二番目の銃弾――セカンド・バレット

中文字

第1話

 西部開拓時代。

 開拓者と無法者、鍬が繁栄を銃が退廃を象徴するアメリカ大陸の荒涼地帯。


 荒れた大地の中に、とある村があった。

 年中通して風が強く、常に砂埃が舞う気候から、開拓者は「耕作地にならない」と離れ、保安官は「守るべき者と共に」と去り、法の番人がいなくなったことで無法者たちの吹き溜まりとなっていた。

 他の場所にはいられなくなった、高額の賞金がかけられた犯罪者。街道を荒らして旅人から金品を奪う、盗賊。元の土地から借金で夜逃げしてきた、娼婦。開拓に失敗し挑戦心を失った、落伍者。そして賞金首を狙って旅してきた、賞金稼ぎ。

 そんな人物たちによって、退廃と刹那の快楽が蔓延している村――ダスト・ヴィレッジ。


 その村で唯一の、密造酒ばかりの酒場。

 娼婦が犯罪者にしな垂れかかり、盗賊たちは奪ってきた物品を前に酒盛りをし、落伍者たちは怪しい薬をくゆらせて天国を覗き見ている。

 そんな酒場に、新たに一人の人物が入ってきた。

 喧騒が若干静まり、店にいた全員が侵入者に注目する。


 身長は6フィートほど。筋肉がついているが痩せ型。年齢は20歳をやや超えたぐらい。服装は黒で統一された、テンガロンハット、ダスターコート、ループタイ、皮手袋、ジーンズの上にチャップスとブーツ、そしてガンベルトの中に拳銃――典型的なカウボーイスタイル。

 旅をして村にやってきたのだろう。服装のいたるところに、砂が付着している。


 酒場にたむろする者たちが、素早く値踏みする。

 そんな無法者たちの中を、若いカウボーイが進む。平然と歩く姿は、肝が据わっていることがうかがえた。

 カウボーイはカウンターに着くと、酒場のオヤジに銀貨を放る。


「ビールをジョッキでくれ」

「……はいよ」


 オヤジは足元の樽に木のジョッキを突っ込み、ざばりと音を立てながら引き上げ、そのままカウボーイの前に置く。

 麦とホップのカスが多い自家製のビールを、カウボーイはゴクゴクと飲み干し、ドンッとカウンターに叩きつける。

 その良い飲みっぷりに、周囲から見直したと口笛が飛ぶ中、オヤジがカウボーイに問いかけた。


「あんた、どうしてこの村に?」


 誰もが知りたかった質問に、再び喧騒が静まっていく。

 カウボーイは「もう一杯」とジョッキを突き返しつつ、質問に答えた。


「俺の名前はセヴィト。ある男を探している。ヴィットー・ラガという名前だ」


 その名前は、この村で一番の有名人だった。


「……兄ちゃん。賞金稼ぎか?」


 オヤジが聞き返してしまったように、ヴィットーは有名な賞金首だ。それも並み居る賞金首を倒しに倒し続けたことで賞金額が跳ね上がっており、その首と引き換えにすれば1000エーカーの農地が買えてしまうほど。

 そんな人物に用がある者といえば、賞金稼ぎぐらいなのだが、カウボーイは首を横に振る。


「賞金稼ぎじゃない。ヤツに恨みがあるだけだ」


 私怨という言葉に、酒場の無法者たちは色めき立つ。復讐心は、無法者たちが理解しやすい感情だったからだ。


「いいぞ、カウボーイ! 腰の銃で、憎しみの弾丸を打ち込んでやれ!」

「ヴィットーを呼んで来いよ! この兄ちゃんを、男にしてやろうぜ!」


 ワイワイと騒がしくなる酒場に、再び来客。


 入ってきたのは、五十手前の男。幽鬼のように落ちくぼんだ目がある顔には、伸びた灰色混じりの無精髭。生え際が交代した灰色と茶色の頭髪をオールバックに固めている。衰えが見えつつも鍛えられている肉体に、くたびれたスーツを着ている。

