11−3

 音が。

 聞こえない、何も。何も見えなくなる。世界が崩れ落ちるような闇が降りてくる。

「《冥剣》が本当の封印……? そんな馬鹿な」

 レギンが金切り声で叫んだ。

「そんな馬鹿な話があるの!? それが本当ならどうしてあんたたちはあの剣をすぐに《死の庭》に運ばなかったんだよ!」

「あの剣は持ち主を選ぶからです。剣が使い手を選び、その使い手が《死の庭》に赴かねばならない。神法司には手出しができないものでした」

「じゃあ任命書でもなんでも寄越せばよかったじゃないか! ジークじゃなくて前の持ち主とかにさあ! なんで、なんでジークなんだよ!?」

 制止しようとしたアルを振り払い、全身に棘をまとったかのようにレギンが食いかかっている。プロセルフィナにはなんだかそれらが遠い世界の出来事のように感じられた。

「なんで今になってこんなことを言い出したんだよ。説明しろよ!」

「……剣が目覚めなければならなかったからです」

 アイスはかすかに負い目があるような顔をした。

「目覚めた剣は必然的に《死の庭》に向かいます。そのような魔法なのだそうです。剣の目覚めには鎮め手を要します。《死の庭》が現れてからこれまで鎮め手が現れたことはなかった。ですが私たちは見たのです」

 その光を、とアイスは言った。

「ちょうど一年前。おそらくはアレマリス諸島のどこかから、《冥剣》の力が空に放たれるのを……」


       *


《冥剣》が真の封印? これまでの《死の庭》の護人がすべてこの剣の身代わり?

 愕然とするジークに向かって唾を吐き散らすようにホメロスは喋り続ける。

「ギシェーラを《死の庭》へ連れて行っても遅いってのに。今更身代わりを捧げたところでこの世界が救われるわけがないのに!」

 想像した以上の真実が札を返すように次々と明らかになっている。冷静に吟味し、次の行動を考えなければならない。わかっている。わかっているが、心が叫ぶ。

 ――行かなければならない。

「行くんですか? 死ぬために? あなたの尊い命でもって世界を救ってくれるんですか? 剣のさだめに従って?」

 だが思い直して引き返すと、ホメロスの左頬を顔の形を変えるつもりで殴り飛ばした。

 ホメロスはジークの怒気を目の当たりにして這って逃げ出しながら、それでも口を閉ざさないでいる。

「行くんでしょう? お優しいことだ。それが王族ってものですかね? ギシェーラとは大違いだ!」

「その汚い口を閉じろ、糞が。今すぐ殺してやりたいが代わりに予言をやろう」

 襟首をつかんで囁く。

「――お前は遠からず死ぬ。呪いに身を食われて全身が腐り落ち、自分の腐臭の中で一生を終えるんだ。身体が石になり、糞尿を垂れ流し、目が見えなくなって自分の身体が蛆に食われる音を聞くだろう。死ぬまで痛みに苛まれ、誰にも助けられずに死んでいくんだ」

 ホメロスは笑おうと顔をひくつかせたが恐怖を消すことはできなかった。思い切り投げ飛ばすとなんとか起き上がり、本性を晒して情けない声で怒鳴ってくる。

「待て……待てよ! おい、救ってくれるんだろう、世界を。私を!」

「……いいことを教えてやろう。いいか、これで最後だ」

 最後にもう一発顔を殴った。どうやら拳が割れたらしい、血に濡れた感触がした。

「時は戻らない。すべてはなかったことにはできない。俺がたとえ《死の庭》を封じても死に行く者は止められない。お前に刻まれたのはそういう罪であり罰だ」

 凍りついた顔で座り込むホメロスを放置して船に向かう。剣に見えない重さがかかっているように感じたが、高ぶった感情のせいか不思議と軽いように思えた。行くべきところ、さだめの果てがようやく見えたからかもしれない。

 ――《死の庭》へ。

 剣の使い手としての運命を果たすために。


       *


 プルート司長はギシェーラとともに《死の庭》へ向かったという。《死の庭》の侵食を食い止めるために身代わりを捧げようというのだ。これまではそうやって《死の庭》には仮の封印が施されてきたのだから、有効な手段ではあるだろう。

 だがそれを許せるかどうかは話が別だ。

「《死の庭》へ向かうわ」

「無事にたどり着けているならギシェーラ女王とプルート司長もいるでしょう。しかし儀式に間に合うかどうかはわかりません」

 プロセルフィナは司長の代理人を見つめた。

「私に諦めろとおっしゃるの? 私のすることは意味がないと、もうすぐ剣の使い手が死ぬから行く必要はないと、そうおっしゃるのですか?」

 言葉を重ねると怒りが増し、不安が霧散した。放った一言は射た矢のごとくアイスたちを貫いた。

「愛する人のために行くのが何故いけないのです?」

 神法司たちは黙って頭を垂れた。

 何故行くかと尋ねられればひとつしかない。

 行かなければならないからだ。

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