【KAC2】伝説の間抜け

筆屋 敬介

伝説の間抜け


『わたくし、本日はご自身を、“永遠の間抜け”と称しておられる末永すえながさんのお話を伺いにお邪魔しております。早速ですが、なぜご自分の事を常に“間抜け”……などと仰っているのか。教えていただけませんか』


『こんな有名な番組でお話するようなものでもないのですが……ご期待に沿える話ならよいのですけども』


『何を仰いますか!』


『わかりました。それでは。話は私の小学校時代にさかのぼります。近所に天地あまち君という子供がいました。私と天地君は特に仲が良いというわけでもありませんでしたが、周囲からは似た者同士と言われていました。理由は――』



※※※


「おーい、すえながぁ! お前、あまちと一緒に登校しないのかよぉ! 同じデブでノロマでおバカ同士、仲良く登校した方がいいんじゃねーのー?」

「ぎゃはははは!! おまえ、ひっでえな!! すえながクンが怒ってるぞぉ!」


 くそ! また、コイツらだ。

 天地と一緒にいると僕まで同類と思われてしまう。だから、僕はヤツと一緒に登校したくないんだ。


 天地は近所に住んでいるというだけの幼なじみだ。デブでノロマで勉強もできない。おまけに不器用。

 はっきり言って、一緒にされたくない!


 幼稚園までは一緒に通園していた。だけど、いつも僕の後ろを付いてきて、ニコニコ……いや、ヘラヘラしているヤツだった。


 小学校に入ってからは、天地がうっとうしくなってきた。はっきり言ってあんな弱っちくて間抜けっぽいヤツと一緒にされたくない。


「おーい! きこえてるぅ? すえながくーーん! あまちくんとケンカでもしたかぁ? 同じデブでノロマでおバカ同士なんだからさー! なかよくしろよーー!」


 こんな風に言われるのが嫌だから、天地とは離れたいんだよ!

 でも、あいつはいつも僕と一緒に居ようとする。正直迷惑なんだ。

 まあ、確かに僕も太ってるし、運動神経もよくないし、勉強もできないよ。でも、あんな風にいつもヘラヘラしていない!


「お前ら、次の学区対抗マラソンに出るんだよな? 冗談? ウケるー!!」


 お前らが勝手に僕たちを推薦したんじゃないか。みんなの見ている前でバカにしたいからだろ!



「おーい、すえながくーん! まってよぉ!」

 天地の声だ。どたどたと追いかけてきた。

 追いついてきたけどゼーハーゼーハーと息が上がっていて、かっこ悪い。

「すえ、なが、くん……次の、マラソン大会、の、れんしゅう、どこ、で、す、る?」


「おー! お前ら、ちゃんと走れるつもりなのかー!! ウケるー!!」

 うるさい。くそ!

「せいぜい頑張れよなー!」

 大笑いしながら、うるさいアイツらは走っていってしまった。


「ぼく、走るの苦手だから……すえながくんも、いっしょに練習しない?」

 うるさい。お前よりはちゃんと走れるよ!

 それに、さっきから気になっているんだけど、なんでいっしょに練習することを当たり前のように言っているんだよ。


「ぼく、これから河原で走る練習するんだ。やっぱりさ、最下位ははずかしいから、少しでも練習しておきたくて!」

 無視する。

「それじゃ、ぼく、練習してくるよ。すえながくんもおいでねー」

 ヘラヘラしている天地が河原に向かっていった。



 ……。

 最下位か……。


 僕も走るのは苦手だ。きっとアイツらのご期待通り、最下位だろう。

 くやしいなあ。

 でも、アイツらみたいに運動ができるわけでもない。


 だけど……。

 あのヘラヘラしている天地には負けたくないな……。あんなヤツに負けたくない。せめて、天地よりも……先にゴールしてやる。


 練習しないと。


 あいつは河原だったな。それじゃ、僕は丘に行こう。

 練習する姿なんて見られてたまるか。もしもあいつに負けた時に、「すえながくん、同じくらい練習したのにぼくにまけたんだ」なんて思われたくない。

 こっそり練習してやる!



※※※


「うひゃひゃひゃ! アイツら、やっぱり最下位争いしてるぜ!! ウケるー!!」

 くそ! くそ!!

