第13話 (裏)取引

 昨日、プランBに移ったところからの行動を改めてみよう。


 プランAは何事も無く商談を終えて、山賊に金を渡せば素直に村から出ていく確証を得られた場合。そして、プランBは確証を得られなかった場合、取引の時に何かを仕掛けてくる可能性が高いからイミルが村の住人に何があっても出てこないように伝えておくことだった。


 そもそもキャニオンビレッジ出身のイミルだからこそ信頼されて話を聞いてもらえるだろうということが前提のプランであり、それでいて地の利を生かし身軽に素早く動けることで山賊にバレることなく住人たちに伝えることができた。


 では、その間サンジュウシはどこにいたのか? 山賊のボスには商談があると言っていたが――間違ってはいない。あることを取引するために、クロムシティに向かって駆けていた。


 しかし、知っての通りサンジュウシはモンスターとの戦闘を拒む。故に常々考えていたのだ。どうすれば戦闘を避けられるのか、と。


 答えはシンプルだった。


 使うスキルは二つ――視界独占と対モンスター戦では役に立たないと思っていた猫騙し。元より防御反射なども極稀にしか発動しないスキルだったわけだが、この世界に来てからは自動で全ての攻撃を避けられていた。故に、猫騙しもモンスターに使えるのではないかと仮定し、視界独占でモンスターの動きを止めた直後に意識が戻った瞬間を見計らって猫騙しをすれば長い膠着状態にすることが出来た。


 あとは単純に走った。元の世界では大した運動もしてこなかったサンジュウシだが、ここはゲームの世界でダンジョンの移動も数分と掛からなかったはずだし、移動速度を上げるブーツを履いていたのもあって、一時間足らずでクロムシティまで戻ってくることができた。


 そして、向かったのは雑貨屋だった。


「悪いがもう店仕舞いの時間で――」言い掛けた店主だったがサンジュウシの姿を見て驚いたように目を見開いた。「って、兄ちゃんじゃねぇか。なんだキャニオンビレッジに行ったんじゃなかったのか?」


「行って、帰ってきたんだ。頼みがある。言っていたよな? 腕の良い加工屋を紹介してもらいたい」


「加工屋……って、ああ、アレか。え、今日の今日で良い素材が手に入ったのか!?」


「まぁ、そんなところだ。それで、紹介してもらえるか?」


「それは構わないがもういい時間だしな。明日じゃダメなのか?」


「ああ、今日でなければダメだ。遅くても明日の午前中には完成させてもらわないと困る」


「ん~……そうは言ってもな」


 渋る店主を見たサンジュウシはカウンターに思い切り頭突きするように頭を下げて、背嚢から出した一千万を叩き付けた。


「頼む。金ならいくらでも出す」


「……ま、紹介するって言ったのはこっちだしな。金勘定については加工屋と話してくれ」すると、カウンターの下で何かを書いた店主はそれをサンジュウシに差し出した。「ほら、ここに書いた店に向かいな。兄ちゃんが行くことは伝えておくから」


「ありがとう。助かる」


 メモを受け取ったサンジュウシは書かれている場所に向かって駆け出すと、明かりの点いている建物が見えてきた。看板は『CLOSED』になっているが恐る恐るドアを開けると、頭にタオルを巻いた若い職人が待ち構えていた。


「いらっしゃい。あんたが雑貨屋の言っていた客か? まったくいい迷惑だ。まともにいい仕事をしていると偶にあんたみたいに金さえ出せばどんな無茶でもまかり通るって思っちまう客がいる。世話になってる雑貨屋の頼みだから店を開けたが、しょーもない仕事だったら帰ってもらうからな。で、何を何に加工しろって?」


 まさに頑固職人のような口調だが、サンジュウシは気にすることなく背嚢の中から整理することも無く放っておいたドラゴンの牙を取り出して、目の前に差し出した。


 すると職人は目の色を変えてニヤリと口角を上げた。


「このドラゴンの牙を笛に加工してもらいたい。出来るか?」


「出来るも何も――こんな上等なドラゴンの牙を見たのは久し振りだ。これなら武器でも防具でもどんなものにでも加工できるが、笛だな? 腕が鳴るぜ。いつまでに加工すればいい?」


「できれば明日の午前中までに」


「ハッ、こいつの加工を半日で? 普通の職人なら一週間はかけるところだが――良いだろう。やってやる。そこで待ってな! 超絶技巧を見せてやるよ」


 そう言って開始された作業を眺めながら床に座り込んだサンジュウシは大きく息を吐きながら肩を落とした。ゆっくりと瞬きをした直後――次に瞼を開いた時には店の外は日が昇り、目の前には作業台から立ち上がってこちらに向かってくる職人がいた。


