第十八話 尋問されしユキトさん

 待ちに待った昼休み。弁当のなかった俺は本来ならば、購買戦争に出陣する予定だったのだが――


「今日は購買ですか? はい、どーぞ!」


 立ち上がったところに差し出されたのは、昨日も見た弁当包み。感謝の言葉を口にして、ありがたく受け取る。


 しかし用意がいいというか。よく昨日の今日で、懲りずに作ってきたものだと、ちょっと驚いていた。だが、聞いたところによれば確認はしてくれたらしい。


「ちゃんと、メッセージ送りましたよー」


 言われて確認してみたら、かなり前の方に埋まってた。こいつ、脈絡なく適当に送ってくるからつい見落としていた。

 まあ、かといって気づいていたらいたで、返事をするかは微妙だが。明日おの弁当いりますか、って、お前は俺の母親かって話だ。

 第一、母さんのシフトを一々確認するのも手間だから、当日朝にならないとわからないのが実際のところである。


「それにお前も二人分用意するの大変だろ?」

「いいえ、全く」

 そつのない笑顔で彼女は首を振った。


 俺と明城は机をくっつけて、剛と学は椅子だけこちらに寄せて、俺のエリアを侵食していた。


「あっ、じゃあじゃあ俺の分を――」

「調子に乗らないでくださいな? どうして、ユキトさん以外に、わたくしがわざわざ用意しなくてはならないのですか? そもそもわたくし、貴方の名前すら知りませんし」

 その大きな瞳できつく睨みながら、早口でまくし立てる明城。

「うぅ、ちょっと言ってみただけなのに。そこまで言われるなんて……」


 学は涙目になっていた。それを慰める剛。こいつら、もしかして……いや、よそう。友人の恋路はそっとしておこう。

 神妙な面持ちで、奇麗に巻かれた卵焼きを口に運んだ。よく砂糖が効いて、上品な甘みが口に広がる。俺は、卵焼きは甘い奴の方が好きだった。


「幸人君、なにかろくでもないことを考えてないかい?」

「いや、俺は何があっても二人の味方だ。その恋は茨の道だろうが、頑張れよ!」

 俺は腕を伸ばしてぐっと親指を立てる仕草をした。

「ああ、そういうアレでございますか。いいんじゃないでしょうか。わたくしも、叶わぬ恋に身を窶(やつ)した身、応援しますね」

「待て待て、止めろ。盛大な勘違いを押し付けるな。精神的被害を被ったとして、民事訴訟の手続きを取るからな」


 物騒な言葉が剛から出てきた。はっはっは、と空笑いをしているが、目の奥が笑っていない。これ以上怒らせると、本当にヤバい気がする。


 俺は今度はポテトサラダに手を付けた。コクがあってまろやかな優しい味。やはりよく俺の舌に馴染む。


「どうでしょう、お口に合いますか?」

「ああ。美味い」

「なんか昭和の夫婦みたいだね、この二人……」

「そうだな。なんだか、胃がむかむかしてきたんだが、俺は……」

「おっ、剛も? なーんで、こんな光景を見せつけられなくちゃいけないんだろうね、俺たち」

 がたがたと椅子を動かし始める、友人二人。その顔には、かなり呆れの色が見えている。


「お前らまで……こちとら朝からずっとうんざりしっ放しなんだ。冗談でも止めてくれよ」


 俺と明城の噂はかなり広まっているようだった。この二人にも散々事情を聴かれ、クラスの男連中にもからかい半分で突っ込まれるし。女子は遠巻きにひそひそするか、明城の周りに集まるか。

 極めつけは、今日の体育の時間。一時間体育は剣道で、ニクラス合同なんだが、余所のクラスのやつにすら話は行き渡っているらしかった。

 それでも、否定を繰り返したおかげか、その騒動は徐々に収まりつつある。今もこうして、剛と学という盾を使って、二人きりになるのを避けているわけで。


 柳井一派は……どうなんだろう。露骨に挑み掛かってくることは、今のところなかった。雪江の説得が功を奏したのかもしれない。確かめようはないけれど。ただ、時折、彼がこちらを睨んでいるように感じはするが。

 結局、朝の会話はどこへやら。すっかり、元の一クラスメイト同士の関係に逆戻りだ。不都合はないからいいんだが、どことなく寂しさはあった。


「これでお互い様だな。いいか次はないぞ」

「イエローカードみたいなもんだね」

「……はぁ。せっかく二人きりの甘い時間を過ごせると思ったのに」

「悪いが、そんなときは絶対に訪れないと断言しておくぞ」

「え~、そんな~。どうしてそんな酷いことを言うんですか、ユキトさん!」

「あれでしょ、嫌よ嫌よモスキートみたいな」


 歌の歌詞みたいだな。日本語にすれば、『いやよ、いやよ、蚊』……蚊取り線香のCMソングにありそうだ。


「おおっ、日本語と英語のコラボレーション諺だな。一周回って新しいじゃないか」

「そんな雑なボケをするな。剛も乗っかるのをやめろ」

「な~んだ、ユキトさん。やっぱりわたくしのこと、好きなのですね」

「断じて違う!」


 語気を荒らげたものの、彼女は全く意に介していないみたいだった。ゆっくりと上品な感じで、箸を進めている。


「そうだ。一つ訊きたいことがあるんですけど、いいですかユキトさん?」

「……答えるかどうかは内容による」

「あのですね、朝、あの人と何の話をしていたんです?」


 奴にしては珍しく表情のない顔でそっと前方を指さした。仲間と笑顔で喋っている雪江の横顔がそこにはあった。


 つられて、剛たちもそちらの方を向く。二人はそろって、露骨に驚いた顔をした。怪訝そうに目を細める大男。そして、あんぐりと口を開けてくいっとメガネを直す学。


「わざわざ廊下にまで出て行って。そのまま水飲み場の方まで行くし」

「おいおい、それ初耳だぜ? なんだ、湊にも粉かけてるのか? てっきりその仲は断絶してると思ったが」

「これは歴史的大事件ですよ! まさかあの幸人と湊が会話をするだなんて。明日は雪降るね、こりゃ」 


 こちらを向きなおして、連中は口々に馬鹿なことを述べている。共通するのは、どちらも信じられないといった様子だ。


「……大したことじゃねえよ。ただ訊かれただけさ。明城と付き合ってるのかって」

「もちろん、イエスとお答えになったのですよね?」

「もちろん、ノーとお答えになりましたわよ」

 露骨に彼女のマネをして、わざとらしく裏声を出してみた。

「キモイな」

「キモイね」

「じゃかあしいっ!」


 こほんと、気を取り直すように俺は一つ咳払いをした。やっておきながら、自分でもちょっと恥ずかしかった。顔が少し熱い……。


「どうしてそんなことあいつが訊くのさ?」

「なあ。全然興味なさそうだし」

「さあ、俺にもよく……ただ、柳井が盛り上がってるから話し通しておくって言ってたな」

「ふうん、なかなかの気遣いの上手さだねぇ」

 顎に手をやりしきりに納得顔で、剛は頷いている。


「むう、なんですそれ? そんなこと、あの人には関係ないじゃないですか! やっぱり、あの女――ちょっと文句言ってきます!」 

 

 明城は怒り心頭といった様子だ。なぜか一人勝手にヒートアップしている。周りも何事かと、こちらの方に視線を向けた。

 そして、彼女は勢いよく立ち上がると廊下側の前方に位置どる巨大リア充グループに歩み寄っていくのでした――

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