 おなかの中がひっくり返って口から出そうだ!

 ちょっと練習したくらいじゃダメか!


 そんなことより!


 僕の前には天地が走っている。体がふらふらしてかっこ悪い。

 僕もきっと同じようにふらふらしているんだろうけど……クソ! クソーッ!!


 あいつには負けたくない! あんなヘラヘラしているヤツなんかに!

 足が絡まりそうだ! クソッ! 負けたくない!!


 ゴール間際、天地と並んだ! 天地は気がゆるんだのか疲れきったのか、一瞬スピードが落ちたみたいだ。


 !!

 やった!

 最下位じゃなかった! 最下位から2番目だ!

 天地がふらふらになってゴールに倒れこんできた。

 最下位なのに、僕に向かってヘラヘラ笑っている。

 かっこ悪いやつだなあ。



※※※


 中学に入っても天地はヘラヘラ付いてきた。うっとうしい。

 期末テストの対策で一緒に勉強をしようと言ってきた。

 中学生になると露骨にテストで順位がわかるようになった。テストでも相変わらず、天地と僕は最下位争いをしていた。頭が悪いから仕方ないけどさ。

 

 天地がヘラヘラとしながら、一緒に勉強しようと言う。

 誰がお前となんてするか。

 もし、あいつに負けたらと思うと……「同じくらい勉強したのに、ぼくより下で最下位なんだ」……なんて思われたらたまらない!

 僕は、あいつに隠れて早めに帰って勉強することにした。



※※※


 高校に入っても、なんでこいつはいつも俺の後ろでヘラヘラしているんだ。


 思い返せば、天地に、「この高校を受験するつもりなんだ。一緒に行こう」と言われた。

 誰がお前なんかと。

 お前よりかは上の学校に入ってやると受験した。

 なのになんでお前も同じ学校に入学してくるんだよ!



 高校でのテストは正直辛かった。無理して入った高校だ。毎回、僕と天地で最下位争いをしていた。

 毎回こいつに勝てていたのは、こっそり勉強していたおかげか。



※※※


『お話、有難うございました。その高校は超難関大学への進学率も高い学校だそうですね。さすがです。そしてこれが、“世界が決める優良企業50社”に入るまでに会社を一代で築いた、末永社長の伝説の始まりということですね』


『伝説だなんて……そんな大層なものじゃないですよ。気がつけば世界の50社の49社目ですか……かろうじて入っておりますね』


『末永社長の努力の賜物では?』


『努力なんて良いものじゃないですね。ヘラヘラ笑っている天地なんかに負けたくない、という一心でした。思えば傲慢ごうまんな話です。最下位に落ちたくない。最下位の天地にだけは負けたくないとムキになっていました』


『最下位争いの天地さん……ですか』


『そうです。いつも最下位争いをしていました。どんな環境になっても、気がつけば彼の背中を追いかけていた。最下位のはずの彼の背中を、逆に私が追いかけていたんです。どんな世界に飛び込んで一から始める事になっても、そのたびに彼が付いて来て最下位争いです。そして、気がつけば世界の50社の下から2番目なんて。笑ってしまいます。それにしてもいつも後ろから2番目でですね、私は』


『なるほど。天地さんとの最下位争いをしていたら、気がつけば高みに居た……と』


『今思えば……小学生時代のマラソンでも、それから以降も、彼はいつも偶然のフリをして自ら最下位になってくれていたように思います。ダメな私に最下位から2番目ブービーを取らせるために、最下位ブービーメーカーになってくれていたのだと思います』


『なるほどなるほど。ブービーは、本来は最下位の事だそうですね。日本ではブービーが最下位から2番目ですよね。これは最下位は狙えるからだそうですが……天地さんは、末永社長にブービーを取らせるように自ら最下位になっていた……と』


『ブービーとは“間抜け”の意味です。私は天地にずっと間抜けブービーにしてもらっていたんですよ。ハッハッハ! 言わば、永遠に間抜けなんです!』


『おぉ……伝説の末永社長の今があるのは、天地さん有りということなんですね! そういえば……その天地さんは今は何をされているんでしょう』


『伝説の間抜けブービーを作ったヤツですか? そこに座って、私たちをヘラヘラ見ている男が居るでしょう? そいつが天地副社長ですよ』

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