関心を装う者、全ての人たちの事を思い遣って行動した。

 だから、世界中の力を借りる事が出来て、異界の門を閉じる事が出来たんだ。

 キミは──間違いなく勇者であり、英雄だよ。

 ね、そう言いたかったんだよね? マイハニー」

 流れるように言葉を紡ぎ出す彼はファビアーノ。弓の名手であり、隠密活動もこなす仲間にはなくてはならない存在。

 彼が、カウチに寝そべるグネヴィアの足をスルリと撫でて──その手を彼女にバチンと叩かれた。

「撫でるんじゃない。気色悪い」

「マイレディは素直じゃないね」

 やけに白く輝く歯を見せてハハハと笑うファビアーノを、苦々しい目でグネヴィアは見ていた。

 ファビアーノの一方的な熱烈片思いに見えて、グネヴィアはちゃんとファビアーノを大切にしているのを、僕は知ってる。


「僕の力じゃないよ。ソウやナターリヤ、グネヴィアやファビアーノが、自分たちの国やその周辺の人たちを説得してくれたからだよ。

 それに、最後の血路を開いてくれたのは兄上だ。だから──やっぱり、勇者は兄上なんだ」


 僕はただの、勇者の弟二番目だから。


「他人への評価は素直に出来るのに、自分への評価はやけに厳しいねェ」

 ふぅと嘆息し、グネヴィアはまた分厚い本へと視線を戻す。

「それがマサムネの良いところでもあるのよ。放って置けないし、助けてあげたくなる」

 グネヴィアの言葉を受けて、カーペットに寝そべるソウの隣に座ったナターリヤが、僕を優しげに見上げながらそう呟いた。

「母性本能くすぐられるってヤツか。お前、ロクでもない男にひっかかるぞ」

 ガハハと笑ったソウのデコを、ナターリヤはピシャリと叩く。

 やけに良い音がしたので、思わず笑ってしまった。


「それで? 明日はどうするんだい?」

 カウチに寝そべるグネヴィアのスカートの裾を指で弄りながら、ファビアーノが鋭い視線を僕に投げかけてくる。

 その声に、僕は一度大きく深呼吸してから、心を落ち着けて口を開く。


「明日が最後の締めの作業だよ。これで、全部の準備が整う」


 僕は、地図の中心にある、神殿の絵をジッと見つめてみんなに伝えた。


 ***


 神殿の最奥。

 神の像を目の前にして、僕は緊張から一度ぶるりと大きく震えた。


「ふん。こんな像を建てたって、この世界に神なぞいやしないのに」

 グネヴィアが憮然としてそう吐き捨てた。

「それでも神は必要だよ。心の拠り所としてね。人は、理不尽な目に遭った時、偶発的に助かった時などには、目に見えない力のせいだと思いたいものなんだ」

 彼女の横に並び立つファビアーノが、そっと腕を彼女の肩に回そうとして──その手をはたき落とされていた。

 その様子に、僕の緊張が少し和らぐ。


「本当にいいの?」

 ナターリヤが、両手を胸の前でぎゅっと握り込み、悲しそうな顔で僕の事を見ていた。

 そんな彼女に、僕は笑顔だけを返す。

「コイツが、一度言い出したら曲げない事ぐらい分かってんだろ」

 そんな事を言いつつも、ナターリヤと同じような表情をしているのはソウだ。

 彼は、僕の事を分かってくれている。

 もとは兄上の仲間だったが、兄上より──僕の事を見てくれていた。


 僕は、神の像の足元に立ち、クルリと身体を返して四人の方へと向き直った。

 少し離れた場所に立つ四人の顔がよく見える。

 僕の、大切な大切な仲間たちの顔が。


「グネヴィア、始めてくれ」

 腰にはいた剣を鞘ごと外し、僕は両腕でそれを抱きしめた。

 その言葉に応じて、グネヴィアが腕に抱いていた分厚い本を開き、片手を僕の方へと向ける。

 そして、口の中だけで古代の言葉を紡ぎ始めた。

「ファビアーノ。唄を……作った唄を歌ってくれる?」

 僕の要望に応じて、ファビアーノはコクリと頷いてその形の良い唇で天使の歌声を放ち始めた。


 ──異界の門開く時、新しき勇者が目を覚ます。古の伝説に導かれ、神に祝福されし剣を抜け──


「マサムネ!」

 沸き起こる感情に耐えられなくなったのか、ナターリヤがこちらに近寄ろうとする。

 しかし、それをソウが止めた。

 彼女の腕を掴み、そっと、自分の胸の中に閉じ込める。

「アイツの決意を無駄にさせんな!」

 顔を強張らせ、それでも僕から視線外さないソウ。彼の胸に抱かれたナターリヤは、嗚咽を漏らして滂沱の如く涙を流していた。


「ナターリヤ。これは必要な事なんだよ」

 足元から石へと変化していく僕は、まだ動く口で別れを惜しんでくれるナターリヤに声をかける。

「でも……異界の門はもう開かないかもしれないじゃないっ……」

 ナターリヤが、掠れた声で反論する。

 優しい彼女。僕は友達として、彼女の事も大好きだ。

「そうかもしれない。でも、開いてしまうかもしれない。

 僕はね、今回みたいな辛い思いを、ナターリヤの子供たち──その次の世代、その先の世代の人たちに味わって欲しくないんだ。

 でも、この世界には力を貸してくれるような『神様』がいない。だから、次に異界の門が開いた時の為に、閉じる為の方法を残して教えてあげたいんだ。その為の──最後の旅だったんだよ」


 世界各地に、異界の門を閉じるやり方を、後世に残るように、言い伝えや予言として遺すようにお願いしてきた。

 各地の人々は、その地域独自のやり方で、遺してくれると約束してくれた。

 これできっと、大丈夫。

 あとは最後の仕上げだけ。


「分かってる! 分かってるけどっ!!」

「それぐらいにしとけ。辛いのは……お前だけじゃねぇんだから」

 言い募ろうとしたナターリヤの頭を、ソウがそっと胸に押し付ける。


 先程から、古代語で呪術を施すグネヴィアの両目からも、ゆっくりと涙が伝い流れていた。

 そんな彼女の肩を、先程から『伝説として語り継ぐ為に作った唄』を歌っているファビアーノがそっと抱いた。


 首まで石になり、もう瞬きも難しくなってきた。

 最後に、なんとか動く口で、僕の気持ちを仲間たちに──大切な大切な、僕の友人達に伝える。


「ありがとう。君たちがいれくれたお陰で、僕は勇者になれた。

 だから、今度は僕が──」


 次に異界の門が開いた時の為──

 ずっとずっと先の、未来の人たちの為に。


 第二の勇者になりうる人の為に、勇者の伝説を、僕自身が証として残すんだ。



 それが、最初の『勇者』になった、僕の役目。



 了

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