第二十話 本当の気持ち

「なあ、良かったのか、本当に?」

「何の話だよ」

「言わなくてもわかるだろ」

 

 剛はぎゅっと目頭に力を入れてぐっと不愉快そうに皺を寄せた。学もまた少し冷めた表情でこちらを見る。

 息苦しくて、俺は横に視線を向けた。――そこには誰もいない。空っぽの席がぽつりとあるだけ。


 俺が盛大に明城を拒絶した翌日のこと。世間一般では、金曜日とはとても心躍る日らしい。確かに俺も金曜日が一番好きな曜日であった。しかし、今はとてもそうは思えない。

 明城は学校を休んだ。転校三日目にしての欠席……なかなかの暴挙である。体調不良で欠席と溝口は言っていた。しかし、その本当の理由が俺にあると考えるのは間違いではないだろう。


 どうにも朝から心の奥底がざわついて仕方ない。もっと他にやりようはあったんじゃないか。しかし、ああいう展開に追い込んできたのは間違いなく彼女で。

 しかしそうした考え方は、結局自分の中の罪悪感を薄める防衛本能に過ぎない。それがわかっているから、もどかしい。そんな自分に苛立ちすら覚える。


 彼女のいない昼休みはいつもと何も変わらない。というか、彼女がいない方がむしろ当たり前なのだ。少なくとも四日前までは。

 今日も弁当がなかった俺は購買に行った。そこで人ごみに揉まれた。今まで散々経験してきたというのに、さっきのはなおさら不愉快に感じてしまった。


「わかんないね、まったく」

 俺は友の顔から視線を外してなおも答えた。

「素直じゃないねえ。気になってるんでしょ、明城さんのこと」

「……なんで俺が。自分から関わるなって言ってんだぞ」


「いいんだよ、あいつも早めに目を覚ませて幸せさ」

 買ってきたコロッケパンを無造作に頬張る。……味なんてろくにしない。一番人気らしいのに。

「そうかなぁ。俺の目には、明城さん、幸人と一緒にいると本当に幸せそうだったよ?」

「……あいつは俺じゃなくて、ユキト様の生まれ変わりといるから幸せだったんだ」

「それが理由か?」


 剛はまたしても俺に質問をぶつけてきたが、それは黙殺することにした。そして一つ、強く奴の顔を睨む。

 しかし、あいつに動じることはない。彫りの深い暑苦しい顔は平然としている。むしろ、向こうからじっと観察されている様な、そんな感覚さえ覚える。


「図星だな」

 鼻を鳴らすと、彼は口元を緩めた。

「勝手に言ってろ。そのご自慢の頭で、勝手に俺の心を推察してればいい」

「おいおい、幸人。そんな言い方――」

「いや、いいんだ、学。じゃあ勝手に言わせてもらうぞ。お前だって嫌じゃなかったんじゃないか? 明城さんに付き合うの」

「……根拠は?」


 今度は購買で入手したコーヒー牛乳を手に取る。ストローから甘ったるい液体が口内に流れてきた。喉を通すと、ちょっと渋い後味が残った。


「見てりゃわかる。お前が本当に嫌がってるかどうかなんてな。長い付き合いだ」

「俺のことが好きなのか?」

「大切な友人だ」

 至極真面目な表情で、彼は答えた。

「恥ずかしいこと言ってるって自覚はなさそうだな……」

「剛はそういうとこ、あるからね~」

 からからと学は笑った。


「だとしても、だ。結局あいつは、俺のことなんて見ちゃいない。ユキト様とやらの転生した存在らしいからな、俺は。そんなわけのわからない理由で好意を寄せらえても、困るだけだ」

「でもさ、案外恋愛ってそんなもんじゃないの? ほら、一目惚れでビビッと来たとかってあるじゃん。あれと同じだよ」

「違うと思うけどな。だって、向こうは俺の中に知らない自分を見出してるんだぞ? しかもそれを明言せずに、一人勝手に満足している」


 こうして話していると、明城に対していまいち素直になれない理由がどんどん明確になっていく気がした。友人にぶつける言葉を探している内に、無意識化で自分の本当の気持ちがむき出しになっていく。そんな不思議な感覚。

 それは決して嫌ではなくて、むしろ一人で鬱屈とした想いを抱えるよりも数段ましだった。……これが剛の狙いか。そう思わないでいられない。ふと見るあいつの表情はとてもとぼけた感じだったが。


「困惑だけか? お前が感じていたのは」

「どうなんだろうな、自分でもよくわからない」

 俺はさっと首を振った。それは本心だった。


「きっぱりと拒絶しなかったのはどうしてだ? 一緒に帰ろうと誘われた時、ハンバーガー屋に寄ろうといわれた時、朝突然迎えに来られた時、チャンスはいくらでもあったはず」

 畳みかけてくる剛。隣では、学もしたり顔で首肯している。

「深層心理では、お前も彼女のことが気になってたんだよ。確かに違和感はあったんだろうけど。そうじゃなきゃ、無視っていう手っ取り早い手段にすぐに飛びつくはずさ」


 もっともらしいことを言ってるが、正直内心むすっとした。勝手に人の気持ちを決め付けるなよ、わかったような口ぶりで。何様のつもりだ! 


 ……それを声に出さなかったのは、似たような事を過去にやらかしているから。だから、気持ちを落ち着ける意味でも俺は一つため息をついて、おずおずと口を開く。


「……お前らがどう言おうとも、これは俺の問題だ。ありがた迷惑っていうんだぜ、そういうの」

「よくわかってるさ。それでも、友人として放っとけない」

「なにも困ってない。俺は至って平気だよ」

「幸人って、自分がしんどい時すぐに顔に出るんだよ。自分じゃ気づいてないみたいだけどさ」


 剛も学もどこまでも真剣だった。こちらが気恥ずかしくなるほど、強くしっかりと見つめてくる。

 全く本当にうんざりしてくる。だが、認めるしかない。ここまで言われたら、俺にも思うところはないわけじゃない。 


 ユキトさん、親し気に俺を呼んでくる笑顔の彼女の姿が脳裏に浮かんだ。鬱陶しかったのも事実で、かかわりあいたくなかったのも事実。前世だなんだとわけわかんないこと言って、俺のことを知ったようなふりをする。

 でも全部が全部嫌ではなかった。どこか彼女のことが気になっていたのは事実だ。あんなに絡まれ続けたら、意識するなというのが無理な話。

 

 だから結局、今あいつがいないのが、俺はちょっと寂しいんだ。なんとなく、朝からずっとしていた胸騒ぎの理由がわかった気がした。

 自分であれだけのことを言っておいて、なんて都合のいい話だとも思うけれど。あいつを傷つけてしまったのかもしれないと、後ろめたさがあった。


「そうだな、俺は明城のことが気にかかってるのは事実だ」

 でももどかしさも依然として残っている。彼女が俺を通じて前世の恋人を見ている違和感を拭いきれないでいた。


「じゃあちゃんと向き合った方がいいんじゃない?」

「向き合うってもなぁ……」

「そうだ、いっそのこと、デートをしてみるってのはどうだ?」


 剛の口から出た提案はとんでもないものだった――

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