④気がついたら見知らぬ世界へ
「着きましたよ!」
白うさがこう言い立ち止まり、私の手を離した。
不思議と何か寂しい気持ちが残る。
なんだろうこれ?
相手は私のことを刺した人物?ケモノ?だぞ。
唇の怪我を心配されただけでこんな気持ちになるのは可笑しい。
あー分かった!
「これが……ストックホルム症候群というものか」
白うさから目を逸らしながら密やかに口にだした。
いや、どちらかというと心の中で思っていたことが言葉としてでてきた。
「前科があるので否定はできませんが、
人の優しさをどうしてそんなに疑うのですか!
ほら!さっさと入りますよ!」
この言葉が不服だったのか真っ白な顔がほのかに赤くなり、腕を力強く掴まれ店の壁付近まで引っ張られた。
そして、目の前には赤レンガ作りの家と家に挟まれているようなお店で、木製で薄茶色な看板には"Moonlit night "と彫られていた。外から左側にある窓を覗くと美味しそうなデザートがズラッとショーケースに並べてあり、特にプリンなんて赤茶色のカラメルが星屑の様に光っている。
けれど、よく見ると……いや見なくてもドアがない。
ありそうな場所に赤レンガの壁が、誰も入れない様にがっしりし詰められている。
これじゃあ中に入れない。
裏口に入口があったりするのかな?
私は頭に疑問詞を浮かべる。
まぁこの場所に来た方法もこの場所自体も疑問だらけで、ほとんど分かってないのだが。
多分、白うさがこの壁に近づいているということは、この壁にも何かの仕掛け?魔法があるような気がする。
「白うささん?ここに扉がありませんよ?」
彼におちゃらけたピエロのような口調で聞いてみた。
道化師みたいに話しかけたのは、ただ単に暗い空気を明るくしたかっただけだ。
深い意味はない筈なのに、何故か私は頭に不快感が出来る。
ついでに、口を開いたことにより唇の噛み痕がヒリヒリと痛みだし、ついさっきまでの現象は嘘ではないと物語っているみたいだ。
質問に対して彼の返答は無く、何も言わない。そして不機嫌そうな顔をしながら、私の腕を掴んでいない左手で煉瓦を2回叩いた。
すると、中心から煉瓦がパタパタと音を立てながら布団のように畳まれ、玄関ドアの大きさぐらいの空洞が見事に出来上がる。
「さぁ、入りますよ……傷口が痛むでしょうから、無理に話さなくてもいいです」
白うさははぁと息を吐いた後、こう言った。
そして、私の頭が店内の影に半分ぐらい入るぐらいの時に、
「……必ずしも元に戻るような仕組みになっているのか」
とポソリと呟いた。
私はさっきまでの敬語とは変わり普通の口調になっていることに違和感を感じる。
多分、彼は頭の中で考えたことを口に漏らしてしまったのだろう。
何が元に戻るのか。
それが私にとって重要なことかは分からないが。
深刻そうな彼の表情を見るに、大切なことなんだろうとは理解出来る。
だが、この話を深く探りを入れても良いのか分からないので、私は何も聞かなかったことにして置くことにした。
そして両者とも無言のまま、体がお店の中に全て入りきると、さっきまでの空洞部分に折りたたまれていた煉瓦が広がり、元の壁に戻っていく。
私は掴まれている腕を振りほどき、壁をノックするように軽く2回叩いた。けれども何も変化は起きず、煉瓦が張り巡らされている状態のままだった。
閉じ込められた?
もし白うさに殺されそうになったり、恐喝されたとしても逃げられないじゃない!
閉じ込められて少し焦りを感じながらも、何故か心の隅には、彼に対しての安心感が生まれているのは不思議だ。
「八重さんは、コロコロとサイコロのように表情が変化するので面白いですね」
白うさがこう言い、クスッと笑う。
ポーカーフェイスに憧れていて、表情が顔にでることがコンプレックスな私にとっては少し恥ずかしく、悲しくもなる言葉だった。
「……悪かったですね。貴方と違って分かり易い性格でして」
私は皮肉がかった口調でこう返した。
それに対して白うさは怒ることも無く、逆にクスクスと揶揄うように笑う。
「もう!表情が変わることがそんなに面白いですか!?」
「いえ、何でもありません。ただちょっと……私の友人とはまるで鏡の様に正反対で……鏡合わせでパントマイムしている所を想像したら……滑稽だなと思っただけですよ」
いや、知らない人と正反対だと言われても。
私もその人も面白くないし、通じない物事だと思うのだけど。
笑っている白うさを見ないことにして、店内を見渡す。アンティークな家具や物が綺麗に並べられていて、ショーケースに飾られているケーキ達は、オレンジ色の照明に照らされてキラキラ光っていた。
「……綺麗」
私はこの言葉を漏らさずには居られないほど、色々と丁寧なレイアウトだった。犯人の監禁や事件現場みたいな廃屋や工事などと真逆で、落ち着きのある店内。まるでケーキ屋やカフェみたいな雰囲気に少しだけ、困惑した。
「ああ……そうです。八重さんの怪我の治療をしなければならなかったのでした」
白うさは忘れていたかの様にこう言い、レジの横に置いてあったベルを紐で引き鳴らす。
すると、それより少し奥にあるベルがチリンチリンと鳴り、またその奥にあるベルが応えるように揺れ、こだまのようにベルの音が小さくなっていった。
そして、音が続いていった廊下から小さな少女が静かに足音をたてて歩いてきた。
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