②気がついたら見知らぬ世界へ

「入口が見えてきましたよ」


白うさは、人差し指で壁が奥に窪んで陰になっている所を指す。

指された先を見ると、ずっしりと重そうな赤茶色の門が我が物顔で佇んでいた。


外国に行ったことがなく。ましてや日本でも一泊二日の旅行の経験がない。

そんな私にとっては初めて現実で見る光景。


「…….ふあぁ」


よく分からないけど、心なしか空気が変わったような。

……懐かしいような不思議な感覚。


「ど、どうかしましたか?」


「初めて見る要塞に少しばかり感動してしまいまして」


白うさは振り返り、満面の笑みを浮かべる。

そして、また城門の方へ身体を向けた。


「な、ら……良かった……です」


そして、彼は声を震わせながら、こう一言呟き、立ち止まってしまう。


可笑しいことでも言ってしまったのだろうか?

旅行に行った経験が無いことが、他の人に対しては普通じゃない。だから、やるせない気持ちになってしまったとか?


私から何か言わないといけないような!

話せばいいのか?!

何を?

別に気にしてませんとかじゃ気を遣われるだけだろうし!


「2回目ですが、どうかしましたか?」


白うさは、私が悶々と考えていることを察知し、耳をピンと立てて首を傾げた。


あれ?

表情も別に数分前と変わらないような。

頬が少しだけ赤くなってるだけみたいだし、私の考え過ぎだった?


「な、何でもありません」


私は胸元まで両手を上げて、左右に動かし誤魔化す。

今、この話題に触れたとしても空気を悪くするだけだし、自分の気のせいだと思ったから。


対して彼は怪しむ様に凝視してきたが、すぐに目的地へ振り返り、ぴょこぴょこと飛びながら歩き始めた。


セーフ?アウト?

まぁどっちでもいいか。


私もホッと息を吐いて、白うさの後を追うように歩く。そして2人は無言で歩いていくうちに、城門の影に入るぐらいまでたどり着いた。


ここまで近くに来ると、門の上の人が凛々しい顔つきで、迷彩服のヘルメットと防弾ジョッキを着て銃を構えていること。後、白うさみたいな獣の耳がヘルメットの下からでている人がいることが分かった。


「色々なお方がいらっしゃいますね」


私は何気なくそんな言葉を呟いた。

すると相手は苦笑して、頬を掻きこう言う。


「この国は、獣人と人しか住んでませんよ」


そして、1回ため息をつき、白うさは話を続ける。


「……まぁ他の種族のことは後で話します。もう目的地に着きましたので、はやく国に入りましょう」


言い方からして他の種族もいるけど、不仲って事になるような。

まぁ後で話してくれるみたいだからいっか。


私は詳しく考えることを止め、奥に進むことにした。

赤茶色の物体が大きく見える辺りで、城壁に四角い空間があることに気付く。


「あの空間は何ですか?」


「空港のカウンターみたいなもので、外部から来た者や品に問題ないか確かめる場所です」


白うさは窓口の上に体を乗り上げ、奥の方を足をジタバタさせながら覗き込む。


すると、奥の方からサクサクと足音が聞こえ始め、地面にある靴跡がだんだんと近づいてきてくる。


「あっ来ましたね」


白うさが安心したのか地に足をつける。

そして、胸ポケットから手のひらサイズでPassportと書かれたノートを取り出し、カウンターの上に置いた。


「こんにちは、忙しい時に申し訳ございません」


彼は続けてこう言った。

足音がピタリと止み、カウンターの上にあったノートが空中にふわふわと浮かび始め、ペラペラと1ページずつ丁寧に捲られていく。


「いえいえ。僕は王城に働いているとはいっても忙しい訳じゃありませんし、今日はそこにいる子を連れてきただけです」


「え?ちっ違いますよ!どう見ても彼女は人類種じゃないですか!」


「そうです、そうです!森に迷い込んでいた所を保護したのですよ」


白うさが何回も間を置きながら、一人でブツブツ言っている。まるで目の前に人が居るみたいに。


え?

白うさには見えるの?

さっきから全く何も見えないし、聞こえないのだけど!?


私は彼の袖を二回優しく引っ張り、耳もとでこう問いた。


「あっあの?何か居るのは分かりますが、何も見えなくて……幽霊の類いなのですか!?」


それを聞いた白うさは1回首を傾げて、何のことやらと返しているような感じだった。しかし、少しだけ時間が空いた後に思い出したかの様に、ズボンのポケットから一枚の紙を慌てふためきながら取った。


「すみません、忘れてました。これを受け取れば、見えるようになりますよ」


紙には雪の結晶のハンコが押されているだけで、他に何かおかしな所がない。


これで見えるようになるのか?

どうゆう仕掛けなのだろう?


私は疑問を抱えながら受け取ると、


「こんにちーわ!」


窓口の方から可愛らしい女の子の声が聞こえてくる。

声がした所を振り返ると、クリーム色の長いふわふわした髪で小さな子が笑顔で両手を上げていた。


「こ、こんにちわ」


急に出てきた人に私は戸惑いながらも、一礼して挨拶をする。それに対して彼女は恥ずかしそうに頭を下げて、身体をモジモジと動かす。


もしかしてオカルトの類いが普通にある世界?場所?

幽霊なのか……またしては人なのか……。

い、いや何か仕掛けがあるとかだよね!

