セカンドペンギン

黒鍵猫三朗

セカンドペンギン

「僕は二番でもいいと思うんだけど。

 だってそれでもそのペンギンのいい顔が見られるじゃないか」


「はぁ? 一番のほうがいいに決まってるじゃない」

 

彼女は怪訝そうな表情で後ろを滑るペンギンを一瞥すると嘴をカチカチ鳴らす。


「ライ。君はもうすでに会社内で一番の売り上げじゃないか。

 現場でもファーストペンギンになりたいということかい?」

 

ライは腹で氷の上を滑りながら胸を張ると言う高等技術を駆使して、ふさふさの羽毛を見せびらかす。


「当り前じゃない。

 一番こそ名誉であり、それ以外に意味なんてないわ。

 うちの会社が魚配達サービス業界で二位なのはわかってるでしょ?

 このままじゃダメなの。レイトは甘すぎるの」


「そうかなぁ。まぁ、とにかく、残りの魚を届けてしまおう」

 

レイトは氷の上にできた滑り心地のいいペンギンハイウェイを下りると二本脚を何とか動かし、その場所に寄合を作るワン一家に近づく。

すぐに一家の長ワン・トゥがレイトに近づく。

 

カチカチと嘴を合わせる簡単な挨拶を済ませると、トゥが切り出した。


「ああ、ペンギンデリバリーさんですか?」


「はい! ペンギンデリバリーです。

 本日も新鮮な魚をお持ちしました。

 ワン・ゼロさんはどこにいらっしゃいますか?」


「こちらです」

 

トゥがどいた先に、そのペンギンは横たわっていた。

レイトはゼロに近づくとその顔を覗き込んだ。

老衰だろう。もう長くない。


「ゼロさん。魚をお持ちしました。お食べになられますか?」


「ああ……、ペンギンデリバリーの方ですか……。

 すみません、もう、魚はいただいてしまったのです……」

 

ゼロはニコリと笑うとレイトのほほを撫でる。

ああ、僕はこの顔が見たくてこの仕事をしているんだ。

レイトはぼんやりとそんなことを考えながら返事をする。


「そうでしたか……」

 

レイトは気持ちよさそうにほほに感じるその感触を楽しむと優しく微笑んだ。


「おいしかったですか?」


「ええ……とってもやわらかくて不思議な味で……おいしかったわ……」

 

ゼロの瞳から徐々に光が失われてしまう。


「なんだか、急に力抜けてきたわ……」


「え!? ゼロばあさん!? そんな!」

 

ゼロは息を引き取った。

トゥはゼロの顔をじっと見つめているとその瞳から涙をこぼした。

ライはいぶかしげにゼロのことを観察した後トゥに話しかけた。


「すみません。

 ゼロさんに先に魚を届けたのはフィッシュカンパニーじゃありませんか?」


「え? こんな時に何ですか……? なんでそんなことを?」

 

トゥは不機嫌そうに嘴をカチカチ鳴らすとライをにらみつける。

レイトはなぜそんなことを?

 というように不思議そうな表情を浮かべてライを見つめる。


「お願いします、大事なことなんです」

 

真摯に頭を下げるライにトゥははぁとため息をついて答える。


「ええ……。そうでした。これで満足ですか?

 そろそろお引き取り願えますか?

 ゼロばあさんの葬儀を行わなければならないので」


「失礼いたしました」

 

レイトはあたふたと立ち上がり、ライとともに頭を下げるとその場から下がった。

ライは黙って先に歩いてしまい、レイトは慌ててライの事を追いかける。

ハイウェイに乗り二人が腹ばいに進むときになってようやく、ライが口を開いた。


「ねぇ、レイト。この前私たちが魚を届けたルイさんの事覚えてる?」


「ああ、あのお爺さん。すでに最高のアジを食べてた……」


「そう。

 私たちが来た時にはフィッシュカンパニーから受け取ったアジを食べていたわ」


「それがどうしたっていうんだ?

 ……そういえばあの人も急に亡くなっていたね」


「それに、マリさん。アイダさん。エイスさん。

 私たちが注文を受けて魚を届けることになっていたペンギンたち。

 全員、フィッシュカンパニーに客を横取りされているわ」


「そんなに気にすることか?」


「気にすることよ。いい?

 横取りされた客、全員亡くなっているのよ?

