狂った私の狂った基準

大鴉八咫

基準

 一番目にクジを引いたのは彼女だった。私は二番目。


 彼女はクジの結果に満足だったのか満面の笑みで微笑んでいた。

 三番目、四番目、五番目と次々と引かれるクジ。あちこちでその結果に一喜一憂している。


 私は自分のクジの結果を見て、嬉しくも悲しくも無かった。

 私には結果に対する基準が無かったから。


 一番目のあの子は凄い喜んでいるように見える。

 きっと素晴らしい結果だったのだろう。


 私の結果と比べてどうなのだろうか。

 興味があった。


 きっとそれが分かれば私の結果の基準になるだろうから。

 彼女の結果より上ならば良い、彼女の結果より下ならば悪い。

 

 彼女の結果が知りたい、と思った。

 彼女の基準が私の基準になる。

 きっとそれは素敵な事だろう。

 

 他の子と輪になってはしゃいでる彼女の元へ行く。

 彼女の後ろから声を掛けた。

 

「ねぇ、あなたの結果教えてよ」

「え、なんで?」


 振り返った彼女は困ったような顔をしている。

 なんで? と彼女に問いかけられた意味が分からなかった。


「あなたは一番目にクジを引いたでしょ?」

「そうね」

「私あなたの次に、二番目にクジを引いたの」

「そうなのね」

「だから教えて?」

「え、なんで?」


 彼女は再度困ったような顔をした。

 なぜ分かってくれないのだろう、あなたの結果が私の基準になるのに。

 

「私はあなたの次にクジを引いたのよ、ならあなたの結果を基準にしないと駄目じゃない」


 何か怖いものを見るかのように目を見開きこちらを見てくる。


「え、意味が分からない。なんであなたに教えないといけないのよ」


 彼女の周りにいる子たちも奇妙なものを見るようにこちらを見てきた。

 こちらが答えに窮していると、彼女たちはそそくさとこの場を離れてしまった。


 どうしよう、このままじゃ私の基準が分からなくなる。

 

 暫くその場で茫然と立ち尽くしていた。

 気が付くと私の周りには誰も居なくなっていた。

 

 いけない、早く確認しないと私の基準が分からなくなる。

 慌てて私は彼女を探す。

 

 焦燥感に煽られて足がもつれつつも駆けだした。

 

 どこにもいない。

 建物の中にはどこにもいなかった。

 外に出たかもしれない。

 

 慌てて靴を履き、外に駆けだす。

 外に出てはみたものの、周りに人影は無い。

 どの方向に行ったのか見当もつかなかった。

 

 仕方がないので、駅の方へ向かい歩き出す。

 夕暮れ時の駅へと続く道は不思議と人が居なかった。

 

 いつもであれば仕事帰りのサラリーマンや、学校帰りの学生で賑わっている通りが、今は閑散としていた。

 

 ぽつぽつと夕暮れの道を歩きだす。

 しかし、焦燥感にかられ次第に足並みは早くなる。

 最後には全速力で走りだしていた。

 

 誰かが私の姿を見たいたらきっと驚いただろう。

 それだけ私は狂ったように走ってた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」


 息が上がる。

 焦燥感と疲労感で顔が蒼白になり眩暈が起こる。

 それでも足は止められなかった。

 必死に足を動かす。

 

 ただ自分の結果の基準が分からない事こそが怖かった。

 

 駅に着く。

 改札を抜ける。

 

 何故か分からないが確信が有った。

 下りのホームに向かう。

 

 階段を上り、ホームに着くと辺りを見回した。

 確信が確証に代わる。

 

 ホームの端に彼女が一人でいた。

 

「ねえっ!」


 彼女に近づきながら声を掛ける。

 はっとした感じで彼女が振り返る。

 

「もう何なのあなた。いい加減にしてくれない」


 ついに彼女が怒り出した。

 そんな彼女に私は掴みかかる。

 

「ねえ、教えてよ。あなたの結果が分からないと私駄目になる」

「ちょっと離してよ、なんなのあんた」


 彼女は私を引き離そうと私の顔を抑え込み押しのけようとする。

 必死に掴みかかる私と、引き離そうとする彼女。

 

 押し合いへし合い、もつれ合いながら言い合いをする私たち。


「もうわかった、分かったから。教えればいいんでしょ」


 最終的に諦めた彼女が力を抜いた。

 しかし勢いが付いた私は彼女の言葉を聞きながらも、力の流れに逆らえず彼女を線路側に向かって投げ放してしまった。

 

 その瞬間、ドンッという鈍い音と共に列車が通り抜ける。

 少しの間を置き急激なブレーキ音が辺りに響く。

 

 悲鳴が聞こえる。

 先ほどは誰も居なかったホームにいつの間にか人が集まっていた。

 

 遅れて鳴る非常ベルの音、悲鳴と怒号。

 駅員も冷静ではなく慌てふためきながらホーム上の人々の整理をしている。

 

 私は何もできないまま茫然と状況を見守るしかなかった。

 

 彼女が居なくなってしまった。

 私の基準となる彼女が。

 

「くくくっ」


 喉の奥から笑いが湧き出てきた。

 彼女が、基準となる彼女が居なくなった。


「アハハハハハ」


 誰かに腕を掴まれた。

 何か怒鳴られているような気もする。

 しかし、今の私にはどうでもいい事だった。

 

「アハハハハハハハハハハ」


 基準を失った。

 つまり、私が、ありのままの私が新しい基準になったと言う事だ。


 大勢の人が遠巻きで恐怖に顔を引きつらせながら私を見ている。

 

 大丈夫、私は正常です。

 

 だって、基準ができたんですもの。

 

 彼女が居なくなって私が一番目になったのだから。

 

 私が新しい基準となったのですから。

 

 こんなに正常な事は無い。

 

 駅員らしき人に引っ張られ歩かされる。

 

 私の手から握られてぐちゃぐちゃになったクジが零れ落ちた。

 

 私にはもう必要ないものだ。

 

 私が基準となるのだから。

 

 

 

 そばに居た誰かが零れ落ちた紙を拾って中を見た。

 しかしながらその紙はただの白紙だった。

 

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狂った私の狂った基準 大鴉八咫 @yata_crow

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