第二話 交差する場所

 この街の中心部は二つあると言ってもいい。一つは最近――といってももう十年以上前だが――再開発された鉄道駅周辺。そして、古くからある大きな商店街を中心としたエリア。アクセスがいいのは、前者である……が、地下鉄だけ考えればどちらも同じか。

 しかし所詮は一地方都市。流石に首都東京には敗北を喫する……らしい。テレビとか見てるとそう思うけど、実感としてはあまりよくわからない。だって、行ったことないから。

 

 うちの高校は郊外にあるため、ここまで来るのも一苦労だ。バス一本で来るか、あるいは地下鉄を使うか。自転車で爆走するという手もある。まあ、組み合わせはキミ次第だ! というやつである。


 とにかく、放課後――学生の俺にとっては、渇望してやまない時間である。帰宅部の俺は、いつもならば早速その活動にいそしむところだ。しかし、今日は違った。


「いやぁ、悪いな。幸人、付き合ってもらっちゃって」

 店を出てすぐに剛が済まなそうな顔で手を合わせてきた。

「気にすんなよ。どうせ、暇だったからさ」


 剛に誘われて、こうしてこの街一番の書店に来ていた。近くには例のアーケード街が存在する。

 なんでも専門書を探しに来たとか。ネットショッピング全盛のこの時代だが、彼はやはり現物を確かめないと気が済まない性質らしい。気持ちはわかる。

 

 ちなみにこいつが本を探している間、俺は漫画コーナーをぶらぶらしていた。特にあてもなくうろうろと。世に伝え聞く伝説のジャケ買い――本の場合は表紙買いか――でもしようかと思ったが、財布さんと相談した結果止めた。

 アルバイトもしていない俺は、月に一度の小遣い日だけが、唯一の金銭補給手段だった。


 とりあえず、俺たちは人波に紛れて歩き出す。


「ハンバガァでも奢ってやるよ」

「とりあえず、そのエセ英語発音は止めような」


 俺の指摘に友はぺろりと舌を出した。とある霊長類最強の種ゴリラに風貌が似ている彼がすると、なるほど、中々どうして愛嬌があるじゃあないか。おえっ。


 ここら辺りは碁盤の目になっているから、非常に歩きやすい。強いて言えば、人通りがもっと閑散としていれば、なおのこといいのに。

 大きな交差点で、信号待ちをしながらぼんやりと考える。ここは歩車分離式だから、もう一度車が止まるのを待つ必要がある。

 こちら側にもたくさんの人。向かい側も同じくらい。じっと前を見つめるものもあれば、知り合いと談笑するもの、スマホを弄り倒すものまである。……別に、人間観察が趣味なわけではないが、手持無沙汰でつい何気なく目をやっていた。


「~~ってさ。珍しいよなぁ? ……っておい、聞いてるのか?」

「え? あ、ああ。あれだろ、今日の夕飯、肉と魚どっちがいいかって」

「いつから俺たちは一緒に暮らし始めたんだよ! そんなこと話すかよ!」

「ううん、今日はちょっとツッコミの切れが鈍いんじゃないか?」

「いいんだよ、お笑い芸人目指してるわけじゃねーし!」

「で? 何の話だっけ?」


 ヒートアップする友人をよそに、俺はやや冷めた感じで聞きなおした。すると、奴は少し不機嫌そうに眉を顰める。でも仕方ない。

 俺は、横断歩道の向かい側にいる一人の女性に完全に意識を取られていた。


 ひときわ目を惹くのは、陽光にキラキラと輝くその銀髪だ。その長さは、彼女の腰元くらいまである。

 その顔立ちはとても整っていた。ほっそりとした丸顔で色白。瞳は大きく黒目がち、鼻柱は高くすっきりと通っている。唇は優し気な微笑みを湛えて、一言でいえば美人だが、どことなく可愛らしくもあった。

 すらっと背が高く、スタイルがよくて、その白い花柄のワンピースがとても似合っていた。まるで、芸能人みたいだ……生で見たことはないが。


 ここにいるのが不思議なくらいの美しさだった。言い換えれば、この街に不釣り合いというような……とにかくとても人目を集める風貌だ。

 現に、彼女の回りの人々がちらちらと視線を送っている。当の本人に気に留めた様子はまるでないが。


「転校生だよ、転校生! 知らない? かなり噂になってんぜ」

「へぇ、高校で転校生って、珍しい。小中は割と年一くらいであったよな」

「確かに俺たちの学校はそうだったが。それは場所によると思うぜ? 例えば、同じ学校にいる奴みんな友達みたいな地域とか」

「なぜにそんな回りくどい言い方……」

「婉曲と言って欲しいな。俺はね、ちょっとでも幸人の学力に貢献しようとだな」

「へいへい、ありがとうございます」

 余計なお世話とは、このことである。なる言葉の意味自体知らないし。


「まあとにかく、いつの時代もってのは、みんなの興味を集めるんだねぇ」

「口調が年寄りめいてるぞ、幸人……」


 いや、だってそんな感想しか浮かばなかったのだから仕方がない。むしろ、ちゃんと反応できたことをほめて欲しいくらいだ。なんてったって、全く興味がないからなぁ。

 きっと、暫くはクラスのキラキラした連中に群がられるはずだろうし。第一、相手の性別にかかわらず、俺に話しかける勇気はない。


 そうこうしているうちに、ようやく信号が青に変わった。横の信号も同じく。それで、縦横無尽に人波が流れ出す。

 俺たちもゆっくり歩き出した。……なぜか、俺は落ち着かない気分になっていた。さっきの女がこちらに歩いてくるのが目に入ったからだ。それはもちろん当たり前のことなんだが。


 つかつかと、アスファルトを蹴り飛ばす。等間隔に引かれた白線を踏み躙りながら、人の流れを阻害しないよう気を付けながら、向かい側へと進む。

 やがて、あの女性が目の前すぐ近くまで来ていた。すれ違う直前、とても華やかな香りが鼻腔をくすぐる。


 間近で見ても、かなりの美女だった。なんとなくどぎまぎしてしまう。何かを期待している……わけではないのだが。


 しかし――


(なんだろう?)


 ふいに彼女が足を止めた。俺たち――いや、俺の真ん前で棒立ちして、進路をふさぐ。

 俺もまた立ち止まらざるを得なかった。訝しがりながら、その人の顔を見る。

 ぴったりと目が合った。吸い込まれるほどに奇麗な黒色で――


「――ああ、ああ! 何ということでしょう! やっと、やっと、お会いできましたね、様!」

 ちょっと高い感極まった感じの声音。でも鈴の音のような美しい音だった。


 彼女は瞳を一層大きく開いている。真直ぐに俺の顔をとらえて離さない。かなり潤んでいて、目の端には液体がいくばくか溜まっている。その顔は大きな驚きに満ちていたが、しかし感動しているようでもあった。おまけに、程よい膨らみを持った胸の前で、自らの手を組み合わせている。


 俺は自分の胸の鼓動が早くなっていくのを、ひしひしと感じていた。それは、目の前の美少女に話しかけられたからだけではない。


 


 その人並外れた美しい姿は、とても俺の記憶の中にはなかった。成長して、そんな姿になる女子も、思い出せる限りおいてはいない。

 だが、相手は俺のことをよく知っているようで――、か。今時そんな風に相手の名前を呼ぶやつがいるなんて。頭の中で鈍く警報が鳴っている。


 何か、言葉を発さなければ。しかし、身体の自由が効かない。彼女の言葉は、相手を縛り付ける呪いか魔法の類のものみたいだった――

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