第十九話 変わる風向き
「ちょっと貴方!」
穏やかな教室の中に、突然響いた怒声。あちこちの談笑の声はすぐに収まる。みんな、何事かと教室の前の方に視線を向けた。一気に緊迫感が充満する。
明城の大きな声は
向かい合うは、リア充グループメンバー湊雪江。他でもない俺の幼馴染であるのだが、ここからその表情はいまいち見えなかった。ちょうど明城の陰になっている。
「待て待て待て――」
俺はすかさず止めに入ろうと、席を立ちあがった。しかし、剛が肩を抑えつけてくる。
「お前の方こそ、待てだ。ちょっと様子を見てようぜ」
「そうそう。面白そうなもの見れそうじゃない」
楽しそうに笑う学。お気楽な奴め。
「お前らなぁ……」
「学の言い方は語弊があるが、まだ何も起きちゃいない。いきなり首を突っ込むのもどうかと思うぞ」
それで渋々ながら俺は納得した。それで浮かしかけた腰を再び座席に固定し直す。落ち着かない気持ちを抱えながら、暫く状況を見守ることに。
「なにかしら、明城さん?」
いきなり声を掛けられたにかかわらず、その声は落ち着き払っていた。
「貴方、ユキトさんの何なんですか?」
「ただのクラスメイトよ。転校してきたばかりだから、わからないのかしら?」
冷ややかに微笑する雪江。他意がありそうに見えるのは、俺にだけか――
「おおっ、煽るね~、湊さん」
そうではないらしい。ヒューっと口笛を鳴らす学。
「さすがわが校きってのクールビューティだ」
「……あいつ、そんな風に呼ばれてんの?」
「一部でな。そういう層からは人気がある」
もっともらしい言い方で、気になる言い方をする剛。それがどういう層なのかは、訊かないでおいた。人にはいろいろな趣向があるから、そっとしておくのが吉だろう。
「ただのクラスメイトだったら、どうしてユキトさんとわたくしが付き合ってるとか、気にする必要あるんですか!」
それなりの大きさで、爆弾発言をする明城。意図的なのか、無意識なのか。判断はつかない。
そして遅れてざわつく教室内。
「やっぱりそうだったんだ」
「妙に距離感が近いと思ったのよね~」
「初め、様呼びさせてたしな」
「あいつ、とんだ嘘つきじゃねえか!」
エトセトラ。……好き放題に言ってくれるじゃあないか。
俺はこれ以上黙っていられなくて、勢いよく立ち上がる。そして二人の下へ。
「でも白波君は違うって言ってたけど?」
「照れ隠しです!」
「誰が照れ隠しか!」
耐えられずに、俺は二人の口論に首を突っ込んだ。ちょっと離れたところから強くツッコミを入れて。彼女たちがこちらの方を向いた。
「俺とお前の間に何もない。事実を捻じ曲げるな!」
「……今は、ですもん! 絶対、最終的には恋人になります。いえ、なってみせます!」
「どういうことなの、白波君?」
「朝話しただろ、一方的につきまとわれてるだけだ」
「おいおい、白波く~ん。そういう言い方はないんじゃあないのかな?」
面倒くさいやつまで話に入ってきたな。柳井は軽い口調ながらも、睨むようにして俺を見てくる。やはり、その姿は迫力があった。
うんざりすると同時に、少し身を強張らせる。その敵意剥き出しな態度に、正直なところビビっていた。
「アリスちゃんもさ、こんなつまんないやつ、いつまで相手にしてるつもりだよ? キミにはこんな男、合わないって」
「そうそう~、アリちゃん、そんな美人なんだし。あっ、ほら、三組の香田とかどう? イケメンで野球部のエースだよ~」
「そこは俺じゃあないのかよ!」
勝手に盛り上がるリア充軍団。その後も色々な奴の名前が挙がる。彼らが騒ぎ立てるにつれて、教室もざわついてきた。外野から降ってくるのは、揶揄あるいは囃し立てる声。
鬱陶しい、話が前に進まない。でもその内容は決して明城にとっては悪い話ではないだろう。だから、俺は黙って聞いていたんだが――
「わたくしには、ユキト様以上に相応しい人はいないんです!」
ばんと、机をたたいて、遮るように彼女は叫んだ。ぐっと目を細めて、その横顔は鬼気迫っている。その場にいる誰もが呆気に取られていた。教室のひそひそ声も再び止んでいる。
それはあまりにも真剣過ぎて、俺はたちまち口を挟むことをできなくなっていた。同じく、雪絵もまた口をぽかんと開けて驚いた表情で明城の顔を眺めている。
「ずっとずっと探していたんです。だって、あの時約束をしたから。『わたくしがどこにいても貴方様を見つける』って。それがようやく叶ったんです。わたくしは、ユキト様と今度こそ幸せに生きていく」
そのスピーチはまるでプロポーズだ。告白なんてやわなもんじゃなく。公衆の面前で、彼女は臆面もなく大声でまくし立てた。
対照的に、どんどん俺は恥ずかしい気持ちが湧いてくる。これじゃ、公開処刑だ。嫌な汗が噴き出してくるのを感じる。
――静寂が続く教室内。またしても、喧騒は収まる。高まったり、引っ込んだり、忙しい。しかし、とてもじゃないが言葉を発することのできる雰囲気ではなかった。誰もが、明城の儚げながら力強いオーラに気圧されていた。
それでも何か言わなければ――必死で言葉を探すものの、頭はうまく回らない。どう言えば、この場を取り繕えうことができる? 何をすれば、クラスメイトの怪訝そうな眼差しを元に戻せる?
「……って、言ってるけど、白波君。あなたの答えはどうなの?」
雪江は冷静だった。じっと俺の方を見つめている。その顔は何かを訴えているようだった。俺にはそう感じられた。いつもの無表情とは違っていた。
そこで気が付いた。俺もまた、興味のこもった視線を向けられていることに。様子を窺われていたのは、明城だけではなかった。
誰もが俺の答えを待っている様だった。今この瞬間は、俺はまるでクラスの中心人物だ。これほどまでに、注目を浴びたことはなくて、頭は真っ白になっていく。
どうして俺がこんな目に遭わなくてはならないのか。わかってる、元凶はこの女。一見すると、誰もが恋に落ちそうな見た目をしている。しかし、その内実は不思議ちゃんとでもいうべきか。
とにかく不信さを拭えないでいた。弁当を恵んでもらったり、放課後デートっぽいことをしてみたり、一緒に登校して見たり――それらは作り物のイベントにしか思えなかった。
だから――
「……俺は彼女の言う
はっきりと拒絶の意志を口にした。彼女の人を誘惑するような目をしっかりと見つめながら。
こうでもしなければ、ずっと勘違いは続く。明城のもそうだし、クラスメイトのもそうだ。……もちろん、俺自身のも。
明城は何も言わなかった。一度口を少し開いたがすぐに閉じた。そして顔を背けると、そのまま駆け足気味に教室を出て行った。すれ違った時の横顔に、表情と呼んでいいものはなかった。
俺に後を追う気はなかった。これ以上、情けをかけてどうするんだ。自分に言い聞かせる。俺自身、ただ酔っていただけだ。彼女の向けてくれる無償の好意に。それが誰も本当の幸せにしないことに気付かずに。
でも今は違う。俺はその好意に応えることはできない。俺は
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