第15話 買い出し

 翌日――十一時。


 サンジュウシは街中を駆け回っていた。


「次は……ミル農場で酸化アルコールか」


 メモを見ながら走るサンジュウシは、疲れは感じていないものの息切れをしながら街の南側に向かっていた。


 遡ること一時間前。


 新しく始まる仕事に意気揚々と加工屋を訪れたサンジュウシが店に入ると、昨日よりも増えた依頼物に驚きながら、すでに作業を始めていたゴウジュに近寄って行くとメモを手渡された。


「悪い、出来るだけ急ぎでここに書かれている物を買ってきてくれ」そう言うと作業をしながら傍らに置いてあった財布をサンジュウシに向かって投げた。「金はそこに入っている」


「了解」サンジュウシはメモに視線を落として片眉を上げた。「……じゃあ、行ってくる」


 店を出たサンジュウシはまず雑貨屋へと向かった。


 知っての通り、大抵の物は雑貨屋で揃うし、何よりも都合が良い。この街ではサンジュウシが元ウエイターということを知っている者も多いが、それよりも前にSランクハンターであったことを知っている者は少ない。故になのか、雑貨屋の店主は雑談以外に核心を突くような質問をしてこない。


「書かれていた三つ以外は用意できたぞ」


「どうも」返されたメモを見ながら金を払って渡された商品を収納したサンジュウシは首を傾げた。「どれが無かったんだ?」


「ドクマダラトカゲの肝と酸化アルコール、それと雲丹血石だ」


「どれも持ってない物だから仕入れないとダメだな。売ってる場所わかるか?」


「ドクマダラトカゲの肝は数年漬け込んで発酵させることで珍味になるから肉屋に売ってるんじゃないか? 酸化アルコールはミル農場で作っていると思ったが……雲丹血石はわからねぇな」


「じゃあ、とりあえずはトカゲの肝だな。ありがとう、助かった」


「いんや、またのお越しを」


 雑貨屋を出たサンジュウシは中心街にある商店通りへと足を踏み入れた。


 このエリアはキャニオンビレッジと同じようにゲーム上では存在していなかった場所だ。ウエイターをしていたときは安い食材を大量に仕入れるため決まった農場で買い込んでいたが、街に住む住人たちは基本的にこの商店通りで買い物をしている。


 八百屋、魚屋と立ち並ぶ店の中で肉屋に入ったサンジュウシはガラスケースに並んでいる牛や豚や鶏、そしてモンスターの肉を眺めながら眉を顰めた。


「トカゲの肉はあるが――店主、ドクマダラトカゲの肝はあるか?」


「ドクマの肝ぉ? ありゃあ火を通してもひとかじりで死ぬ猛毒だぞ? 一般人が扱える代物じゃあない」


「一般人じゃない。使うのは加工屋だ」


「ああ……そういうことか。ちょっと待ってろ」そう言って奥に引っ込んだ店主は厳重に密閉されたバケツ型の容器を持ってきた。「いつもなら珍味酒場に売るか捨てるかしてるんだが加工屋なら問題ないな。どこの加工屋だ?」


「あ~……店の名前? ゴウジュの店だ」


「あそこか。なら安心だな。どうせ捨てるもんだ。持ってきな」


「まぁ廃品回収だな。丸ごとでいいのか?」


「ああ、構わん。ちなみにあと二つ同じ容器がある。いるか?」


「いや、とりあえず一つで大丈夫だ。じゃあ、また来るよ」


 そして、ドクマダラトカゲの肝が入った容器を収納して肉屋を出たサンジュウシは中心街から南側にある職人街の農場に向かうためスラム街を駆けていた。


「意外とっ――遠いんだよ、なっ――」


 息も絶え絶えだがさすがは高ランク装備を着込んでいるだけあって走る速度は速い。そのせいかスラム街の不良たちもサンジュウシを一瞥はするが追って来ようとまではしない。


 そうして農場に辿り着くと、息を整えながら肩を上下をさせつつ周囲に視線を向けた。


「はぁ、はぁ……ふぅ。ミル農場ってたしか葡萄園だったよな」思い出しながら見回していると、連なる農場の中に紫の果実を見付けた。「あそこか」


 小走りで葡萄園の向かうと『mill』と書かれた看板を見つけて安心したように息を吐いた。


 人の気配を感じる倉庫のほうへ向かい、開いていた入口から中を覗き込むと大樽の脇に掛けた梯子に登って作業をしている男がいた。


「すみません、酸化アルコールが欲しいんですが」


 声を掛けると、振り返った男が梯子を飛び降りて近寄ってきた。


「酸化アルコール? 何に使うんだ?」


「なんですかね? 加工屋のゴウジュが必要らしくて」


「ああ、加工屋か。じゃあ、いつものだな。ちょっと待っていてくれ」そう言って並んだ大樽の一つから掬い上げた液体を容器に流し込んで戻ってきた。「はいよ」


「あ、どうも」


 酸化アルコールを受け取り代金を支払ったサンジュウシは軽く会釈をして倉庫を後にした。


 思いの外にゴウジュの顔が広く雑貨屋で買えなかった物も意外と容易く手に入ったが、問題は最後の一つ。


「雲丹血石? そんなにレアアイテムでも無かった気もするが……どこだったかな」


 レアでは無い故にサンジュウシの背嚢には入っておらず、高価なものでもないから金を貯めている過程でわざわざ探して手に入れる物でも無い。


「ん~……」呼び起こすのは攻略サイトの記憶だ。「あ、たしか南東の採掘場で採れるんだったか」


 思い出したサンジュウシが農場から東側に進むと切り立った崖に開いた洞窟が見えてきた。


 この採掘場はゲーム内にもあったが、基本的には初期の頃に訪れて武器や防具、売って金を作るために様々な鉱石を採る場所で、慣れてきたプレイヤーはダンジョン内にある採掘場で鉱石を採るから訪れることも少なくなる。当然、サンジュウシのように覚えていない者も多い。


「ひっさびさだな……」


 サンジュウシは背嚢から取り出したつるはしを手に、出入り自由の洞窟を進んでいく。


 ゲームの時はどこでつるはしを振るおうともランダムに鉱石が採取できるが、目の前には種類の違う鉱石の埋まる壁がある。


「雲丹……雲丹……これか」血のように赤く、雲丹のような形状で埋まっている鉱石を見付け、つるはしを振り下ろすと削り落ちた雲丹血石を手に取った。「よし。少し時間は掛かったがこれで揃ったな」


 雲丹血石を収納して加工屋へと駆け出したサンジュウシだったが、心の中では一つある疑念を思い浮かべていた。


 ――現状やっている仕事は辞めたはずの商人の仕入れそのものではないか? と。それも間違ってはいない。むしろ正しくこの仕事に名前を付けるのならば――仲介業者、と言うべきだろう。

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