 おかしいと思わない?」

 

レイトはいぶかしげな表情を浮かべてライを見る。


「でも、言ってしまっては悪いけれど、僕たちが魚を届けるのはそういう弱ったペンギンたちじゃないか。

 いつ亡くなってもおかしくないんじゃない?」


「いや、それでもおかしいわ……。重なりすぎていると思わない?」


 二人はペンギンハイウェイを下り、二本足で歩き始める。


「やあ、お二人さん」

 

シルクハットをかぶったペンギンが二人の前に現れる。

ライは目を細めて相手を見る。


「うわ。噂をすれば……フィッシュカンパニー」


「そちらはペンギンデリバリーですな?」

 

シルクハットのペンギンは手の先をくるくると回して恭しく礼をする。


「そちらのお嬢さんがわが社に探りを入れているようでね。

 いかなる用件でわが社の事をお調べになっているのでしょうか?」


「あなたたちは一体どんな魚を食べさせているのか。

 それが気になっているのよ」

 

シルクハットのペンギンはにやりと笑うとライに手のひらを差し出した。


「それなら、あなたも買ってみるといい」

 

ライは悔しそうに対価を支払い、魚を購入した。

レイトもライに倣って魚を購入する。


「わが社自慢のフィッシュです。ご賞味あれ」


「ライ、大丈夫なのか?」

 

レイトの心配に対してライはフンと鼻息を吐くと言う。


「食べてみないとわからないでしょ。いただきます」

 

ライは魚を一気に飲み込んだ。

ライは魚の香りとのど越しをしっかりと確認する。

そして、恍惚の表情を浮かべて言う。


「不思議な味。……うまいかも」


「そちらの男性の方はお食べにならないので?」


「いえ、僕はライが行動してから動くことにしているだけです」

 

レイトはそういって肩に下げていたカバンに魚をしまう。


「そうですか……今が食べごろなので早めに召し上がってくださいね。

 それではまた」

 

シルクハットのペンギンは帽子を外して一礼するとその場を去ってしまった。

レイトはライに帰ろうと言うつもりでライの事を見た。

しかし、ライの目はいまだにトロンとしたままだった。


「ライ?」


「えー? レイトォ? どうしたのぉ? まっすぐ立ちなさいよぉ……!」


「どうしたんだ?」

 

レイトはライのほほをたたく。


「痛いよぉ。レイトォ。何するのよぉ……」

 

ライの視点はあっちこっちに触れ回り、一点を見つめることがなかった。

と思うと突然ライの目がぐるぐる回り、背中からバタンと倒れてしまった。


「まずいぞ……! 救急隊! 救急隊を呼んでくれ!」


レイトは周囲にいるペンギンに呼びかけた。




「やっぱりフィッシュカンパニーの魚は少しおかしい……。

 レイト……。あんたが何とかしなさい……」

 

病院のベッド(氷の塊)の上でライはもうろうとする意識の中でレイトの手を握っていた。


「何とかって……」


「頼んだわよ……」


「ライっ」

 

ライは気を失ってしまった。

レイトは手をぐっと握りしめると目を細めて地平線をにらみつけた。


「僕がやるしかないんだよな。

 よし、やってやる……! 

 僕はペンギンデリバリーの二番手。

 ライの背中を守る男なのだから」

 

レイトはカバンの中からフィッシュカンパニーから購入した魚を取り出す。

氷の上に置き全体の様子を観察する。

魚はきれいに銀色に輝き、これまでかいだことのないすぐにでも喉を通したくなる匂いが漂ってくる。


「あ、うちの会社の魚とどう違うんだろう……」

 

レイトは自社で扱う魚を取り出すと二つの魚を並べる。

自社の魚から漂う匂いから感じるものは……。


「うちの魚は海臭いな……。これってどういう意味だろう?」

 

レイトは手で嘴を撫でる。手の匂いを嗅いだレイトははっとする。


「あれ? 僕の手からも同じ匂いがする。海の香りだ」

 

レイトは思案する。どうして、自分の手から海の香りがするのか?


「僕は毎朝魚を捕りに行く。

 ペンギンデリバリーは新鮮を売りにしてるから。

 毎朝魚を捕るんだ。

 でもフィッシュカンパニーの魚からはそういう匂いがしなかった……!

 そして、ライのこの症状……」

 

レイトはライの事を笑顔で見つめるとうなずいた。


「ライ! 君の症状は古い魚中毒だ!

 放置された魚を食べた時に起きる症状だ。

 フィッシュカンパニーの魚は長いこと放置されていたものだと言うことだ!」

 

レイトはペンギンデリバリーの人間たちと協力しフィッシュカンパニーが消費期限の過ぎた魚を販売していたことを告発した。

フィッシュカンパニーの噂は瞬く間に広まりフィッシュカンパニーは壊滅した。




「レイト! 早くいくわよ! ファーストペンギンの栄光は私たちの物よ!」


「ちょっと、待ってくれよぉ、昨日まで病床にあったのに、もう元気なのか?」


「当たり前でしょ!

 せっかくフィッシュカンパニーが勝手につぶれてくれて、ペンギンデリバリーが業界一位になったんだから、稼がないと!」


「はいはい!」

 

レイトは前を滑るライをまぶしい思いで見つめる。

 

君が一番を目指すものだから僕は一番になれない。

だからこそ、僕は最高の二番手として君の事を力の限りサポートするよ。

 

レイトは両手を使っ氷を蹴って加速するとライの隣に並び、次の仕事先へ向かった。

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