「ほらよ、完成だ。こいつが笛に加工したドラゴンの牙――一級品だ。使い方は知っているか?」


「……いや」


「簡単だ。細いほうを銜えて息を吐くと音が鳴る。すると一キロ以内で最も近くにいるドラゴン一匹を使役することができる。だが、この笛が壊れればドラゴンは元の凶暴なドラゴンに戻る。気を付けな」


「ああ、わかった」ドラゴンの牙を受け取ったサンジュウシは背嚢に仕舞い込んだ。「値段は?」


「負けに負けて五百万だ。こちらとしても良いもんを加工させてもらったからな」


「そうか。じゃあ、これで」金を渡すと職人はその場で倒れ込むように眠ってしまい、時間を確認してみれば、まだ朝の七時だった。「たしかに良い加工屋だ。助かったよ。また、改めて――」


 普通の職人ならば一週間は掛ける緻密で神経を使う加工を半日と掛からず終わらせるには並大抵ではない集中力が必要なはずだ。すでにサンジュウシの言葉は聞こえていないが――床に倒れた職人は満足そうな笑顔を浮かべて眠っていた。


 その笛を持って再び、同じ道を進んで村の前の崖に着いたサンジュウシがイミルと落ち合ったのが九時のことだった。


 そこで交わされたのが山賊のボスとする会話の打ち合わせと、おそらくこれから起こるであろうことの説明だった。


 サンジュウシは推測していた。モンスターを使役するための道具があると知ってから、その道具が壊れたらどうなるのか――そして、その推測が正しければ剥き出しで持ち歩くのは、ただの馬鹿か力を誇示したいだけの馬鹿である、と。


 故に山賊のボスは商人との取引場所に――特にその商人を殺すつもりなら村の住人に晒し者にするためにも使役しているサンドドラゴンの前を選ぶだろうということは簡単に予想が出来た。


 だからこそ、サンジュウシはこの崖の上で銃を構えていたのだ。確実に、間違いなく山賊のボスが持っているドラゴンの牙を撃ち抜くために。


 そして使ったスキルは――何も無い。


 山賊が大鉈を振りイミルを攻撃した瞬間に息を止めたサンジュウシが引鉄を引くと、銃弾は吸い込まれるようにドラゴンの牙を捉えて砕き割った。


 そこからは知っての通りだ。


 キャニオンビレッジの住人に迎えられたサンジュウシは宴会の中心でイミルと共に酒を飲んでいた。


「……そういえばお前、酒を飲める歳なのか?」


「十六歳。飲める」


 ゲーム内設定として飲酒解禁年齢などはないがウエイターをしていた時に知ったのは、この世界は十五歳で成人として扱われて酒が飲めるということだった。つまり、どれだけイミルが子供っぽい見た目だとしても成人していてAランクハンターで、もちろん酒も飲める。


 目の前で酒を酌み交わし、山賊から隠していた食料を口一杯に頬張る住人たちを眺めるサンジュウシは酔いが回ってきたのか眠そうに頬杖を着いている。


「酔うんだな……この世界でも」


「サンジュウシさんは、これから、どうするんですか?」


「あ~……とりあえずクロムシティに戻る。そんで……ん? イミル、お前なんか喋りが流暢になってきてないか?」


「慣れると、普通に喋れるようになる、次第に。それで、どうするの?」


「街に戻ったら、新しい仕事でも探すかな」


「商人は?」


「柄じゃない。常に山賊が相手じゃないにしても今回みたいな争いがゼロなわけじゃないだろ。だから――」言いながらサンジュウシは首に巻いていたストールを外した。「商人は辞めだ」


 すると、横に座っていたイミルは酒を飲み干してサンジュウシに抱き付いた。


「イミルは、ここに残って壊れた村の、復興を手伝う。でも、少ししたら街に行く。その時はまた……一緒に仕事が、したい」


「そうか」ほろ酔いの微睡みの中で、サンジュウシはイミルの頭に手を置いた。「ああ、待ってるよ」


 そう言うと、二人は人肌の体温を感じながら、宴会が続く中で眠りに着いた。


 ウエイターはクビになり、商人は自ら辞めた。


 問題は次の仕事の見立てが何も無いことと、サンジュウシの持ち金が一千万円を切っていることだ。


 山賊に二千万、加工屋に五百万を払って残金は――およそ六百万円。この世界では大金だが、百億を貯めるため働いているサンジュウシにとっては三歩進んで二歩下がった状況だ。


 さて――今度こそ稼げる仕事に就かなければ。

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