 そんな全体的に衰退しつつある姿の中で、その腰にあるガンベルトと真っ黒い拳銃だけが、新品同然に輝いていた。


 酒場の客たちは、その男を見て、歓迎の声を上げる。


「ヴィットー! お前にお客さんだぜ!」

「お前に復讐したいって、やってきてんぜ!」


 ヴィットーは囃し立てる客たちを睥睨し、そしてカウボーイに目を向ける。


「お前か。俺に用があるというのは」

「ああ。お前を殺しに来た。決闘を受けて貰おうか」


 ビールを飲み干し、カウボーイがカウンターから立つ。

 ヴィットーはカウボーイの立ち姿を見てから、顎をくいっと動かして、店の外を示した。



 店の外。十歩分の距離を離して、カウボーイとヴィットーは向かい合う。

 二人のちょうど真ん中に、酒場のオヤジが立つ。手には、カウボーイが支払った銀貨。


「このコインが落ちたときが、決闘開始だ」


 儀礼的にオヤジが良い、親指でコインを弾く。

 空中でコインが回りながら登る姿を、観客が見る。ヴィットーも腰の拳銃に手を添えながら見る。

 ただ一人。カウボーイだけが、コインではなく、ヴィットーを見ていた。


 コインが上がりきり、そして落ちていく。

 コインの位置が、頂点から地面までの真ん中に来たところで、ヴィットーは視線をカウボーイへ向ける。

 ここでヴィットーは気付く。カウボーイが銃に添えている手が、左手であることに。そして彼の構えがヴィットーのものを鏡移しにしたように、瓜二つであることに。

 だがヴィットーの心は騒めかない。左手の相手も、構えを真似る奇策も、過去の対戦相手で経験済みだったからだ。

 落ち着いた心のまま、ヴィットーは銃を握り、抜き始める。直後、コインが地面を打つ音。


 地面にコインが落ちる寸前でのフライング。これがヴィットーの負けなしの秘策。コンマ数秒で生き死にが分かれる抜き打ち決闘の場でこその、絶妙なイカサマだった。

 決闘から離れて見る観客には、コインが落ちると同時にヴィットーが銃を握ったようにしか見えない。

 審判役の酒場のオヤジは分かっているかもしれないが、中立を保つことで生きながらえてきた人物であるため、なにかを言ってきたりはしない。

 そして対戦相手は、決闘で撃ち殺されるため、フライングだと苦情を言うことは出来ない。


 現実、ヴィットーが銃口を相手に向けつつある中で、カウボーイは半秒ほど行動が遅れている。

 まさに確勝の場面。

 ヴィットーは勝利の確信を得ても、決闘巧者らしく有利である半秒のその半分の時間を使って狙いを定めてから、拳銃の引き金を引いた。

 瞬きするほどの間の後で、飛翔した弾丸がカウボーイを貫く――そのハズだった。


 決闘の場に響く、二つの銃声。

 『二番目の銃声』――カウボーイのものは明らかに一歩遅かった。

 しかし銃声の直後、不可思議な音がした。

 金属に弾を撃ち込んだような、響きが震える甲高い音。明らかに人体に弾が入り込んだものとは違う。


 音の直後、ヴィットーとカウボーイの間――カウボーイの手前側に落ちるものがあった。

 それは二つの鉛玉が正面からぶつかり、潰れて混ざった金属玉。


 銃弾の正面衝突。天文学的な確率の下で現れる現象が、起こってしまっていた。

 誰もが初めて見る光景に呆然とする。

 長年決闘で生き残り続けたヴィットーでさえ、束の間決闘を忘れるほど。

 その中で、動く人が一人。

 カウボーイは、この現象が現れることを知っていたかのように、ごく普通に手を動かし、銃の照準をヴィットーに向け直していた。

 そして――回転弾倉の二番目の薬室にある弾が発射され、ヴィットーの胸を貫いた。



 無敵のヴィットーが倒されたことに、観客は復讐を果たしたカウボーイを讃えている。

 地面に仰向けに倒れて血を口から吐くヴィットーに、カウボーイは近寄り、ヴィットーの手にある拳銃を踏み付ける。

 しかし、止めは刺さない。まるでヴィットーが、苦しんで死ぬのを待っているかのように。

 

 ヴィットーは血の咳を出しながら、口元に笑みを浮かべる。


「ぐふっ。あの、鏡映しの構え。狙った、のか?」


 ヴィットーの言葉に、カウボーイが答える。


「俺の早打ちは、生まれた村ですら二番目だった。決闘で連戦連勝のあんたに勝てる腕前じゃない。だから勝ち方を考えた」

「では、あの弾は」

「ああ、狙ってやった。俺が相手の構えを真似して撃つと、なぜか良くああなる」


 最初から二番目の弾で決着を付ける気だった事実に、ヴィットーの笑みが深まる。


「誰の、復讐か、聞かせてくれ」


 それさえ聞ければ心残りはないという響きの声に、カウボーイは静かに答える。


「俺の母の復讐だ。短絡を起こして賞金首となったアンタの所為で、村の人たちに迫害されながら、俺を女手一つで育てて死んだ母のためだ」


 その理由に、ヴィットーは愕然とする。


「それでは、お前は」

「俺は、セヴィト。二番目(セカンド)のヴィットーを縮めた名前が示すように、アンタの息子だ。そんな気分は、欠片も持ってないがな」


 カウボーイ――セヴィトの表情も心情も、実の父親が死ぬ寸前だというのに、欠片も揺れていない。

 ヴィットーはセヴィトのその姿を見て、驚愕から納得に変わる。


「息子に殺される、か。ぐふっ。最後の最後で、良い人生だ、った」


 ヴィットーは言葉を吐いて、呼吸が止まった。

 セヴィトは脈で死亡確認すると、ヴィットーの拳銃を拾い上げて後ろ腰に差し入れる。そしてヴィットーの開いたままの目に手を添え、瞼を下ろした。


「母さんの遺言はな「お前の父さんを今でも愛しているの。いつか天国で会う日が楽しみだわ」だった。だから、一秒でも早く母さんとアンタを再開させてやると墓に誓った」


 真実の告白の後で、セヴィトは大振りをナイフを腰から抜く。ヴィットーの首を落とし、ヴィットーの上着で包み込む。

 無法者たちが不敗を誇った男が死んだことに祝い酒を飲む中、セヴィトは乗ってきた馬の鞍にヴィットーの生首を括りつけ、村の喧騒に背中を向けて立ち去った。


 この後、セヴィトがヴィットーの首を換金して賞金を手にしたのか。それとも首だけでも故郷の母の墓に入れたのか。それはセヴィトだけが知っている。

 しかし、この日からあるガンマンの噂が、西部に流れ始めることになる。

 連戦無敗の強さに伝説の賞金首であるヴィットーを引き合いに出して『ヴィットーの再来(セカンド)』と呼び、常に初撃で相手の銃弾を弾き二番目の弾で相手を下す戦い方から『セカンド・バレット』とも呼ばれるようになる、そんなガンマンの噂が。

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