第六十三話 演劇部部長の企み

 呼びかけられて、声のした方向に顔を向ける。前方、雪江と剛の間にその男は立っていた。瀬田寅彦――その温和そうな風貌には似合わないごつい名前。クラスから与えられしあだ名はトラちゃんだ。本人はそれを嫌がるが。


「何の話だ?」

「『何の話だ』とは、なかなかけったいな言い方だねぇ。もうちょっと、愛想よくしてくれてもいいんじゃない?」

「回りくどいな。演劇部の本領発揮か?」

「そう! それだよ、白波君!」


 びしっとキレのいい動きで、彼は俺に指を突きつけてきた。顔もよく決まっている。……悲しいかな、男子高校生にしては幼い顔立ちだからあまり迫力がない。


 しかし、瀬田ってこんなキャラだったかな。もうちょっと大人しい奴、という印象だったんだが。少なくともこんなに芝居がかったことはしていなかった。

 同様の感想をアリスたちも抱いたらしい。なんとも言えない表情で、呆れたように彼のことを見ていた。例外は二人。鉄仮面が標準装備の湊さんと、恋バナ大好き吉永さん。


「瀬田君、人を指さすのは感心しないわね」

「えへへ、盛り上がっちゃってつい……」

「学祭の時期だもんね! わかるよ~、私も張り切っちゃってるから!」

「唯さん、吹奏楽部ですものね。絶対、演奏観に行きますから。幸人さんと!」

 へー、吉永が部活やってたの初めて知った――じゃなくって。


「決定なのか、それは……」

「むっ! それは吹部に対する挑戦状と受け取ってよろしいかな?」

 露骨に部員がこちらを睨んできた。

「いや、よろしくないから。ちゃんと剛と、あと学も連れて観に行くから」

「ぶーっ、二人っきりがいいです、アリスは!」


 誰かが憤っている気がするけれど、気のせいだろう。


 ……と思って無視したら、顔をぐんぐんと近づけられた。とりあえず「わかった、わかった」とその場しのぎな言葉を用いて宥めておいた。


「それで、演劇部もなにか出し物をするのですか?」

 落ち着きを取り戻したアリスが瀬田に尋ねた。

「そう、そうなんだよ、明城さん! 当然、劇をやるんだけど、それこそ、うちの学祭の一番の目玉さ」


 彼はぐっと胸を反らして、自慢げな仕草をする。目を瞑っちゃったりなんかして、鼻を一つ思いっきり鳴らした。


「……ねえねえ、幸人。トラちゃんあんなこと言ってるけど、去年そんなにお客さんいなかったよね?」


 今日は右隣りに座る学が俺の耳元で、彼に聞こえない程度の声量で話しかけてくる。

 昨年の学校祭は、剛もいれた三人で苦痛な時間を過ごしていた。出店を回るのも飽きて、体育館で行われるパフォーマンスを観に行くことにした。確かに演劇の時間になったら、ごっそりと人が減った気がする。つまらなかったわけじゃないけど、じゃあその内容は、と問われると……。


「しーっ! 滅多なこと言うな。いつもとは様子が違うから、聞こえたら何されるかわかんねーぞ」

「あの、何をひそひそしていらっしゃるのかな、お二人は」

「すまない、こいつらひそひそ話が趣味なんだ。許してやってくれ、瀬田」

「とんでもないでたらめを言うんじゃない! ――こら、アリスも一々冗談を本気にするな」

 俺の恋人は軽蔑したような顔をこちらに向けてきた。


「あーあ、白波君ったら、いっつもアリスちゃんのこと気にちゃって。デレデレだねぇ」

「もうちょっとTPOというものを弁えた方がいいわ、二人とも」

 雪江は俺とアリスの顔を交互に睨んだ。

「えっ、わたくしも、ですか!?」

 心の底からわかっていない感じの我が彼女……ダメだ、こいつ。

 

 たぶんみんな心の中で思っただろう。お前が一番だぞ、っと。少なくとも俺は内心自省しつつも、非難の眼差しをあいつにプレゼントした。


「とにかく、だよ。白波君。本当に覚えてないのかい? ――明城さんに演劇に出演してもらうって話」


 先ほどまでとうって変わって、真面目腐った表情で奴は言ってきた。それはきっと演劇部部長としての瀬田寅彦の姿なのだろう。

 ……覚えてはいたが、切り出すタイミングがなかった。先週の木曜日の放課後のことだった気がする。『明城さんに劇の出演依頼をしたいんだけど』そう頼まれた。その時に『返事は少し待ってくれ』と返した。微妙な時期だったから。

