第三十四話 決意

 いつか寄ったハンバーガーショップに俺たちは来ていた。あの時とは違って、雨宿りとかいう消極的な理由じゃない。ちょっと話しておきたいことがあったのだ。


 剛もいる。奴は一緒に来ることを誇示したけれど、俺が無理を言ってついてきてもらった。別に明城と二人きりが嫌だったんじゃなくて、別の理由。それは、これから二人に話そうと思うことに関係する。


「で、なんだよ、改まって話がある、だなんて?」

「愛の告白……ではないですよね。大力さん、邪魔ですし」

「あの、明城さん? ひどくない?」

「はっ! 申し訳ありません。ユキトさんのご友人に、失礼なことを……。つい、目についてしまったものですから」

「うん、あまりフォローになってないな、それ」


 俺が黙っていると、二人による漫談が始まってしまった。とても珍しい組み合わせで、少し眺めてみたい気もするけど。


「さっき柳井たちに言われたこと、ずっと考えててさ」

「あんなの気にすることないって。お前のこと、何もわかってないんだから」

「聞く人が聞いたら、誤解しそうな言い回しだな、それ」

「あの……もしや、お二人はそういう関係で? いえ、いいのです。このアリス、貴方様のどんなことでも受け入れる覚悟はできています!」

「……そういえば、すぐ近くにいたな」


 俺は呆れて首を振った。とりあえず、しっかりと訂正をしてから、話を元に戻す。全く余計な手間をかけさせやがって。


「でも、わたくしも大力さんと同意見です。ユキトさんは十二分に素敵ですよ?」

「しかし、周りはそうは思わない。明城みたいな、超絶完璧美少女にはそれなりの相手が相応しいと考える」

「ちょうぜつかんぺきびしょうじょ……ユキトさん! もう一回言ってください!」


 彼女はその大きな瞳を、これまたぐっと見開いた。ちょっと鼻息が荒い。いくらなんでも興奮しすぎだと思う。


 俺の隣に座る剛も呆れていた。なんとも言えない表情のまま、話の供として選んだシェイクに口を付ける。この男意外と、甘党なのだ。『頭脳労働の後は甘いものと相場が決まってる』というのが、こいつの理論。鞄にもチョコレート袋を入れて、毎日持ち歩いている。


「誰が言うか。……とにかく、俺と明城が釣り合わない、というのは事実だろ」

「そうでしょうか? そんなことないと思いますけど」

「そうだぜ、わが友よ。こういうのは、お互いの気持ちが大事。二人が互いのことを好きだと思ってるなら、それでいいじゃねえか」

「えっ! ユキトさん……ようやく、わたくしのことを!?」


 ったく、剛の野郎、変なこと言いやがって……。俺は思わず、視線を逸らした。何かを期待するような明城の顔を、それ以上見ていられなかった。


「とりあえず、それはおいておいて――」

「おいておかないでくださいっ!」

「訊きたいんだけど、前世の俺……ユキト様も、こんな何のとりえもない平凡な奴だったのか?」

「そんな……ユキトさんは平凡なんかじゃ――」

「いいから。それは俺が一番わかってることだし」

「そんなことないです。ねえ、大力さん?」

「うーん、どうだろうな。それについては、俺は何も語らないことにしてるんだ」

 剛はもったいつけたように口角を少し上げた。


 どういう意味なのか。小学生からの付き合いの俺にも、全くわからなかった。こいつはわりかしどんなこともズバズバとはっきりと言う性格なんだが。


 とにかく気を取り直して、もう一度明城に質問をぶつける。


「そうですねぇ……武芸百般、頭脳明晰とは謳われてましたね。それ以上はノーコメントです」

「今風に言えば、運動も勉強もできるってことだろ。俺とは大違いだ」

「そんな卑屈にならなくても……。別に、わたくしはユキト様のそういうところが好きになったわけじゃないですから」

「そうなのか?」

「前にもいったと思いますが、真面目でひたむきな姿です。あと、こんなわたくしに目をかけてくれる優しいところ。それは、今のユキトさんも同じだと思いますよ?」


 よくもまあぬけぬけと、真面目な表情でそんな恥ずかしい言葉を語れるもんだ。明城は真剣そのもの、真直ぐに俺の瞳を見つめている、


 それにしても、こいつには俺の姿がどう見えてるのやら。真面目じゃなくて、つまらない人間なだけ。ひたむきなところはない。優しいんじゃなくて、嫌われたくない……まあ、そんなところ。そういう自己分析はとうの昔に済ませてあった。


 今まではそれでよかった。外からは無気力に見える感じに、俺は学生生活を送ってきた。自分は別に特別な人間ではないのだと、どこか達観した想いをずっと胸に抱えていた。


 にもかかわらず。最近は何か気持ちがおぼつかない。日常に大きな変化はないというのに、おぼつかなさを感じていた。自分はこのままでいいのだろうか、とある種失意に似た疑問がふとした瞬間に起こる。


 その原因がさっきわかった。俺自身、自分が明城には相応しくないと思ってしまっていた。そして、その差を埋めたい……彼女とちゃんと向き合えるような男になりたい、そんな決意を秘めた自分に出会った。

 

 だから――


「俺も変わらなきゃいけない、と思ったんだ」

「変わる……? 今のままのユキトさんでいいと思いますけど」

「まあとにかく聞いてやろうじゃないか。で、具体的にはどうするつもりなんだ?」

「定期テスト、近いだろ。真面目に頑張ってみようと思って。それで、二人に勉強を教えてもらいたいんだ」


 俺は深く頭を下げた。まず身近なところから、始めよう。それが俺の決意だった。そうすれば、自分の中の何かが変わるんじゃないかって。……明城との関係も変わるんじゃないかって思って。

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