第六話 波乱の幕開け

「ねえねえ、明城さんってどこから来たの?」

「部活やってた?」

「前の学校にカレシいるの?」

 

 ホームルームが終わって、担任が出て行くと、一際教室の喧騒が激しくなった。

 イケイケの女子や、コミュ強の男子どもが彼女の机に集まる。そして、矢継ぎ早に質問をぶつけるのだった。すっかり人だまりは、彼女の姿を覆い隠した。


 俺はそれを一瞥してから、ちょっとだけ机を横に動かした。そして鞄を反対側に置きなおす。全く少しは周りの迷惑を考えてくれないかなと、心の中で文句を言う。


「いやー、凄い人気だね」

「転入生ってだけでも珍しいのに、あそこまで奇麗だとな」

「おっ、剛君。恋しちゃいましたか?」

「馬鹿言え、もうすでに幸人が」

「だぁから、違うって!」

 俺は友人の与太話に抗議の声を上げた。ったく人の気も知らないでいい気なもんだ。


 ちらりと横を窺い見ると、まだなにやら騒いでいる。所々、言葉は聞こえてくるものの、正直興味がなかった。

 すると、そこへ――


 ガラガラと扉が開いて、コツコツと靴音を鳴らしながら、教師が入ってきた。もうそんな時間か、ふと時計を見ると、もう授業が始まる時刻だった。


 一時間目は英語だ。教師になって五年目だというちょっと神経質そうな薄化粧の女性が、俺たちのクラスの担当だ。

 容姿だけなら人気はあるのだが、ぐちぐちと細かいところまでうるさいから、結構好きじゃないという人間は多い。だからこそ、転入生が来たというイレギュラーを前にしても、誰も騒げなかったわけだが。

 俺も、はっきり言ってちょっと苦手だった。和訳を適当に誤魔化すと、すぐにそこを責められる。かといって、完璧にできたところで何があるわけでもないし。


 予習のチェックが終わって、ようやく授業が始まった。俺は教科書を開いた。今はどこぞの外国の偉人がテーマな英文を扱っている。


「ユキト様? あの、教科書見せて頂けますか? わたくし、まだ持っていなくて……」

 申し訳なさそうな顔で、例の女――明城アリスは頼んできた。


 断るという選択肢はないから、大人しく机をくっつける。かれこれ小学生以来だな、女子と机をくっつけるなんて。

 裂け目のところにうまく教科書の背表紙を挟めて、彼女にも見える様にそれを設置した。ついでに、今やっているのはここだと、シャーペンの先で軽く示す。

 そして邪魔にならない様に一応予習ノートも置いた。


 途中、英語の教師がこちらの方を見たが、すぐに興味は失った様だ。向こうも、転入生のことは承知しているらしい。顔色一つ変えず、授業を進めていく。


「ありがとうございます、ユキト様。やっぱり優しいですね!」

「やっぱりの意味は分からないし、そのってのも辞めてもらえないかな、

 突き放す様な感じで、他人行儀に彼女の苗字を口に出した。俺はお前と何の関係もない、それを暗に示すために。


 しかし、彼女はちょっとだけ唇を緩めるだけ。俺の呼び方など気にしていないようだ。それは何か懐かしむ様な柔らかな笑顔だった。

 俺は少し拍子抜けして、次の瞬間にはその意味を尋ねていた。


「何がおかしいんだ?」

「ああ、ごめんなさい。なんだか昔のことを思い出してしまって」

 

 またそれか。どうやらその設定は今日もまた生きているらしい。

 俺は苦い顔にならずにはいられなかった。本当に、勘弁してもらいたい。休み時間が来たら、ちょっと深く話し合う必要がありそうだ。……スムーズに進めばいいけれど。


「でも、困りました。でしたら、なんとお呼びしようかしら……」

「いや、そこまで悩むことじゃないと思いますよ? テキトーに白波って、苗字で読んでもらえば」

「シラナミ? ああ、それがこっちの世界でのラストネームですね。でも、今さらそうやって呼ぶのも他人行儀な気が」

「他人行儀もなにも、実際には他人だからな、俺たち――」

「そこ、うるさいですよ?」


 こそこそと話を続けていたら、教師に怒られてしまった。

 すみません、とさっと言いのけて頭を下げる。明城もほぼ同時に同じことをした。


「まあ転入生ということで、少しは大目に見ますけど。次はないわよ? ――はい。じゃあ、この英文。小峰君、訳してくれるかな?」

「はい。えーっと、『いくつかの時代に、彼はそこで生まれました』」

 たどたどしく、名指しされた学が自分のノートの文字を読み上げていく。


 …………教室中がしんと静まり返った。妙な空気が流れている。


「小峰君、それがどういうことか、説明してもらえるかしら?」

「えっ! ……そうですねぇ。彼はきっとゾンビだったんじゃないですか? 蘇り的な」


 ぷっと、その言葉に誰かが噴き出した。

 俺もこいつ一体何言ってるんだと、不思議な気分になる。


「ゾンビのゾの字も出てこないんだけど?」

「あれ、おかしいなあ……あはは」

「それ、『some』じゃなくて、『same』よ。しっかり単語、よく見てね」


 呆れた風に女教師が吐き捨てると、教室にちょっとだけ笑いが起こった。

 そんなことは、日常茶飯事というか……学のやつ、ちゃんと授業を聞いてないことの方が多いから、こうして結構な頻度で笑いを提供してくれる。

 この間だって、テストの解答欄に――


「あれ? ここにも同じ間違いが」

 俺のノートに目を落としていた明城はぽつりと呟いた。

 つられてみると、確かにそこには先ほどの学が言った内容と同じことが書いてあった。


(済まない、学――)

 心の中で、未だぐちぐち言われている友人に、強く謝った。その背中はとても寂しげに見えるのだった。

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