夜道の百選

エリー.ファー

夜道の百選

 家までの帰り道が暗い。

 暗すぎて。

 何も見えない。

 自宅から高校まで、十二分かかる。

 だというのに、高校から自宅までは一時間以上かかる。

 だから。

 家族には心配され、友達にはバカにされ、隣近所の人たちからは怪しがられた。何かどこかで道草でもしているのではないか。分かりやすい言い訳の裏に、人に言えない行為をしている事実があるのではないのか。

 そんなことなどするはずもない。

 酒と。

 煙草と。

 ドラッグを少々。

 誰にも迷惑を掛けずに、目を血走らせて今日も帰宅する。

 帰宅部になってから多くの人に目を付けられるようになった。元々、喧嘩が強かったのもあったのかもしれない。正直、勝てそうな相手にだけ喧嘩を売っていただけなのに、気が付けば噂になっていた。

 勉強はそれなりにできた。地域で一番頭のいい高校。いわゆる進学校で委員長をしている。素行がどうであるとかは関係がない。そのすべては進学校が持つよくある自由という校風によって守られている。

 投票で票さえ獲得できれば誰であっても、何であっても、委員長という役職は手に入る。簡単なことだ。ただの数字ではあるが、絶対の数字がそこにある。人など誰も見ていないし、そこが何とも心地いい。

 最高ではないか。

 誰も見ていないのだ。

 だからこそ。

 この帰り道で。

 この薬漬けになった自分の体が揺れながら自宅に向かう帰り道で、誰かに見られているような気がした。

 罪悪感など微塵もない。

 道を踏み外しても、誰に迷惑を掛けなければそれでいいではないか。

 求めてくる馬鹿は大体、適当にあしらってここに来た。

「あの、すみません。」

 夜道の光すらない道と道の途切れた谷のような塀の奥で誰かの声が響いた。

「僕に聞いてますか。」

 一人称を僕にして、大人しい高校生のように言葉を吐いた。

「このあたりに、病院はありませんか。」

「ないですね。このあたりは大体工場ばかりなんで。」

「では、一番近くの工場はどこですか。」

「僕の家が工場なので、そこが一番近いですね。」

「一番遠い工場はどこですか。」

「この町で一番遠い工場なら、この町の北側にある工場ですね。」

「何の工場ですか。」

「鰯を袋詰めして海外に発送する工場とか聞いてますけど。」

「そうですか、それより、その制服を着ているという事は、あのあたりにある高校の生徒さんですか。」

「はい、そうですけど。何ですか。」

「豊かですか。」

「まぁ、それなりに豊かな人生だとは思いますけど。」

「一番豊かな人生ですか。」

「いや、どうですかね。でも、一番とかよく分からないですけど、二番目くらいじゃないですかね。」

「二番目くらいに楽しい高校生活ですか。」

「そうですね。」

「貴方の通ってる高校って、近くの核施設の爆発で廃校になってから何年ですか。」

「四十八年です。」

「貴方幾つですか。」

「六十七です。」

「楽しいですか。」

 家に着いた。

 そのまま台所に這って移動して、カーペットの上に嘔吐を繰り返す。

 昨日も、その前の昨日も、そのまた前の昨日も同じだった。吐いた場所に吐しゃ物が次から次へと積み重なるので、気が付くと山になっていた。

 足先で蹴とばして、シンクの上にまで飛ばしてやる。記録更新だ。嬉しかったので、大きな声で叫びながら家の壁を叩く。

「楽しいですよ。」

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