……多分。


「あっあの?この紙を持ったら、貴女が見えるようになったのですが?どうゆう仕組みになっているのでしょうか!?」


私は紙をブレザーのポケットに無造作にしまい込み、幽霊の体温は低いと聞いたことがあるので、身体が暖かいか確かめる為に、小さな少女の両手を掴んだ。


「ぇええーと?仕組みってどっどうゆう意味ですーか?」


すると相手は赤面して、慌てだす。


そっか、急にどこか触られたら誰でも驚くよね。

体温は暖かいし……幽霊ではないのか?

やっぱり何かしらのカラクリがあったりするかも。


けど、鏡を全身に纏っていたとしても、近くで見れば分かるはず。後、声が聞こえなかったのも可笑しいような。


そんなことを悶々と考えていると、


「いつまで、異性の人の手を掴んでいるのですか?八重さん」


白うさがトーンを低くした声で、満面の笑みを浮かべる。


どう見ても怒ってる様にしか見えない。

けど、付き合ってる男女って訳でも無いのに怒らなくってもいいような。


あっもしかして、この男の子に好きな人がいるからそうゆうことは良くなかったのかも。

てか男の子!!


「え!?女性の方じゃ無いのですか!?」


私は驚いたのと同時に両手を上げる。

対して白うさはため息をつき、肩に手を置いて頷いてきた。


「あっ……よっよく間違われますから、気にしてないでーす」


すこし悲しそうな顔をして男の子は服を強く掴んだ。

表情からして絶対気にしてるよね!


「まぁまぁ。そんなことより気になることがあったのではないですか?」


白うさは話を切り替えるためにこう言って、私の方を見る。男の子が小さな"声でそんなことって……"と呟いているけど気にしないでおこう。


「……このスタンプが押してある紙を持ったら貴方の姿が現れたので、どんなカラクリを使ったのか気になりまして」


「「カラクリ?」」


2人とも首を傾げ、考え始める。

何か可笑しいことでも言っただろうか?


すると、小さい彼だけ考えるのをやめ、私の方へ視線を向ける。


「この世界に、魔法の事を知らない人が居るなんて怪しいですーね」


あっ怪しまれてる。

これは1から説明したほうがいいよね!


それに魔法?

……魔法って。


「マホウッテソンザイスルノ?」


私は困惑したあまり片言になった。

そして隣にいる白うさは、耳を真っ直ぐ立てて汗をダラダラ流し始めた。


様子からして、何か隠しているようにしか見えないのは当然のことで、


「…….魔法という概念についてはおおよそ分かるのに、実体があることを知らない人なんてこの世界にいるのですかーね?」


と男の子に際どい質問をされる。


…….やばい。

魔法のことを知っていて当たり前みたいな所なのか。

今、初めて知った上に、完全に頭の可笑しいやつとかやばい物を持っている人にしか見られてない。


焦る私に対して白うさの方は、完全に固まっていた。


そこまで詮索されたくないのなら、行動を起こす前に白うさは、私に色々と説明するべきだった気がする。

…….よく考えると最初の方から、刺す前から教えてくれたら良かったのに。


こう私が少しだけ白うさに対しての怒りを沸々と募らせていると、


「それで、何処で貴方は白兎とお会いしましたーか?」


彼はこう続け、真剣な表情で聞いてきた。


「えっ……と」


「僕が暗い森の中で彼女を見つけてきたのです!それで話しかけてみたら記憶喪失みたいだったみたいなので、一旦我が家で保護しようと考えまして……ほっほら、あの森には巨大な化け物がいるって噂じゃあないですか!」


白うさがどうにか辻褄を合わせようと必死になって、適当に思いついたことを話しだす。

それを聞いた男の子は、訝しげな表情でこちらを凝視してくる。


文脈はめちゃくちゃだし、記憶喪失っていうにもレアなタイプ。

……無理がある。

と言って適当にフォローを入れたりしたら、本当に記憶がないのか怪しまれてしまう。

うう……どうしよう、このままじゃ面倒ごとになりかねない。


「うー」


私は表情を読み取られて怪しまれるより静かにしている方がいいと思い、男の子の顔を見ないように目を瞑った。


すると、顔のすぐ近くからスンスンという小さな鼻音が近くでしてきて、


「……さん、少しだけ小声で話しませんーか」


と彼が左側の白うさに向かって話しかけていた。


私は何の話をするのか気になり、目を開けようとするが瞼が重くて開かない。

何か主張しようとしても口や手足も力が入らなく、プルプルとしか動かせなくなってしまう。


どうして体が動かなくなったのか分からない。

でもどうすることもできないので、必死に耳を澄ませ聞くことだけに集中するしかなかった。


「あの子も……」


「いえ……ありましたので……可能性があります」


微かだけど、二人の会話が聞こえてきた。

あの子もって言っていることは、白うさは森の中で迷った人でも保護した経験があるのだろうか?


「彼女……ですよーね?」


「はいそうです」


白うさがこう答えると、男の子は何も返さない。

そしてカチャカチャと金属が擦れる音だけが聞こえてきた。


…….二人が何をしているのか気になる。

私に話してはいけないような話なのだろうか。

まるで頭に白い靄がかかっていてそれを必死に掃おうとしても、掃えないようなもどかしさ。


会話に参加できない自分にもよもやして、必死に口を開こうとした。

けれどもやっぱり唇がブルブルとしか動かせず、体力を消耗するだけだった。


すると、隣から手を一回ぱちんと鳴らす音がした。

私はビクッと体が反響し、そして目を開ける。


「え?」


「どうかしましたか?」


白うさが不作為に心配そうな表情を浮かべこう聞かれた。

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