せかんど・かんぱにぃ商品開発室

黒幕横丁

せかんど・かんぱにぃ商品開発室

 ココは世にも珍しい。二番目に売れそうな商品を開発する会社、【せんかんど・かんぱにぃ】。

 僕、庵沢次郎は二日前にこの会社の最前線とも言える商品開発室へと転職してきたのだ。なぜなら、新たなセカンドライフを謳歌していく為にっ!!

「庵沢次郎!」

 僕がそんなモノローグをお送りしていると背後から僕の名を大声で呼ぶ声が聞こえて、ビクリと肩があがる。

「は、ひゃいっ!!」

 反射神経で僕はカミカミの返事で席を立つと、周りから笑いが生まれた。

「ぼーっとしていたぞ、熱でもあるのか?」

 恐る恐る声のした方向をゆっくりと振り向くとそこにはこの部署の長である、田間部長が奥のほうから仁王立ちで僕のことを見ていた。

「いえっ、体調は大丈夫ですっ!! 考え事をしていただけなので気になさらないでくださいっ!!」

 僕はピシッと姿勢を正して部長に対して敬礼をする。

「ならいいんだが。体調とかが悪くなったら早めに言うんだぞ」

「ありがとうございます!」

 僕は部長に深々とお礼を言ってから椅子へと座る。入社した時から思っていたけど、なんとやさしい部長なんだ、前居た超が付くほどのブラック会社とは月とすっぽんの差だ。

 僕は部長の優しさを心に沁みながらパソコンに向かって新商品のアイディアを練りだしていく。この会社のコンセプトは社名のとおり『二番目に売れそうなもの』。なかなかこの“二番目”というテーマが難しい。

 売れない商品はもちろんダメだ。しかし、一番に大ヒットしそうな商品もこの際ボツになってしまうのである。

 僕は点滅するカーソルとにらめっこしながら渋い顔をしていると、後方のほうでガッシャーンと凄い音が聞こえた。

 一体何が起こったのかと後ろを向くと、そこには社員に掴みかかっているあの優しい田間部長の姿があったのだ。

「葛原、なんだこの企画書はっ! 会社をなめているのか!」

 凄い剣幕で怒る部長。さっきの優しい表情とは差がありすぎて僕は驚きを隠せない。

「昨今の生活様式の変化によって困った部分に手が届く商品をと思って……」

「それじゃ大ヒットしてしまうだろうがっ! この会社が何を求めているのかちゃんとその頭で考えてもう一回企画書を作り直してこいっ!! やりなおし」

 バサッとコピー用紙の束を社員に投げつけ、不機嫌のまま部長は着席した。

 見てはいけない現場を見てしまったようで、僕の目が始終泳ぎっぱなしになっていた。

「びっくりした?」

 僕の横に座っている香里さんがこっそり耳打ちしてきた。僕は無言で何度も頷いた。

「部長って普段は優しいんだけど、商品開発に命賭けているところがあって、企画書とかには厳しいの。徐々に慣れていってね」

 香里さんはそうニコッと笑って仕事に戻る。

 再びチラッと部長のほうを見る。部長はまだ怒っていて、眉間に皺を寄せて仕事をしていた。仕事に命を賭けているからそこらへんは妥協したくないんだなぁと、やっぱり部長は凄いんだなぁと心から尊敬しつつ、またパソコンの画面と向き合う。

 ふと、優しいけれど、仕事には厳しい。そんな部長の下で上手くやっていけるのだろうかと不安になる。

 今考えている商品企画だって見せたら部長は激怒してしまうかもしれない……。どうしよう。

「庵沢!」

 いきなり部長が僕の背後で肩を叩いて名前を呼んできた。もしかして、気に障った行動でもしてしまったのだろうか。

「ひゃい!」

 また変な声で返事をして部長のほうを向く。

「ちょっと、付き合え」

 僕の肩をがっしりと持って部長は企画室の外へと連れ出す。

 あー、完全に説教コースに違いない。僕のセカンドライフもここまでか……。


 そう腹を括っていた僕に部長はあったかいミルクティーを差し出してきた。

「私の驕りだ」

 部長はそう言ってミルクティーを投げるものだから、僕は慌ててキャッチをする。

「怖いところを見せてしまったな。スマン」

 どうやら社員に怒っているところを僕に見せてしまったことを気にしているようだった。

「いえ。部長はそれだけ二番目にこだわっているんだなぁというのがヒシヒシと伝わったので。部長は凄いですよ。やっぱり二番目に情熱を注いでいる理由とかあるんですか?」

 僕の問いに部長は簡易休憩所の椅子に腰掛け、天を仰いだ。

「昔はな、親からも先生からも“一番になりなさい”とよく言われたものだよ。学生時代はそりゃもう必死で勉強して一番になり続けた。でも、その一番になり続けることに何のメリットがあるんだろうと就職活動の時期になって気づいてしまったんだ。それからというもの、目標を見失った日々が続いた」

 部長はそう言ってミルクティーを飲む。

「だが、ある日この会社を求人広告で知ったんだ。その広告には“二番ってのは良いぞ。二番目だって人気者になれる”と書いてあったんだ。そのキャッチコピーがなんとも印象的だな。そうか一番じゃなくたって二番目だっていいんだと感銘を受けて、入ったんだよ。だから、私は“二番目”にこだわりたいんだ。それに、“二番目”と付いたほうが客も気になって手に取りやすいという統計もあるくらいだからな、とことん“二番目”を追求していきたいんだ」

「なるほど、そういうことだったんですねー」

「庵沢もこの会社に入ったからには“二番目”を追求していってくれ」

「はいっ!」

 僕と部長はミルクティーで乾杯をして、暫しの間談笑に華を咲かせたのだった。

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せかんど・かんぱにぃ商品開発室 黒幕横丁 @kuromaku125

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