第五話 モブキャラの受難

「と、いうことで、お父様の仕事の都合で転入してきた明城さんだ。みんな、仲良くする様に」

 改めて、担任が黒板に彼女の名前を記した。


「えぇー、すごい美人! お人形さんみたい」

「なにあの髪の色、地毛?」

「滅茶苦茶スタイルいいな、あれ」

「アリスだって、名前もとても可愛いな」

 口々にクラスメイト達が感想を漏らして、騒がしくなる。


 廊下はしんと静まり返ってるせいで、余計にうちの教室のうるささが際立つ。学年で一番厳しい先生が、ぶちぎれそうだ。きっと、授業の時にチクリと文句を言ってくる。


「はいはい、静かにな~。先生が怒られるから、この後」

 そこに担任が口を挟む。しかし火消にはならない。


「相変わらず緩いね、溝口先生……って、幸人、君、凄い顔してるけど、大丈夫?」

 学が振り返って話しかけてきた。

「やっぱり、あの子だよなぁ。いやぁ、同い年だったとは! 全然わからなかったぜ」

 そこに剛も会話に入り込んでくる。


 いったい今自分はどんな顔をしていることか。なんとなく想像がつく。顔中に皺が寄った仏頂面だろう。わかっていても、止めることはできなかった。

 ……間違いない。初めこそ、見間違いかもと思ったが。見れば見るほど、そのシルエットは真新しい昨日の記憶とぴたりと合致する。


 黒のブレザーとチェックのスカートは彼女にとても似合っていた。れいのワンピース姿は、かなり大人びて見えたものの、今のその姿は決して不釣り合いというわけでもない。

 ――なんて、観察をしていたら目があった気がする。俺は咄嗟に目を逸らした。


 なぜここに奴がいるんだ……? 向こうは俺がこの学校にいると知って――いや、それはない。転校生の話は昨日から話題になってた。剛が言ってた。

 じゃあ偶然か? しかし、素直には納得できない自分がいる。不穏なものを感じて、ひたすらにドキドキしていた。


「あー、あれが例のヤンデレちゃんなのかい! すごい偶然だね~。確かにあれはずば抜けて美人だわ。幸人にはもったいないね」

「そんなに羨ましいならくれてやるよ……。しかし、どうしてあいつがここに」

「聞いてなかったのか、転校生だろ」

「いやいや、そんなタイミングよく――」


「さてと、明城さんの席は……」

 溝口がぐるりと教室内を見渡した。

「先生! わたくし、ユキト様のお隣がいいです!」

 彼女は満面の笑みでびしっと俺の方を指さす。やはり彼女は俺の存在に気が付いていたらしい。


 一斉に、クラス中の視線が俺に集まった。ドミノ倒しのように、みんなが間をおかず、順々にこちらを振り返る。

 とりあえず、俺もまたぐるりと後ろに身体を回してみた。当たり前だが、この席は最後部だから備え付けの壁と上着掛けしかそこにはない。


「いや、お前じゃい。白波幸人!」

 担任のツッコミが入って、俺は大人しく前を向くことにした。

 クラスメイトの好奇な眼差しが一気に視界に入ってくる。


「えっ、なになに? どういうこと?」

って、白波のことかよ。いったいどういう関係だ?」

「もしかしてカレシ、とか? ちょっと趣味悪いよね~」

 またしてもざわつく教室内。二人の友人連中はただニヤニヤと眺めてくるばかり、


 もうめちゃくちゃに恥ずかしくなってきた。耳が真っ赤になって、顔が熱くなっていく。かつてないほどに、自分の心臓が脈打ってるのを感じた。

 穴があったら入りたい。今すぐにでも、逃げ出したい。気持ちは落ち着かないし、じんわりと汗ばんでいくのもわかる。


「はいはい、静粛に、静粛に。とにかく、明城さんは白波の隣がいいのな?」

「ええ、ぜひ! もし、そうしていただけなければ……わかってますわよね、先生?」

 にっこりとほほ笑んで、首を傾げる女。

 一見すると可愛らしいが、なぜだろう、どことなく腹黒さが伝わってくる。

「……いや、わかんねーけどな。まあいいや、ということで、白波クン。廊下にある彼女の机と椅子を運びこむよーに!」

 今度は、びしっと溝口に人差し指を突きつけられた。


「ま、待ってください! 嫌です、断固拒否です!」

 俺は勢い立ち上がった。気分はもう、裁判ドラマの主人公弁護士である。

 

 冗談じゃない。このまま黙って引き下がりでもしたら、いったい俺の学生生活どうなることか。今この現状でさえ、かなり危うい状況だ。

 転校生は絶世の美女で、彼女は冴えないどこにでもいそうなモブキャラ(おれ)を名指しする。そんなの争いの火種にしかならないじゃないか。

 俺は平穏無事に生きていきたいんだ! 別に、輝いていなくても地味なもので十分。分相応という言葉こそ、俺の座右の銘だから。


「そうだよ、センセ! あんな地味な奴、アリスちゃんが可哀想だってば!」

 前方のクラス一のチャラ男、柳井悠斗も席を立つ。

「うわ~、悠斗、積極的だね~。ちょっと、ひくわ~」

「うるせーわい! とにかく、ほら、アリスちゃんも。あれだろ、ホントは弱み握られてるとかだろ? だって、様付で呼ぶなんて、どー考えてもおかしいぜ」

 

 ううん、ああいう積極性こそモテる秘訣なのだろうか。あのなりふり構わなさは、ちょっと見苦しい様な気もするが……。あれか、イケメンだから許されるというやつかもしれない。現に周りのやつらは、楽しそうに笑ってる。

 

 しかし、弱みを握ってるときたか。あいつ、俺のことなんだと思ってるんだ。そのほか、好き勝手言いやがって。多少、憤りは覚えるものの、反論する気力は湧かない。

 柳井の言葉にも一理あると思った。俺と彼女は決して釣り合わない。ああいう美人には、もっとふさわしい男がいるはず。あの女は俺とずっとずっと昔に恋仲だとかのたまっていたが、絶対何かの勘違いだ。俺はそんな大した人間ではない。

 

「いやいや、お前の席の隣だと、他の連中も動かさないと駄目だし。意外と白波の隣は理に適っている。あいつ、最後列だからな」

「じゃあ、白波と俺が席を代わるよ。だったらいいだろ?」

「先生、俺もその案に賛成です!」

 図々しい柳井の提案に俺も乗っかる。それほどまでに、あの女と関わり合いになることは避けたい。

「あのなぁ……はぁ。どうする、あきし――って、いない?」

 

 それで俺も気が付いた。確かに、あの女の姿はどこにもない。どこに行ったのやら――しかし、その疑問はすぐに氷解した。


「よいしょっと。ふう、すみません、通してください」

 あいつは後ろの扉から姿を現した。自分の机を運びながら。

 

 まるでモーセみたいだ。彼女の一言で、通り道の人間が席を開けていく。おかげで、彼女は淀みなくこちらの方へ。


「さあ、ユキト様もほら」

「あ、ああ。すんません」

 条件反射的に俺も退いてしまった。そして、奴は俺の後ろを通っていく。

 結果、彼女は俺の左隣――窓際最後列に自分の居場所を確保することに。


「はい、これで一件落着! さて、ホームルームはじめっぞ!」

「うふふ、これで学校でも一緒ですね!」


 にこやかにかわいらしくほほ笑みかけられたが、俺はただひたすらに恐怖しか感じない。

 学校でも、って。いったい、この女何を考えているというのだろうか。この先の見通しの立たなさに、ただひたすらにキリキリと胃が痛む――

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