 というのも、テストの結果でアリスに勝って華麗に告白という考えに雁字搦(がんじがら)めにされていたからだ。瀬田の話はその後でもいいと、結論付けた


「あ、あの、わたくしが劇に……!? それ、初耳なのですけれど」

 彼女はとびきり驚いた顔を見せた。

「やっぱりか。はぁ、こんなことなら直接頼めばよかったなぁ」

「じゃあどうして、初めからアリスさんじゃなく幸人に話したの?」

「いや、だってその、接点なかったからさぁ」

 もじもじと恥ずかしがる姿は確かにいじりがいがありそう。さすがマスコットキャラ。


「瀬田君は普段は大人しいもんねぇ」

「……吉永は瀬田のことよく知ってるんだな?」

「いや、そこまでじゃ……ただ去年同じクラスだっただけだよぉ」

 剛の方をチラ見しながら、またしても新事実を彼女は教えてくれた。


「とにかくお願いだ! わが古井戸高校の演劇部には、明城アリスさん。キミの力が必要なんだ!」

「いえ、あの、わたくし、そういうことについては不慣れですし……」

「そもそもなんでアリスなんだ?」

 実はそれは聞いていなかった。

「いや、彼女を見ていたら物語が湧いてきてさぁ。それはこんな――」


 悦に入った表情で、彼はそれについて語り始めた。昼休みの退屈しのぎに、と俺たちは大人しく耳を傾けることに。





        *





 昔あるところに、悪い魔法使いを退治した剣士がいました。彼は国に帰るとさっそく王に呼び出しを受けました。その席で、王女との結婚するよう求められました。


 二人が元々恋人同士だった……とかではなくて、それはただの政略結婚でした。戦士もそれがわかっていましたが、断りはしませんでした。


 ほどなくして結ばれた二人は穏やかな結婚生活を送ります。しかし、そこに一人の妖艶な女性が現れるのです。彼女は侍女として二人の身の回りのお世話をすることに。


 だが、その女性。実は先に剣士が倒した魔法使いの娘でした。彼女はかたき討ちをするために、彼の前に現れたのです。


「――そして、なんやかんやあって恋に落ちた剣士と魔法使いの娘。しかしそれを周りが許してはくれず、最後には激怒した国王の手によって殺されてしまう。というのが簡単なあらましさ」


 演劇部部長はとても感激したような表情で物語を締めくくった。さすが本職と言うべきか、その語り口調は目を見張るものがあった。短い時間だったが、そこはかとなく臨場感を感じさせた。……なんやかんやの部分で台無しになったけどな。


「で、それ原作はなんなの?」

「トラヒコセタオリジナル」

 英語っぽく彼はくぐもった口調で述べた。

「なんでそれっぽい風に言ってるんだ、こいつ……」

「俺も気になるけど、まあそれくらい大目に見てあげようよ、剛」

 同じ中学三人衆は神妙な顔をしている。


「あのさ、瀬田君。その話のどこに、アリスちゃん要素があるのかな?」

 吉永もとても不思議そうな顔をしていた。

「魔法使いの娘さん。明城さんの見た目にぴったりじゃない?」

「……幸人さん、わたくし、そんな風に見えるんでしょうか」

 少し唇を噛んで彼女は悲しそうな顔をこちらに向けてくる。

「いや、その、あれだ。神秘的ってやつだ。いいことだぞ」

「そうですか、ならよかったです」

 彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 

 適当な出まかせだというのに、彼女は簡単に引き下がった。恐ろしく単純な奴め。その将来が少しだけ心配になる。


「そもそもの話、これは演劇部の出し物、なのでしょう? 部外者に出演依頼だなんて、筋違い、ではなくて?」

 冷たい視線が雪江から瀬田に向かう。

「いや、そうなんだけど……部員、少なくてさぁ」

「でも、わたくしにはとても荷が重いというか……お芝居の経験もありませんし。無理ですよ」

「そこを何とか、お願い! もう脚本は部内会議を通過してるんだ」

「キャスティングもままならないのに、よくそんなことになったもんだな……」

「それくらい人が少ないってことさ。総部員数八人!」

 なぜか彼は自信満々に教えてくれた。


 それは果たして大丈夫なのだろうか。というか、日々の活動は? 気になることは山ほどあるが、あえて突っ込まないことにした。藪蛇感がする。


「そんなに長くない劇だから。練習でそんなに拘束しないし。もちろんお礼だってするよ!」

 なおも食い下がる演劇部部長。もう必死である。

「あのさぁ、瀬田。もう少し身の丈に合うものを考えた方が良いんじゃないか? 去年はそうだったろ」

「うっ、さすが大力くん。それは正論なんだけど、どうしてもやりたいというか……ぶっちゃけ、もっと演劇部の存在をアピールしたいんだよ!」


 ばしんと部長殿は机をたたく。それは彼の心からの訴えのように見えた。部長として、現在の演劇部の在り方に想うところがあるのかもしれない。……部員たちと総意が取れてるのかが不安なんだけど。


「……いえ、やっぱり無理です。幸人さんと過ごす時間も減っちゃいますし」

 まあそうだろうな、なんとなくアリスの答えは想像がついていた。

「だったら、白波君が主演をやればいい!」

「それ、もはやそれ、演劇部の劇じゃないだろ」

「平気、平気! たぶん、部のみんなも反対しないだろうし。とにかく僕はこの頭の中に降って湧いた物語を形にしたくて仕方がないんだ!」


 とんでもないことを言ってるな、こいつ……。まさかこんなに、強引な人物とは思いもよらなかった。人は見かけによらない、ということか。

 しかし、それくらい自分が考えた物語に本気になっている、ということの表れである。少しだけ、そんなに夢中になれることがあるのが羨ましい。


 実を言えば、彼が語る話を聞いた瞬間から胸がやけにざわついていた。既視感がある……いや、創作物としてはありきたりなのかもしれないけれど、なんとなく心のどこかに覚えがあるような気がしていた。でも、それは未だにはっきりとはしていない。


「――なあ、アリス。俺がやるって言ったら、お前やるのか?」


 俺がそう言うと、瀬田の顔はパーッと明るくなった。感激したあまりに強く俺の手を握ってきた。


 しかし、そのほかの五人はただただ呆気に取られている。付き合いが浅い吉永以外は、やがて怪訝そうな視線を俺に向けてくるのだった。

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