第三十三話 きっかけ

「ユーキトさん! 帰りましょー」

 帰りのホームルームが終わるや否や、明城が声をかけてきた。


 ここのところ、毎日の出来事。まるで時報だ。こいつの声と、チャイムが放課後を知らせる合図だ。


「ああ、はいはい。いいよな、剛?」

「承諾を求めるなら、せめて腕を離してくれないか、幸人……」


 今までの戦績は二勝三敗といった感じ。こいつ、経験値をたんまりモンスターの如く、すぐに逃げ出してしまう。

 だから、即座に右腕を斜め前に伸ばしたわけだった。座ったままの姿勢で、膠着状態が続く。


 変に気を利かせているんだろうが、余計な気遣いというもの。少しは彼女と仲良くなったとはいえ、しょっちゅう二人っきりは少しきついというか……。とにかく、友人がいた方が助かるのは事実。


「じゃあ、三人ともまた明日~」

 そんな揉めている俺たちをよそに、学は颯爽と教室を出て行こうとする。

「小峰さん、さようなら」

 俺と剛も少し遅れて、奴に別れの挨拶をくれてやる。


 大会が近いからか、いつもより急いでいるように見えた。どことなく楽しそうだったし。どこぞのよろしく、あいつは人と競い合うのが好きだった。


 とにもかくにも。帰宅部三人組の話に戻る。剛はまだ渋い表情をしていた。


「二人で帰ればいいじゃねえか。俺がいたらお邪魔だろ」

「それは違います。わたくしたち、ユキトさんの友達なのですから、一緒でも問題ありません!」

「……よくわからん理論だな」

「右に同じ……だが、俺にとっては好都合。ということで、な?」

「へいへい、わかりましたよー。一緒に帰らせていただきます」


 慇懃無礼な態度でそう言うと、諦めたように彼はがっくりと肩を落とした。あからさまなため息まで聞こえる。

 それで、俺は奴を開放してやった。荷物を纏める作業に戻る。


「どっか寄ってきましょーよ」

「パス。金欠」

「うわー、そんな冷たく誘い断ることねーじゃん。明城が可哀想だ」

「そうです、大力さんの言う通りです。なんだったら、わたくしがデート代くらい出します!」

「女友達と遊びに行くことは、たぶんデートと呼ばないし、第一オゴられるなんてかっこ悪いこと、できるかよ」

「そういう意地張っりなユキトさんも素敵です!」


 なぜか奴は感激していた。ちょっと目を見開いて、その瞳の奥がキラキラと輝いている。


 女心……いや、明城アリスの思考回路はよくわからないな……。どこにそんな心打たれる要素があったのか。全く持って意味不明。


「とにかく却下だ、却下!」

「でもユキトさん、あれから遊びに連れてってくれないじゃないですか!」

「……アレ、ソウダッタカナー」


 俺は動揺を隠せないでいた。目を逸らして、あからさまに口笛を吹いてみる。


 事実としては、先々週の土曜日以来、こいつとどこかに行ったことはない。こうして、学校の行き帰りを共にするくらい。


 おそらく、俺が誘えば二つ返事にこいつは了承してくれるだろう。しかし、その勇気が出せず。それになにより、今までの経験不足がここにきて効いてきた。どこに行けばいいのか、全くわからない。ということで、そのままにしてきてしまった。


 今みたいに、向こうから提案してくることももちろんあったが、そこはなんとなく気恥ずかしくていまいち乗れないでいた。変なプライドが邪魔をするのである。


 正直なところ、何か失敗したらと思うと、気分が重くなるのだ。無理した結果、今の関係が壊れることをつい考えてしまう。だからつい、このどっちつかずの状態に甘えてしまうというか……。


「おいおい、今日は付き合ってやったらどうだ? それは、さすがに放置プレーが過ぎるだろ」

「大力さん、いいこと言いますね。そうです、ほうちぷれい? とにかく、そろそろ構ってくださいよ~」

「いや、放置プレーってな……」


 ふくれっ面をみせる明城。そのまま顔を近づけてくる。無言の圧が強い。


 ……はあ。まあいい機会か。上手い感じに、剛の手によってお膳立てされている気はするけど。躊躇いがちに答えを返そうと思ったところ――


「おーい、アリスちゃん。これから、遊びに行かない?」

 そこに柳井たちがやってきた。ずいぶんと久しぶりな気がする。


 あの昼休みの騒動以来、俺と明城は少し周りから距離を置かれていた。まあ俺は元からだからいいんだけど。明城の方も、その前の時点で転校生ブーストが終わっていたようだからあまり状況に変わりがなかったが。

 普通にしていれば、クラスの人気者だったろうに。本人は、そんなこと気にする素振りがないから余計なお世話だが。


「ダメです。ユキトさんとお出かけするので」

「いやいや、まだ決定じゃないから」

「ねえねえ、やっぱり二人って付き合ってんの?」

 

 寒河江がデリケートな問題に、躊躇うことなく首を突っ込んできた。ニヤニヤと何かを勘ぐるような笑みを浮かべながら。

 見た目通りの型破りな奴め。俺は思わず眉を顰める。


「前も言ったと思うけど、それはない」

「そうですよ。わたしたち、友達から始めるんです!」

 果たしてそれは援護になってるんだろうか。甚だ疑問である。


「ってことはさ、俺にもチャンスがあるわけじゃん。結構、アリスちゃんのこといいと思ってんだよね~」

 しかしそこはクラスきってのチャラ男。すかさず攻め込んでくる。

「アリちゃんも、白波にばっかこだわってないで、もっと外に目を向けた方が良いよ~」

「ねー。見た目もそうだし、スポーツも勉強もできるし、選り取り見取りだよ」

「第一さ、白波なんかつまらない奴といても不釣り合いなだけだって」

 などなど。


 とまあ、連中好き勝手なことを言ってくれる。しかし、俺も一理あると思えて、ただ黙って聞いていた。

 すると、よりヒートアップしていく。段々と、内容が俺への非難に代わった。まとめると、こんなモブキャラは明城に相応しくない。そういうことらしい。


「そういうの余計なお世話だって言うんだぜ? お前らに幸人の何がわかるってんだよ」

「なんだよ、大力は関係ないじゃん。ガリ勉は黙って、勉強のことだけ考えてろよ」

「お前らだって、部外者だろ。明城は、幸人に事しか眼中にない。んなこと、見てたらわかる」

「そもそもそれがおかしいのよ。どうして、こんな何のとりえもない奴が――」

「ねえ、そろそろお開きにしたら?」


 よく通る声で寒河江の言葉を遮ったのは、雪江だった。あいつは、今まであの何考えているかわからない冷たい目つきで、ずっと黙ってた。

 

「これ以上ここで言い争っていたら、掃除の人に迷惑でしょう?」

「ほら、ユキトさん、大力さん。行きましょ? ――ということで、皆さん。また明日~」

 強引に奴は俺の腕を引っ張った。


 差し伸べられた意外な救いの手のお陰で、俺たちは難を逃れた。そのまま、さっさと教室を後にすることに。

 昇降口までの短い道中、俺はさっき言われたことをずっと考えていた――

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