第14話 工程
クロムシティにある宿・酒場『龍のうろこ』の部屋でサンジュウシは一人、ベッドに寝転がっていた。
「はぁ~あ……どうするかなぁ」
キャニオンビレッジから戻って二日が経ち――サンジュウシは悩んでいた。
寝転がったままの手には『この世界の職業全集』が開かれたまま握られている。
「そろそろ働かないと宿代だけでもきつくなってくるしなー……散歩でも行くか」
呟いたサンジュウシはベッドから起き上がって『龍のうろこ』を後にした。
目的は気分転換兼職探し。
ウエイターをしていた時の客に街中で会っても軽く挨拶を交わす程度で何も言われないということはサンジュウシがSランクハンターだと知っている者は誰一人として噂を広めていない、ということなのだろう。
街の中央にある噴水の縁に座るサンジュウシは行き交う人々を眺めながら溜め息を吐いた。
「はぁ……仕事ね。問題は雇ってくれる店があるのかどうか……自営業は無いよな。せめてスキルの確認でもできればいいが……くっそ。思い出せねぇ」
ブラックブリード・エンパイアの世界には戦闘スキルに加えて非戦闘スキル、猫騙しのようなユニークスキルなどを合わせると千以上存在していて、その全てを記憶し把握するのは難しい。
サンジュウシが考えるように頭を抱えていると、目の前を通った男と目が合った。
「ん? あんたは確か――加工屋の」
「ゴウジュだ。あんた、ドラゴンの牙の客だな。こんなところで何をしているんだ?」
「職探し。そっちは? まだ昼間だぞ」
「昼休憩だ」言いながらゴウジュはサンジュウシの横に腰を下ろした。「職探し? 商人じゃなかったのか?」
「色々あって商人は廃業だ」そう言ったところで思い出したように項垂れた。「あ~……そう言えば、また改めて礼に伺うつもりだったんだ。ゴウジュ、あんたのおかげで大勢の者が助かった。ありがとう」
「ドラゴンの牙のことか? それなら礼を言うのはこちらのほうだ。あの加工をしてからというもの仕事の調子が良くてな」
「そうか、なら良いんだが……」
相互関係は不明だが心ここにあらず適当な返事をしたサンジュウシを見たゴウジュは思い付いたように口を開いた。
「職探し、というのはどんな仕事でも良いのか?」
「なんでもってわけじゃないが、できれば戦いとかは避けたいと思っている」
「なら、うちで働かないか?」
その言葉に片眉を上げたサンジュウシは驚いたように隣に座るゴウジュに視線を向けた。
「本気か? まぁ、技術職に就いてみることも考えてなかったわけではないが……」サンジュウシの頭に浮かんでいるのは無数のスキルについてだった。「可能性があり過ぎて、俺に何ができるのかわからないしな」
「加工屋になるには長い修業が必要だが、簡易なアクセサリー作り程度なら数日で覚えられる。だから、うちの手伝いをしながら技術を学ぶのはどうだ?」
「そりゃあ願っても無いが……いいのか? 忙しいんだろ?」
「忙しいから、だな。手が足りないからその手伝いのついでに教えるって感じだ。もちろん手伝ってもらった分の給料は払う。どうだ?」
「……それは――」三秒間の沈黙の後、サンジュウシは大きく息を吐いた。「多くを求めるつもりは無い。よろしく頼む」
「決まりだな。仕事の説明をしたいが、いつから来られる?」
「今から」
そうしてサンジュウシはゴウジュと共に加工屋へと向かった。
店の中に這入ると数日前とは違い、所狭しと加工途中の武器や防具、アイテムが置かれていた。
「見ての通り立て込んでいるが、まずは一通りの加工技術を見せよう。丁度、最もポピュラーな剣加工の依頼がある」そう言ってゴウジュは置かれていた縦長の黒光りする石を持ち上げた。「これは黒磁石。最も多くの武器に使われ、最も加工しやすい鉱石の一つだ。今回の依頼は身の丈にあった剣の作成」
言いながら低い作業台の前の置かれている椅子に腰かけたゴウジュは、黒磁石を台の上に置き、ハンマーとノミを取り出した。
「作業その一はおおまかに形を整える」
台の上の石にノミを当ててハンマーで削っていくゴウジュの手際が良過ぎて異様に簡単そうに見えるが、実際にやるとそう上手くはいかないことを知っているサンジュウシはまじまじと視線を向けながら顎に手を当てた。
「何かコツとかは?」
「微調整はあとでいくらでも出来るから思い切ってやることだな。だが、削り過ぎには注意が必要だ。多めに残す分には問題ない。ほら――こんなものだ」
見せてきた黒磁石は先程までのゴツゴツとした姿とは打って変わり、滑らかですでに剣の形が見えていた。
それを見ていたサンジュウシは不意に疑問符を浮かべて首を傾げた。
「……今更だが石で出来ているんだな。鉄とかじゃなく」
「いや、鉄で作る武器もあるぞ。だが、そういうのは作るのが面倒だから価値が高い。ひと月に一度入るかどうかって感じの依頼だな。じゃあ、次の工程に行くぞ」隣の台に移動すると、そこには柄の長さは変わらないが打突部の小さなかハンマーが数種類置かれていた。「作業その二はより細かく形を整える。ここにあるハンマーは力が伝わり難くなっていて少しずつ削ることができるんだ」
削るというよりは角を潰していくような作業を淡々と熟したゴウジュが指を這わせて出来を確認すると、何度か頷いて見せた。
「どんな感じだ?」
「悪くない。次からが本当に大変な作業だ。鉱石を使っている武器ならどんなものでも手を抜けない作業その三――焼き鳴らしだ」
向かったのは店の奥にある二つの釜の前だった。
片方には銀色をした液体が入っており肌が焼けるような熱を発していて、もう一つには水が入っている。
「まずはシルガム液のほうに石の刃になる部分を浸ける」厳重に分厚い手袋をして鉄のトングで挟み、石を銀色の液体に入れるとバチバチと激しい音を立てた。「そうしたら銀の膜が付いた石を水に浸ける」
すると今度はジュワッと音を立てて大量の水蒸気が上がった。
「この辺は元の世界の刀作りに似ているな」
とはいえ、そもそもシルガム液など存在していないものに対しては興味が尽きないのか、サンジュウシはまじまじとその光景を眺めている。
「そうしたら取り出した石を砥石で研ぎ、再びシルガム液と水に通して、また砥石で研ぐ。この作業を五回繰り返して既成の柄を嵌めたら完成だ。まぁ、この後に鞘を作ったりだとかもあるが、基本的にはどの武器も防具もアイテムも、それこそアクセサリーもこの作業の応用で作ることができる。どうだ? 理解できたか?」
「まぁ、大体な」
「じゃあ、色々と準備もあるだろうから仕事は明日からにするか」
「そうだな。何時からくればいい?」
「店としては十時五時だ。その通りに来てくれればいい」
「はいよ。じゃあ、また明日――いや、明日からよろしくお願いします」
頭を下げて店を出たサンジュウシは、まだ明るい空を見上げて静かに息を吐いた。
「はぁ……さて、仕事だ」
ウエイターと商人に続き、次は初めての技術職――職人だ。
ともあれサンジュウシはゲームの達人であり、新しいことに対する興味と関心も強い。故に、見せる表情は笑顔だ。しかし、問題はいくら稼げるのかなのだ。
残金五百万と少し。金策を立てなければな、と深く心に刻むのだった。
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